第129話 珍しい二人組


「なんか、珍しい組み合わせだな」


 昼休み。

 購買にパンを買いに行こうと教室を出たところで結と宮乃のペアを見かけた。


 特別仲が悪いとは思ってなかったけど、今まで二人でいるところを見たことはなかった気がするので何だか新鮮だ。

 結はコミュ力の塊だし宮乃は空気読みの達人なので、上手くやり合っているのだろうが。


「そう? 宮乃さんともたまーにお話するよね?」


「うん。だと言うのに、珍しいだなんて失礼だよね」


「こーくんは今からお昼?」


「ああ。パンでも買いに行こうと思って」


「うちの購買のパンって人気なんじゃなかった? そんな悠長にしてたら売り切れるんじゃないか?」


「人気のパンは端から諦めてんの。売れ残りのやつを適当に買うのが正しい買い方なんだ。そういうお前らはどこ行くんだ?」


「学食だよ。宮乃さんがお昼ないからって」


「八神も一緒にどう?」


 結と宮乃と昼飯か。

 珍しい組み合わせの二人がどういう会話をするのか気になるし、別に絶対パンが食いたいってわけでもない。


「邪魔じゃないなら邪魔するわ」


「邪魔だなんて、言われるとは毛ほども思ってないくせに」


「うるせえ」


 からかうように言ってきた宮乃に俺は冷たく吐き捨てた。

 そういうわけで二人と学食に移動する。その日の学食はいつもより空いていたので席を確保するのに苦労はしなかった。


 俺と宮乃は共に日替わりランチを頼む。今日のメインはチキン南蛮なので当たりだ。


 適当な会話をしながら食事を進めていると、時期が時期だからか話題は自然とあのイベントのものになる。


「そうそう聞いてよ。店長がね、私は絶対にクリスマスは出勤しろって言うんだよ。ひどくない?」


 それは結の一言がきっかけだった。

 いつからかは分からないが、結はとあるメイド喫茶でアルバイトをしている。

 基本的にはシークレットな情報らしく、誰にも言ってないようだが、俺と宮乃はたまたまメイドの結と遭遇したので知っているのだ。


「クリスマスってことは二五日だよね?」


「そう。わたしはクリスマスはこーくんと二人でラブラブデートを行う予定だったのに!」


「……初耳なんだけど」


 俺にだって予定があるかもしれないのだから、勝手に完結させてないで確認なさい。いや、今のところ予定はないけれども。


「でもまたどうして出勤を強制させられてるの?」


「オープンしてから初めてのクリスマスだから盛大にイベントをやりたいんだって。お客さんも増えてきてるから、わたしに休まれると困るって」


「月島さんは今や大人気メイドだからね。お店もいないと困ると言うのも無理はないよ」


 さては宮乃のやつ、結の店に通っているな?


「頼りにされてるから無下にはできないし、そういうことなら仕方ないかーってことで出勤することにしたの」


「大変なんだな、アルバイトって」


 やろうやろうと思いながら結局やってないなあ。涼凪ちゃんのところは十分な人員が確保されているので、アルバイトをするなら新しく場所を探さなければならない。そうなると面倒なのだ。


「と、いうわけでこーくん」


「なに?」


 顔を上げると結はこちらを真剣な表情でじーっと見つめていた。その瞳に引き寄せられるように俺は目を合わせた。


「クリスマスイブは明けておいてね?」


「はあ」


「一ヶ月くらい前から考えていたラブラブクリスマスデート大作戦を実行したいので」


 めちゃくちゃ綿密に計画練ってるな。


「でも、二四日って確か終業式じゃなかったっけ?」


 思い出すように宮乃が言う。確かに言われてみればそうだったような気がする。


「そうなの。ほんとは朝からスタートさせたかったけど、やむを得ず昼スタートにスケジュールを調整するつもりだよ」


 とほほ、と結はがっくり肩を落とす。

 それだけで彼女がどれだけクリスマスを楽しみにしていたかが伺える。


 予定もないし、そもそも断る理由はない。どころか、誘う手間が省けた。


「分かったよ。楽しみにしとく」


 言いながら、チキン南蛮を口に運ぶ。少し待っても結からのレスポンスがなかったので不思議に思い顔を上げると、驚くようにというか感動しているような顔をして俺を見ていた。


「なに?」


「いや、こーくんがデレたなと思って感動してたの」


「別にデレてないけど」


 今のどこがデレなんだよ。ツンデレなめんなよ。いやそもそもツンもないけど。


「いや、普段の八神の態度からすると今のは中々のデレだったと思うよ?」


「お前まで何を」


 宮乃は俺の肩に手を起き、寂しそうな顔をする。俺が変なことを言ってるみたいじゃないか。


「八神、きみは気づいてないのかもしれないけど、月島さんに対するきみの態度はわりと冷たいんだぞ?」


「……そんなこと、ないだろ」


「いや、あれは月島さんじゃなければ心折れてるに違いない。きみはもう少し周りに優しくなるべきだ」


「いや優しいだろ。俺を冷徹人間みたいに言うんじゃない」


 しかし、宮乃の言葉に結もふんふんと力強く頷くだけだった。

 俺そんなに冷たい態度取ってるのかな。自分ではそうは思わないけど、ここまで言われるとそうなんじゃないかと不安になってくる。


「ほんとに?」


 念の為、もう一度だけ確認すると結と宮乃はタイミングを合わせて頷く。


 どうやら俺は知らない間に冷徹人間になっていたようだ。そんなに冷たい態度を取った覚えはないが、これからはもう少し気をつけることにしよう。


「あ、でも気にしないでいいんだよ? わたしはそれでもこーくんが優しいのは知ってるし!」


 俺が反省していると結が慌ててフォローを入れてくる。が、今はそのフォローが逆に辛い。


「……ありがとう」


 そのとき。

 変な空気になったことを察したのか宮乃がパンっと手を叩く。


「ところで八神」


「あ?」


「クリスマスイブに月島さんと過ごすということは、クリスマスはどうするんだい?」


 あのままあの空気の中にいても凹むだけなので、ここは宮乃の話題転換に乗ることにしよう。


「特に予定はないな。何なら一緒にどっか行くか?」


 一人で過ごすことを嫌だとは思わないけど、それでも誰かと一緒に過ごした方がきっと楽しいに違いない。

 それが宮乃なら間違いない。


「んー、八神とクリスマスデートか。魅力的な提案だけれど、今回は遠慮しておくよ」


「なんかあんの?」


「月島さんが睨んできているからね」


「に、睨んでないよ!?」


 突然自分の名前が上がって驚いた結は慌てて否定する。俺も見てなかったから真実は分からない。


「と、いうのは冗談だけど、クラスの友達との約束があるからね」


「まあ、それなら仕方ないな」


 二学期に転校してきたっていうのに人気者なんだな、こいつ。もう俺より友達多いんじゃね?


 そんなことを思いながら宮乃を見ていると、肩を軽くポンと叩かれる。


「ま、八神が寂しいクリスマスを過ごさないようになることを祈っておくよ」


 そう言った宮乃はどこか楽しげで、その顔はまるで遊園地を前に密かに心躍らせる子供のようだった。

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