第130話 放課後のショッピング
一〇月三一日はハロウィン。
これまで日本ではせいぜい「トリック・オア・トリート」という呪文を覚えた子供が大人からお菓子を巻き上げる程度のイベントであった故か、それほど大きな盛り上がりは見せていなかった。
しかし。
昨今ではコスプレという文化が浸透し、ハロウィンに対する日本人のイメージは少し変わったことだろう。
今では子供よりも大人の方が騒いでいるまである。中でもメイクという技術の腕が試されることもあり、女の子は気合いを入れて臨んでいることだろう。
そうなると、企業としてもハロウィンを取り上げることで収益に繋がるため、大型ショッピングモールや商店街でもハロウィンフェアなどが行われるようになる。
そんな感じで盛り上がった翌日の一一月一日にはハロウィンの装飾は撤去され早くもクリスマスをプッシュし始める。
徐々に店内をクリスマス色に染め上げ、一二月の半ばにもなると完全にクリスマスムード全開の装飾が完成する。
結論。
何が言いたいかと言うと。
「……気合いの入った飾り付けだな」
電車に揺られること数十分のところにある大型ショッピングモール。あんまり来ることはないけど、たまにこうして訪れると気合いの入れ方に毎度驚く。
近所の商店街とはわけが違うぜ。
「そりゃ、クリスマス嫌いな人はいないからね」
俺の呟きに答えたのは隣を歩く結だ。
館内の中央には大きなクリスマスツリーが置かれている。あちらこちらに様々な飾り付けがされており、大層派手である。
「そんなことはないと思うけど」
本格的に寒くなり、出掛ける予定も入ったことで冬用のジャケットを新調しようと思い至ったのが昨日。
何となくその話をしたら「え、そんなのわたしもついて行くしかないんですけど!」と結が言った。
近場で適当に買えばいいかと考えていたのだが、せっかくだからとここまで足を運んだ次第だ。
クリスマスツリーを始め、いろんなところでクリスマスの装飾が見られ、有名なクリスマスソングがエンドレスリピートされている。
すれ違う人達も、思うところはそれぞれあるが誰もが来たるイベントを楽しみにしている。
そんな雰囲気が嫌いではないので、たまにはこういうところも悪くないかと思えてしまう。
放課後ということもあり、俺も結もばっちり制服だし、ところどころ同じような人もいる。学校の帰りに寄れる程よい場所にあるというのも大きなポイントだな。
「買うのは上着だけなの?」
「ああ。本格的に揃えようと思うと金かかるからな」
「わたしは揃えたよ?」
「男子と女子とでは服に対する価値観が違うの」
「それを全男子の総意見とするのはどうなのかな」
大人になれば分からないが男子高校生となると金も大してないし、毎年トレンドに合わせて服を買う余裕はない。少なくとも俺はない。
いや。
まあ、今回のことを言うと母さんが小遣いをくれたのでそれなりに懐は温かいのだけれど、だからといって全部使うのもなあ。
「まあ、いいのがあれば考えるけど」
「それがいいよ。ナイスな服がこーくんを待ってるよ?」
結に連れられ、俺はとある服屋に入る。冬用ジャケットといってもいろいろあるので、せっかくだから今のやつとは違う系統のもので攻めたいが。
「お、これとかいいんじゃないか?」
最近街中を歩いている人の八割は着ている(俺調べ)コートである。黒色で丈が長いもこもこしたもの。
これを機に、俺もコートデビューとかしちゃうか。
しかし、どうやら結はお気に召さなかったようで微妙な反応を見せていた。てっきり「こーくんなら絶対似合うよ!」みたいな全肯定コメントが飛んでくると思ってたのに。
「なにそのリアクション」
「んー、単刀直入に言うとこーくんにコートは合わないと思います」
「めっちゃ否定してくるじゃん。コート似合わない人とかいるの? 見かける人で似合ってない人見たことないんだけど」
「それは似合ってる人しか着てないからだよ。似合わない人は買う段階で候補からはじくからね」
なんかそれっぽいこと言ってる。
正直、ファッションの良し悪しなど分からないし、いつも適当に買っているだけなのでちょっと説得力のある感じのこと言われると鵜呑みにしてしまう。
「じゃあ、何がいいんだよ?」
こういうときは聞くのが一番だ。
周りにおしゃれに通じている人がいるならその人に、いないのであれば店員に聞くのが手っ取り早い。
「こっちの方の」
ダウンジャケットやライダースジャケットを指差す。あっちの方が似合う気がしないのだが。
「コートってほら、前は基本的に開いてるでしょ? そうなるとインナーも気遣わないといけないし。それならこっちの方が楽なんじゃないかなって」
ああね。
俺のさっきの発言を受けてのコメントだったんだ。
確かに前が開いてるタイプだとおしゃれな服を買い揃えなければならないが、前を閉めれるタイプなら最悪閉めればいいもんな。
「じゃあその辺のやつ買うか」
「それがいいよ」
アドバイスを受け、あとは結に意見してもらいながら自分で選ぶ。自分で選ぶと結局無難なものに落ち着いてしまうのは俺の悪いところかもしれない。
もっとこう、冒険心というかチャレンジスピリット的なものを持ちたい。
「買い物も済ませたし帰るか」
「ええー、せっかくだしもうちょっとぶらぶらしようよ」
駄々をこねる子供のように結が甘ったるい声を漏らす。別に急ぐ理由もないからいいけどさ。
結の言うとおり、ぶらぶらしたあと最終的に俺達は本屋に行き着いた。俺は漫画を、結は何か別のものをそれぞれ見に行く。
先に見終わったのが俺だったのか、店内を探し回ると結は雑誌を見ていた。
「何見てんの?」
「ん? 旅行雑誌だよ。こう毎日寒いと温泉とかいいなあって思って」
「そうだな。のんびりしたいもんだよ。誰かと行く予定あるのか?」
「んー、まあないこともないよ」
そうなんだ。
もうすぐ冬休みだし、そういう計画練る人もいるのか。俺は家に引きこもりこたつで丸くなる予定しかないが。
「倉瀬とかか?」
「んーん、こーくんだよ?」
「初耳だよ」
「だめ?」
「ダメだろ。いろいろと」
男女で旅行とかいろいろとよくない気がする。まして、付き合ってもいない学生となればなおのことだ。
「金ないし」
「夢もロマンもない理由だ!」
「どうしても行きたかったら親に頼むんだな」
俺が言うと、結は不満げな声を漏らす。
「結局学生ってのは親の力を借りないと旅行一つ満足に行けないんだよ。諦めな」
とはいえ。
そういうのも悪くはないな、と思ってしまったことは黙っておくとしよう。
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