第126話 冬の訪れ


 一二月。

 肌を撫でる風は冷たく、外気の温度は下がり、外に出るのが億劫となる。故に布団から出ることができなくなるのがこの季節の特徴と言える。


 つまり。

 布団から出るのが辛くなったとき、人は冬の訪れを感じるのだ。


「……さむい」


 今年も残すところあと僅か。

 今日も今日とて学校があるが、布団から出れないでいる俺は何の準備もできていない。


 ついこの前までは秋のほどよい暖かさがあったというのに、突然寒くなるのだからまだ冬を迎える準備が整っていないのだ。


 このままずっと、こうしていたいという願望はあるが、しかしそうはしていられない。言ってる間に結が迎えに来るだろうから。


「……はあ」


 大きな溜息をつくと、吐いた息が白かった。部屋の中で息が白くなるとかどうかしてるだろ。


 そんなことを思いながら、俺はさっさと準備をすることにした。


「おはよ、こーくん」


 準備の最中に結がやって来たので最低限の身嗜みを整えて俺は家を出た。最近は時間がないから朝食を食べていない。


「……」


「な、なにかな」


 二人並んで通学路を歩く。

 結はどうしてこれほど寒いというのにこんなにも元気なんだろうか。それを聞いても「こーくんと一緒だからだよ?」とか、恥ずかしいセリフを恥ずかしげもなく答えるだろうから聞くだけ無駄だが。


 俺がじーっと結の方を見ていたものだから、どうやら結も戸惑っているらしい。


「足、寒くないのか?」


 なので、俺もついつい適当なことを聞いてしまう。


「え、急にどうしたの?」


 冬になるとさすがに厚着になる。

 俺だって学ランにマフラーは必須だ。結もブレザーの上からコートを羽織っているし、手袋もマフラーもしている。

 しかし、足だけは無防備だ。スカートから伸びる足は肌が露出しており、ソックスで隠れるところはともかく晒されている太ももはとにかく寒そうだ。


「いや、毎年この時期になると思うけど寒くないのかなって」


「そりゃ寒いよ。この時期に足出して寒くないって言う女の子はいないよ? 今だってめちゃくちゃ鳥肌立ってるもん。触ってみる?」


 もう「手がめちゃくちゃ冷たいの。触ってみる?」くらいのノリで太もも触るか聞いてくるものだから、こっちも「おう」とか言いそうになる。


 朝っぱらのこんな道のど真ん中で女の子の太もも触ってたらとりあえず通報されるわ。


「……いや、いい」


「そう? すごいんだけどなあ」


「そんなに寒いならタイツとか穿けばいいじゃん。見てるだけで寒いし、何なら穿けよ」


「あ、こーくん的にはわたしの生足他の人に見られたくない感じ? 独占欲出てきて悪くないと思います」


「ちげえよ。そんな感情あるなら夏のときから言ってるわ」


 俺が言うと、結は不服そうに唇を尖らせる。


「まあ、それはともかくとして、実はまだ準備してないんだ。突然寒くなったでしょ?」


「まあな」


「引っ越しのときに冬になったら買えばいっかって感じで全部捨てたの忘れててね。近々買おうと思ってるんだけど」


「そういうことか。確かに俺もまだ冬を迎える準備が終わってねえよ。とりあえずコタツ出したい」


 でもあれ出すと動けなくなるからなあ。でもコタツに入ってる間は至福の時だし。悩みながら毎年結局出すんだけど。


「そういうわけだから、わたしの太ももももうすぐ見納めだよ? 太ももフェチのこーくん的にはしっかり脳裏に焼き付けておくべきじゃない?」


「人を勝手に太ももフェチにするな。俺は別にそういうんじゃない」


「えー、でも小樽くんが言ってたよ? こーくんは隙あらば女の子の太ももを見てるって」


 あいつ。

 またわけの分からんことを吹き込みやがって。そういう考えなしの冗談が面倒なことに繋がるということをまだ理解していないらしい。


 いや、まあ。

 別に嫌いということもないですけどね? 確かに太ももは見てて飽きないしテンション上がるし、強いて女子の好きな部位を上げるなら太ももと言ってもいいくらいには悪くないけど、でも別にフェチってわけではない。決してない。断じてない。


「……見てない」


「言葉に力がなくなった……」


 そんな話をしながら進む。

 夏もそうだけど、この時期になると電車の中が幸せだ。暖房がついているから。電車を出ると地獄だ。寒いから。


 寒い寒いと言いながら学校に到着すると、教室は暖房が効いているから天国だ。何となくゴールという感じがする。


「おはよう、幸太郎」


「おう」


 こう寒くなると、さすがの栄達も学ランを着ている。秋の終わりまでは半袖で過ごしていたから、もしかしてと思っていたがやっぱり寒いらしい。


「なんだい?」


「いや、お前にも寒いって感情あったんだなと思って」


「失敬な。僕だってちゃんと四季に沿った気温の感想を抱くさ」


 なら秋は秋らしい服を着ろよ、とは面倒なので言わなかった。


「ところで幸太郎」


「あ?」


「最近部室に来ないが?」


 聞かれて、俺は少しだけ固まる。

 我ら映研のメインとなる活動は文化祭に流す映画制作だ。文化祭が終わった今、部室に行っても特にすることはない。


 なので行ってない。


「逆になんでお前は部室に行くんだよ。特にすることないだろ」


「そりゃそうだが。部員とのコミュニケーションだって部活の一つだよ。せっかく同じ部活に入ったというのに活動が終わったら関わらないというのも寂しいだろう」


 言うことは最もだが。


「他の部員は来てんの?」


「うむ。もちろん毎日とは行かないが、それなりにみんな顔を出してるぞ。幸太郎以外はね」


 俺の名前のところだけをわざとらしく主張して、栄達はそんなことを言う。


「部長として、もう少し顔を出してほしいものだ」


「……その設定定期的に忘れるんだよ。お前に言われて思い出すんだよな、自分が部長だってこと」


「白河がそれはもう不機嫌なのだ」


「それは俺関係ないだろ」


 部室に来て不機嫌な感じ出して帰るってめちゃくちゃ迷惑な話だな。よく分かんないけどよりいっそう行く気失せるぜ。


 俺が言うと、栄達は複雑そうな顔をしてゲフンゲフンと咳払いをする。


「とにかく、たまには顔を出すこと。映研メンバーでクリスマスパーティーだって考えているんだから」


「……そうなの?」


「うむ。まだ僕の中でだけどね」


「李依と二人なのが怖いだけだろ」


「うぐっ」


 どうやら図星らしい。

 まあ、クリスマスだし高校生にもなれば普通は好きな人と過ごしたいと思うよな。


 それに相手はあの李依だ。何としても栄達と過ごそうと持てる力の全てを尽くすだろう。

 栄達は押しに弱いし、逃げられないことを既に察して先手を打とうとしているわけだ。


「諦めて過ごしてやればいいのに」


 そう言って、俺の頭にはふと結の顔が浮かぶ。

 クリスマス。

 当然あいつだって、何かしらのアクションを起こしてくるよな。


 一緒に過ごす、べきだよなあ。

 と、そんなことを考えてしまった。とはいえ、それもまだ先の話だ。こんな寒い日の朝にわざわざ考えることでもない。


 クリスマス、か。

 今年のクリスマスはどんな日になるんだろうか。

 そんなことを考えながら、一日が始まった。

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