第131話 お誘い


「はあ」


 溜息である。

 本日何度目かも分からない、明らかに誰か事情を聞いてくれと言わんばかりの盛大な溜息。

 鬱陶しいので無視し続けているが、あっちも頑なに止めようとせず止める気配もない。


「……はあ」


「ああ、もううるせえな。なんだよ?」


 俺の前の席に座って俯いていた小樽栄達がようやく顔を上げてこちらを見る。

 明るい表情してるところがめちゃくちゃ腹立つがスルーしとこう。さっさと聞いてさっさと終わらせよう。


「聞いてくれるか、幸太郎」


「聞かないっつったらこの話終わるの?」


「……はあ」


「聞く聞く! 聞くからさっさと話して!」


 危うくループするところだった。

 俺が承諾すると、栄達はコホンとわざとらしく咳払いをする。


「この前、僕がクリスマスパーティーがしたいと言ったこと覚えてる?」


「この前っていうほどこの前じゃないだろ。あれもう一二月の初めくらいの話じゃん。奇跡的に覚えてたけど」


「映研メンバーで計画していたのだが、先日部室に集まったときに確認したのだ。あ、幸太郎は来ていなかったがね」


 いちいち面倒くせえな。

 小言挟まないと話進めれねえのかよ。


「まず最初に来た月島嬢に聞いたんだ」


 結はクリスマスはアルバイトあるからな。無理だという結果は目に見えてる。


「クリスマスはアルバイト、イブはどこぞの誰かさんとデートがあるから無理だと言っていた」


「へー、どこの誰だろうなその羨ましい野郎」


「次に来たのは一年生ズだ」


 涼凪ちゃんと李依か。

 喫茶店の繁忙期となるのかは分からないけど、涼凪ちゃんは店の手伝いで忙しいんじゃないだろうか。


「橘嬢は店の手伝いがあるということだ。これはまあ予想できていた」


「李依は?」


「もちろん空いていた」


 話す栄達の声のトーンが落ちる。

 そんなに李依と一緒にいるのが嫌なのだろうか。お似合い……ではないが、もうかれこれ半年近くあの調子なんだから疑う余地もないだろうに。


「幸太郎は来てないから最後に来たのが白河だった」


「あいつは読めないな」


 男子からのアプローチは最近また見かけるようになったが、誰かとどこかに遊びに行くところは想像できない。


「予定があるらしい」


「あ、そうなんだ」


 誰と会うんだろ。

 なんか、ちょっとだけだがモヤモヤするな。いや、白河が誰と会おうと俺には関係ないが。


「ということで、幸太郎はクリスマス予定ある?」


「別にないけど、ここでないって言っとかないと李依がうるさそうだから断っとくわ」


「……貴様! 親友を見捨てるのかッ!」


「勝手に親友にランクアップしてんじゃねえ!」


「酷いぞ幸太郎!」


 大袈裟にその場に倒れ込んだ栄達は、死後硬直のようにそのまま床に寝転んだまま固まった。


「そろそろ真剣に考えてやれよ、李依のこと。あいつ悪い子じゃねえぞ?」


「……それは、分かっとるわ」


「なら、」


「答えが出せずにウジウジしている幸太郎には言われたくない」


「ンだと!?」


 言い返す言葉が見つからなかったので俺はとりあえず逆ギレする。近頃、俺が一番気にしていることを的確に突いてきやがって。


 栄達と言い合った結果、頭を冷やそうとジュースを買いに行く。教室を出る間際に後ろから「僕はコーラ!」という声が聞こえたが無視しよう。


 廊下を歩き、階段を降りようとしたときに下から見覚えのある顔がこちらにやってきていた。


「あ」


「あ、や」


 白河だ。

 俺の顔を見るや何故か焦ったように声を漏らす。白河にしては珍しく動揺してる。


 問題はなぜそんなに動揺しているのかだが。


「珍しいな、上に来るの」


「……たまにはね。コータローはどこか行くの?」


「ちょっと自販機まで」


「そう。じゃあ、私もついて行くわ」


「え、なんか用事あったんじゃないの?」


「……流れ的に自分に用事があったことくらい察しないよ。ばか」


 ああ、そういうこと。

 とはいえ、これまで白河の方から俺を訪ねてきたことなどあっただろうか。

 記憶にはないからそんな発想に至らなかった。


 そういうことから歩きながら聞けばいいか、と俺は白河と並んで自販機へと向かう。


「そういや、栄達が凹んでたぞ」


「あいつが凹んでる理由に私は関わってないわよ」


「いや、クリスマスパーティーの誘い断ったらしいじゃん。予定があるとかで」


 俺がそう言うと、白河が一瞬押し黙る。しかしそれもすぐに立て直し、いつものように澄ました顔をする。


「予定がなくても断るわよ。李依がうるさいもの」


 だいたい同じ理由で断っていた。

 そう思われる李依もどうかと思うけど、それが事実だもんなあ。


「てことは予定ないの?」


「何か文句あるの?」


「いや、ないけど」


 ギロリと睨まれると、俺は蛇に睨まれた蛙のように縮こまる。一言もそんなこと言ってないのに何なのあの迫力。


「こ、コータローはクリスマスは?」


 自販機に到着したところで、俺は金を入れながら少しだけ考える。

 クリスマスに予定のない男とかどうなんだろう、とか一瞬思ったけど何の意味もない見栄張っても虚しいだけか。


「イブは結に誘われてるけど、クリスマスは特にねえよ。家でダラーっとする予定くらいかな」


 クリスマスにあえて出掛けずに家に引きこもる。それもまたクリスマスの過ごし方である。それまでにこたつを出そう。


「ふ、ふーん」


「何か飲むか? ついでだから珍しく奢ってやるぞ?」


 俺のホットカフェラテと栄達のコーラを買ったついでに白河に聞く。


「怪しい」


「裏はないよ。ここまでついてきてもらったし、さっきも言ったけどついでだ。いらないってんならいいけど」


「……コータローのおすすめを貰うわ」


「めちゃくちゃ困る解答来た。選んでやるけど文句言うなよ?」


「それはコータローのセンス次第よ」


 おすすめと言われても白河の好みをそこまで把握していないので、俺と同じホットカフェラテを渡す。


「……ありがと」


「悪くなかった?」


「まあまあね」


 コーラはどうでもいいが、ホットカフェラテはすぐに飲まないと冷めるからな。俺はプルタブに手をかけ、缶を開ける。

 白河もそれに続いてプルタブを開けて口をつける。


「それで、用事ってなんだったの?」


 忘れかけてた。

 俺が思い出して聞くと、白河がぴくりと反応して体を止める。時間を止める魔法でも発動しちゃったのかと思った。


「……クリスマス」


「ん?」


 ぼそり、と何かを呟いたが上手く聞き取れなかった。聞き返すと、白河は珍しく恨めしそうに俺の方を睨んできている。

 俺が一体何をしたと言うんだ。


「クリスマス! 予定ないなら私に付き合いなさい!」


「ええ!?」


 開き直ったように言う白河。突然の誘いに俺は驚きの声を漏らす。自分の耳を疑ったレベル。


「な、なんで?」


「裏なんかないわよ」


「ならよりいっそう何で? 俺そんなに金ないぞ?」


「別にそんなの期待してないわよ。それと、えっと……あ、あれよ。私はこう見えて重度のイルミネーション好きなの。クリスマスみたいな絶好のイルミネーションチャンスは逃したくないのよ。でもああいう場所はカップルで溢れ返っているだろうし、そんな中を一人で見に行くのもなんだから、予定がないなら一緒にどうかなと思って聞いただけ」


 早口に過去最多文字数を更新する白河。

 いろいろと言っているけど、これはつまりクリスマス一緒に出掛けようってことだよな?


 白河の方から俺を誘ってくるとは思ってなかったから、結構驚いてしまった。だから、つい言葉を詰まらせてしまう。


「……い、いやなの?」


 その沈黙をネガティブに受け取ったのか、白河は不安げに上目遣いを向けてくる。

 そのふとした表情に俺はどきっとしてしまう。


「あ、いや、そんなことないぞ。ただクリスマスの予定を再確認してただけだ」


「……さっきないって言ってたわよ」


「そうだったな」


 俺は誤魔化すようにゴホンと咳払いをする。


「そう言うことなら、出掛けるか。せっかくのクリスマスだし」


「……うん」


 ぼそりと呟きながら頷く白河がハッとして顔を上げる。


「その日の予定は私が組むから! コータローは期待もせずに待っといてくれるだけでいいからね」


「……いや、せめて期待くらいはさせてくれよ」


 果たして。

 どんな一日になるのだろうか。

 そんなことを考えながら、何だかんだ楽しみにしている俺であった。

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