第121話 メイドさん


 中間考査も終わり、ようやく平和な日常を取り戻した俺、八神幸太郎はとある駅の改札前にいた。


 ちなみに、テストの結果だけれど俺はまたしてもギリギリのラインだったとはいえ赤点を免れた。

 一度目は奇跡。二度目は実力と言っていいのではないだろうか。


 母さんにその事実を伝えたところ、臨時収入を得た俺は今割と無敵。なのでこうして遊びの誘いに応じている。


「八神が早い。珍しいこともあるんだね」


「遅刻してきた第一声がそれか?」


「ごめんごめん」


 宮乃はくくっと笑いながら、悪びれる様子もなく言葉だけの謝罪を浴びせてくる。


 いや、別にいいけどさ。

 基本的に俺は誰かを待たせることが多いのでこういうたまの遅刻には寛大なのだ。


 今日の宮乃はいつもと変わらずボーイッシュな格好だ。パーカーにジーンズと、休日の男性を連想するファッションだが、それを見事に着こなしているところが癪である。

 

「それで、俺は今日なんで呼ばれたの?」


「まあまあ。とりあえずついてきてよ」


「その類のセリフ聞いてついて行って何か良いことがあった試しがない」


 改札前から移動し、俺達は街の中へと繰り出す。アニメショップやカードショップ、他にもサブカルチャーを扱う店が立ち並ぶ。


 電気街と言われるこの場所は今やオタクの街とさえ呼ばれるまでになった。

 休日に栄達に会いたければこの街を訪れよ。という言葉が俺の中にあるくらい。


「八神はぼくの趣味を知ってるだろ?」


「心当たりが多すぎる」


「この街関連で」


「同人誌漁りか?」


 宮乃はこの見た目でアニメとか結構見てるからな。もしかしたらボーイズラブ的なものに手を出していても不思議じゃない。


「いや、さすがにそれは一人でするよ。それとも、興味ある?」


「お前の趣味の中に同人誌漁りがあったことに驚きだよ」


 冗談だったのに。

 嘘から出たまことってこういう気分なのかな。


「漁りは漁りでもメイド喫茶漁りだよ」


「他に言い方あるだろ」


 言われて思い出す。

 宮乃は文化祭で一年生がしていたメイド喫茶にハマっていたし、栄達と二人でメイド喫茶巡りをしたこともあると言っていた。


「え、もしかしてメイド喫茶行くの?」


「もち」


「……帰ろうかな」


「頼むよ。一人で行くのは寂しいじゃないか!」


「栄達は? いつもはあいつと一緒なんだろ?」


「いつもってほど一緒ではないけれどね。ぼくは八神とメイド喫茶に行きたいんだよ」


「……怪しさしかないな」


「最近新しくできたお店なんだ。行ってみる価値あるだろ?」


「確かにな、とはなんねえよ」


 とはいえ、ここまで来てさようならというのもそれこそ寂しいし、仕方なく俺はメイド喫茶に付き合うことにした。


 後で昼飯くらい奢ってくれねえかな。


「ここだ」


「はあ」


 宮乃に連れられやってきたのは青色や水色がメインカラーとして使われているお店。

 イメージ的にはピンクとかが多いと思っていたのでその珍しさに少しだけ興味が唆られる。


 そして。

 いざ入店。


『おかえりなさいませ、ご主人さま!』


 メイド喫茶ではお決まりのセリフが店内の至るところから聞こえてくる。よく訓練されたメイドさんだ。


 水色の服に白のエプロン。スカートは太もも丈でちらと見える健康的な足に視線を奪われる。


「あれ、こーくん?」


 メイドさん悪くないなーと眺めているとき、聞き覚えのある声が俺の名前を呼んだ。

 というか、その名で俺を呼ぶのは結だけだ。


 問題は結がどうしてメイド喫茶にいるかだ。まさか宮乃に既に毒されてしまったのか?


 そんなことを考えながら振り返る。


「おかえりなさいませ、ご主人さま」


「……チェンジで」


「なんで!?」


 結がメイド服を着ていた。

 長い髪をツインテールにしているのはメイド服と合わせているからだろうか。

 ツインテールは幼いイメージがあるが、ローツインテだとそうでもない。現にその結は逆にお淑やかな印象さえ与えられる。


 胸は控えめだが、それでもエプロンはしっかりと女の子の膨らみを主張しているし、引き締まった腰もそうだが結局ミニスカートから伸びる足がいい。


「こーくん、目がいやらしいよ」


「気のせいだ」


 ゲフンゲフンとわざとらしく咳払いをしながら、席まで案内される。二人がけの席に俺と宮乃は向かい合って座る。


「ていうか、何してんだよ?」


「見て分かるでしょ? メイドさんだよ」


 メイド服を持ってくるりと回りながら結は言う。俺が言いたいのはそういうことじゃないんだが。


「なんでメイド喫茶で働いてんだって聞いてんの」


「募集してたからだよ。もともとアルバイトには興味あったし、オープニングスタッフ募集だったし、始めやすいかなって」


 だとしても、何もメイド喫茶じゃなくてもよかっただろうに。


「こーくんが心配しないように、女の子が多い職場にしたんだよ?」


「その分客は男ばっかだろ」


「女の子だっているじゃないか」


「お前は例外なんだよ」


 俺が言うと宮乃はケタケタと笑うだけだ。完全に楽しんでいる。


「おっと、あんまり喋ってると店長に怒られちゃうからわたしは戻るね。わたしとお喋りしたかったらゲームとかチェキで指名してね」


 まだ開店して間もないのか、その辺はしっかり監視されているのかもしれない。

 そんなことはどうでもいいけど。


「お前知ってたのか?」


「まさか。ぼくだって驚いたよ」


 初めて入るとは言っていたけど、この展開だとさすがに疑ってしまう。


「でもあれだね、似合ってたね」


「まあ、そだな」


 そこは否定しない。

 もともと可愛い女の子が可愛い衣装を着ればそりゃ可愛いよ。可愛いと可愛いの相乗効果が止まらないよ。


 その後、適当に呼んだメイドさんに注文を済ます。

 宮乃のこだわりに勝てず、初心者おすすめコースを注文した。ドリンクとチェキのセットらしい。


「チェキのお相手はどうしますか?」


 パネルを持ってきたメイドさんが俺達の前でそれを広げる。そこにはメイドさんの写真があり、もちろん結のものもある。


 そんなことよりもこのメイドさんだ。

 茶髪のロング、それなりに化粧はしてるんだろうけど美人系な容姿。唇に塗られたグロスがきらりと光り、それが妙に艶めかしい。

 胸が大きく、他のメイドさんとは比べ物にならないくらいに膨らんでいる。もうはち切れんばかりだ。

 結の方が体は細いが、逆に言えばほどよい肉付きで健康的なエロスがあるというか。

 年上お姉さんオーラがだだ漏れている。


「……」


 俺は言葉を詰まらせる。


「どうしますか?」


 そんな俺にメイドさんはからかうように尋ねてくる。そんな聞かれ方したら妄想が膨らむ。そんなつもりないのに暴走してしまうッ!

 この人、男の掌握の仕方を知っている。抗えない……男としての本能に。


「エット、ジャアオネエサンデ」


 何故か片言になったが、俺はそのメイドさんを指名した。いや、あるいは指名させられたのかもしれない。


「あら、ほんとに? ありがと」


「え、いいのかい八神。月島さんに怒られるんじゃ?」


「うるさい! 俺はただ自分の本能に従っただけなんだ。今ここでお姉さんを指名しなかったら必ず後悔するッ!」


「そんなカッコいい顔で言われても……ほら見なよ、奥からめっちゃ見てるよ」


 言われて、俺は宮乃の視線を追う。確かに結がいる。今は特に仕事がないのかめちゃくちゃこっち見てる。恨めしそうに睨んできている。


「いいの?」


「いいんだ。例え後でめちゃくちゃ怒られるとしても、俺はこのお姉さんとチェキを取る。誰が何と言おうとだ」


「……そこまで言われると照れるわね」


「まっすぐ自分の言葉は曲げない。それが俺の忍道だ」


「きみは忍者じゃないだろ」


 結局。

 俺は巨乳のお姉さんとチェキを撮った。当然、結からは終始睨まれていたが気にしなかった。


 当然。

 その夜、家に乗り込まれてめちゃくちゃ怒られた。

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