第137話 【Xmas編⑤】クリスマスinカラオケルーム


 白河と別れて早くも一〇分が経過した。


 しかし。


 俺は未だにプレゼント候補を一つさえも手に取っていない。店内をグルグル回ってはうんうんと唸るだけ。三〇分は短すぎたな。


 余裕だろうと思ったが、よくよく考えてみると白河の喜びそうなものが何一つ思い浮かばない。

 何を渡しても辛口コメントが返ってくるところしか想像できない。恐ろしきや普段の行い。


「……何が欲しいんだろ」


 ゲームとかは絶対興味ないもんな。

 興味のあるなしで考えるなら漫画は好きだよなあいつ。自分で買っているかはともかく、栄達が部室に置いている漫画は軒並み読んでいる。

 でも、じゃあクリスマスプレゼントに漫画っていうのは違う気がする。


 じゃあその類のグッズ? いや、それは興味ないとか言いそうだし、どころか「漫画読んでるからってそのグッズをプレゼントに選ぶとか考え安直すぎ」とか言われる。

 ダメだな。

 漫画から離れよう。


 アプローチの仕方を変えると、クリスマスプレゼントらしいものを選ぶというのはどうだろうか。

 そもそも大前提として、プレゼントでもらうと嬉しい物はなにか、嬉しくないものはなにかを考えたところ、前者の答えは『自分で買うほどではないけど気になるもの』で、後者の答えは『捨てづらいもの』だ。


 つまりここで俺が選ぶべきプレゼントの最低条件は『捨てづらい』ものではないものだ。


 それでいてクリスマスっぽいもの。そうだな。それっぽいもの渡せば雰囲気で誤魔化せるよな。


 クリスマスっぽいものといえば……チキン? いや、ダメだろ食べ物は。雰囲気も何もない。


 マフラーとか手袋とかはどうだ? 冬のプレゼント感あるけど、あれはセンスがいるからなー。少なくとも俺のセンスでは白河の気に入りそうなものは選べまい。


 詰んだな。


 そんなことを考えている間に二〇分が経過していた。もう時間がない。これだけ見て回って候補一つ出ないとかどうなってんだ?


「……ん?」


 焦りに身を任せ店内をひたすら徘徊する俺は、とあるコーナーで視線を留める。この時期どこにでもあるクリスマスコーナーだ。


「これ、悪くないな」


 その中のあるものを手に取り呟く。人がこれを貰って喜ぶかはともかく、俺はこれを貰えば「おお」と声を漏らすくらいには嬉しい。


 これでいいか。


 レジに持っていき、プレゼント用のラッピングをしてもらう。そのときには既に時間を過ぎていたが止む無しである。

 最初の場所に戻ると、白河は既に待っていた。


「遅刻ね」


「……レジに時間がかかりました」


 俺が言い訳らしい言い訳をすると白河はおかしそうにくすりと笑う。やはりクリスマスということもあってか、今日は上機嫌だ。


「まあいいわ。ここじゃなんだし、ちょっと移動するわよ」


「お、おう」


 白河が先導し、俺はそれについて行く。辿り着いたのはカラオケだ。白河とカラオケという場所はどうにも結びつかず、意外な目的地に俺は驚くだけだ。


「なによ?」


「いや、白河もカラオケとか来るんだなと思って」


「普段はあまり来ないわ。人前で歌うのは恥ずかしいし、そもそも騒がしい場所が好きじゃないもの」


 白河から出てきた言葉は、俺が思う白河明日香の言いそうな言葉だった。

 まあ、ちょっとゆっくりするくらいの気持ちで入るんだろう。


「今日はいいのかよ?」


「まあ、コータローと二人だし」


 ぼそっとそんなことを言って、白河はフロントに受付をしに行った。俺は少し離れたところでぼーっと突っ立っている。

 白河が放った言葉が頭から離れなかった。多分、特別な意味はないんだろうけど勘違いしてしまいそうになる。


 クリスマスに、学校のアイドルである女の子と二人で遊び、挙げ句あんなことを言われればよほどの人間でなければ勘違いくらいする。


「行くわよ」


 ぐるぐると考え事をしていると、どうやら受付を済ませたようで俺達は案内された部屋に移動する。


 ガンガンと周りの部屋の音が聞こえる。俺もあんまりカラオケは来ないから、少しだけ緊張する。


 しかも。


 今日は白河明日香(クリスマスver.)と二人きりである。いつもよりおめかしして、可愛らしくなっているので隣を歩くだけでもどきどきしてしまう。


 白河が極力いつも通りであろうとしてくれているから助かるが。


 白河は着ていたコートをハンガーに掛ける。「コータローも掛けるでしょ?」と、いつもは見せないような気遣いをされ、俺はジャケットを渡す。


 白のニットと黒のタイトスカートにタイツ姿の白河明日香。後ろ姿だけ見てもそのスタイルの良さは明らかで、振り向けばそれに加えて容姿の良さがある。

 こんな女の子を男子が放っておくとは思えない。だからこそ、常に人気があるんだろうけど。


「それじゃ! プレゼント交換タイムに入るわよ」


 仕切り直すように白河が言う。

 そこで俺は早々に挙手をする。ここは何としても一つ通しておきたいことがある。


「なに?」


「俺から渡してもいいですか?」


「どうしたのよ」


 俺のやる気を感じたのか白河は疑うような視線を向けてくる。違うんだ、やる気とかじゃないんだ。


 白河は女の子だし、女の子であればこういうときのプレゼントはそれなりにちゃんとしたものを渡してくるに違いない。

 後攻で渡すとなったとき、白河のいい感じのプレゼントの後に渡したくないだけだ。


「いや、深い意味はない。変にハードル上がる前に渡したいだけだ」


「……まあ、いいけど」


 納得してくれたようなので、俺は持っていたプレゼントを白河に渡す。受け取った白河は恐る恐るといった感じで緑のリボンを外し、赤い包装を剥いていく。


 なんかこっちまで緊張してくる。


「これは」


 包装を剥いて中にあった白い箱を開けると、白河はその中身を手に取り、持ち上げる。

 水晶玉の中に雪と家、それから笑っている子どもが入っている、いわゆるスノードームというもの。


 クリスマスシーズンにしか活躍はしないが、部屋のインテリアというかオブジェクトとして置くことができる。

 そのスノードームを一目見たときに心惹かれた自分の直感を信じたのだが……果たして、お気に召してくれるだろうか。


 俺はちらと白河の様子を伺う。


「……きれい」


 あまり感情を表情に出すタイプではないのだが、スノードームを見つめる瞳がきらきらしているのは何となく分かった。


 当たりかどうかは置いておいても、少なくとも外れではなかったらしい。ていうか、そうであってくれ。


「コータローにしては、悪くないわね。きれいだし、部屋に飾るとするわ」


 なんてことを早口に言いながら、白河はスノードームを箱に戻す。僅かにだが、口元が緩んでいるのを俺は見逃さなかった。

 そんな顔を見ると、俺まで嬉しくなるのだから不思議だ。プレゼント交換というのも悪くないな。


「それじゃ、次は私ね。はい」


 白河からプレゼントを受け取る。同じ場所で買ったのだから、当然包装は同じである。白河に習って包装を剥き、中身を取り出す。


 中には袋が二つ入ってあり、俺はそのうちの一つをとりあえず開けてみる。


「あ、スマホケース」


「コータロー、つけてないでしょ?」


 黒と赤を使った落ち着いた感じの柄のスマホケース。確かに俺はスマホケースをつけていない。つけるのが嫌というわけではないのだが。


「なんか、つけようつけようと思ってて面倒くさくてもういっかってなったんだよな」


「それ、どうかしら? コータローが好きそうだなって思ったんだけど」


「うん。すげえいい感じ! 念願のスマホケースだ」


 スマホをケースにはめると当然だがカチリとフィットする。これまでとは別物のように思えてテンションが上がる。


「こっちは?」


 言いながら開ける。


「アロマキャンドルよ。スマホケースだとあんまりクリスマス感ないかなって思ったから一応入れておいたの」


「使ったことないな」


「私のお気に入りのやつよ。今度家で使うといいわ」


「そうだな。そうするわ」


 俺が喜んだからか、白河も嬉しそうだった。♪のマークが周りに飛んでそうな感じ。表情に出ないが雰囲気に出るのである意味では分かりやすい。

 もちろん、口角も上がってはいるが。


「それで、どうする?」


 時間を確認しながら聞く。


「夜ご飯まで時間が少しあるわ」


「予約してんの?」


「当然でしょ?」


 どや顔を向けてくる。別に空いてる店に適当に入ればいいんじゃねえのか、とか思ってただけに恥ずかしい。

 そうか、店を予約するのは当然なのか。覚えておこう。


「それからイルミネーションを見に行く予定よ」


「そっか。じゃあ、とりあえず晩飯の時間まではここで時間潰すか」


「そうね……ん?」


 俺がマイクを渡すと、白河は不思議そうな顔をこちらに向ける。いや、あるいは怪訝そうなといった感じかもしれない。


「歌えば?」


「なんでよ。いやよ人前で歌うなんて」


「気にすんなよ。二人なんだし。白河の歌聴いてみたいじゃん」


 もうただただ興味本位だ。

 あの嫌がり方からすると、本当に人前では歌わないのだろう。そんな白河明日香の歌声、聞きたくないわけがない。


 イメージ的には美声で上手いって感じだけど、音痴なら音痴で面白いからどっちに転んでもアリだな。


「じゃあコータロー先に歌ってよ」


「俺が? まあ、別にいいけど。俺が歌ったら歌えよ?」


「考えておくわ」


 ふいっと顔を逸らしながら白河が言う。俺は仕方ないといった調子でデンモクを操作した。


 最近は来てなかったけど、白河ほど未経験でもない。事実どうかは分からないが、栄達達の評価だと俺の歌は可もなく不可もないらしい。

 無難に最近の流行りの曲を入れるとイントロが流れ始める。


「あ、この曲知ってる。CMで流れてるやつね」


 知ってそうなの選んだからな。

 カラオケってそういうのも考えないといけないから、歌の趣味合わない人とは来づらいんだよな。

 栄達なんかは平気で電波なアニソン歌うけど、あいつ歌上手いだよなあ。


 俺が可もなく不可もない歌声を披露すると、白河が可もなく不可もないリアクションを見せる。

 まあ、カラオケなんてこんなもんだけどさ。


「ほら、次は白河の番だぞ」


 言いながら、デンモクを渡すと渋々操作しようとするが、すぐに顔を上げてこっちを見てきた。


「これどうすればいいの?」


「分かんないのか」


「ばかにしないでくれる? 私だってこれくらい操作できるわよ。でも今日は調子悪いから教えて」


 別にバカにしてはいないけど。

 それこそ、言い返すのがバカバカしいので俺は立ち上がって白河の隣に移動する。


 俺が座ると、一瞬だけ緊張したように体を強張らせた。何をそんなに怯えているのか。


「ここを、こうやって」


 教えると、白河は熱心に聞いて「ふむふむ」と頷いていた。その後、好きにデンモクをいじる白河はどこか楽しそうだった。

 まるで、おもちゃを与えられた子どものように。


「絶対笑わないでよ?」


「笑わないよ」


「絶対の絶対の絶対よ?」


「大丈夫だって」


 その後も暫し俺の方を睨んでいた白河だったが、イントロが流れ始めたところで諦めたようにマイクを持って立ち上がる。

 俺は元いた場所に戻りながら、ふと考えた。


 あれだけ笑うなと念を押すということは過去に笑われた経験があるということか?

 それがトラウマ的なものになって、カラオケに来なくなった。と、推測するのであれば白河明日香音痴説が濃厚だ。


 イントロは進み、白河はすうっと息を吸う。いよいよ、歌い出すその瞬間が訪れる。


「〜~♪」


「……」


 上手いんかいッ!

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