第103話 【文化祭編④】メイド喫茶


 午後から友達と約束があるという結と別れた俺は、次なる相手との待ち合わせ場所へと向かう。


 二年三組の教室前。

 なぜこんなところを待ち合わせ場所に選んだかと言うと、指定したのは俺ではないから知らん。

 多分、分かりやすいとかそんな理由なんだと思う。


 待ち合わせ時間までは少し時間があったのでフラフラと散歩しながら教室前まで向かう。


 それでも一〇分くらい前に着いたというのに、待ち合わせ相手二人は既に揃っていた。


「遅いぞ、幸太郎」


 小樽栄達。


「集合時間はまだなんだけどね」


 宮乃湊。


「お前ら暇過ぎだろ」


「暇過ぎとは失敬だな。八神達と約束があるから他の約束を断ってきたんだよ?」


「知らん間に随分と人気者になったもんだな」


 ついこの前転校してきたというのに、もうそんなことを思わせない馴染みっぷりだった。

 距離感がちょうどいいから、絡みやすいんだよなあこいつ。


「僕だって、別に君達との約束が楽しみだったわけじゃないんだからね! ただ誰も相手にしてくれなくて暇だっただけなんだから!」


 悲しい現実をつらつらと言ってのけるな。

 本当だとしても口にはできねえな。どんだけハート強いんだこいつは。


「揃ったし行こうぜ」


「僕のことは華麗に無視か。僕の扱いが段々と酷くなってる気がするのだが」


「心配しないでも前からこんなもんだよ」


 俺はある場所に向かうためにこの二人を誘った。結や白河とじゃちょっと行きづらい場所である。


 校内を歩き、目的地へと向かう。そこには去年通った教室があった。懐かしい景色に少しじんとしそうになったが、並んでる列の長さを見てそういう感傷的な気持ちは全て吹っ飛んだ。


「わあ、大盛況だね」


「並ぶ気失せるなー」


「でも、行かなかったら怒られるで?」


 それはお前だけだろ、と思ったけど多分俺もタックルくらいはされるだろうな。

 いや、栄達には直接的な攻撃をしないので痛い目見るのは俺だけだ。


 仕方ねえ、並ぶか。


「並んでるのほとんど男の子だね」


 宮乃が並んでいる人達を見ながらそんなことを言う。確かに見てみれば九割は男子だ。

 若干数、カップルか女子グループがいるが。


「男子はメイド喫茶好きだからね。仕方ないね」


 そう。

 俺達がやって来たのは一年生が行っているメイド喫茶である。そのクラスには涼凪ちゃんや李依がいる。


 行くと約束した以上は来ないと何を言われるか分からんので早々にやって来たということだ。


 断じて、メイドを拝みに来たわけではない。


 待ち時間は三〇分くらいあったが、適当に話をしているとあっという間に時間が経った。


 栄達と宮乃が想像より仲良くなっていたことに驚いた。俺の知らないところで親睦を深めているのだろうが、何だろうこの疎外感。


「三名様、お待たせしました」


 案内の女の子に連れられ、俺達は教室の中に足を踏み入れる。


 準備段階ではもちろん内装までは完成していなかったので、教室のそれっぽさに俺は感心の声を漏らす。


 風船とかリボンとか、そういうもので装飾されておりテーブルクロスとかもピンクとかで可愛らしさを前面に出している。


 飾り付け一つでここまで雰囲気が変わるとは。ここがいつも授業を受けている教室とは思えないほどである。


「へえ、すごい凝ってるね」


「うむ。これは期待してもよいのでは?」


「そうだね。この前行ったメイド喫茶より良いかもしれない」


 宮乃と栄達もこの出来には驚いているようだ。

 それよりこいつら二人でメイド喫茶行ってね? なに、お前ら付き合ってんの? 俺邪魔者なの?

 李依に言いつけてやろうか。


「メニューも結構種類あるよ」


「ほんとだな。これだけあると悩むな」


「笑止! 笑止よ、幸太郎。メイド喫茶の価値というのはオムライスによって決まると言っても過言ではない」


 過言だと思うけど楽しそうだから放っといてやろう。


「つまり! ここで僕らが頼むべきは『メイドさんが御主人様のために作るスペシャルオムライス』である!」


 作ってるの多分男子生徒なんだよなあ。

 言わないでおくけど。


「ぼくはパフェにしようかな。ここに来る前にちょっと食べちゃったし」


「……俺はどうしようかな」


 しかし、あれだな。

 メイド喫茶と言われると納得せざるを得ないがどの料理も割高だなー。稼ごうという気がひしひしと感じる。


 まあ、何が問題ってそれでも三〇分は待たされるくらいに繁盛していることだが。

 ぼったくりと分かっていてもメイド見たさに足を運ぶ。男とは悲しい生き物よ。


「お待たせしました御主人様。ご注文をお伺いします」


 俺が悩んでいる間に店員を呼びやがったようで、気づけば目の前にメイドさんがいた。


 というか、涼凪ちゃんだった。


「かわいいね、メイド衣装」


「ほんとですか? ありがとうございます」


「八神もそう思うだろ?」


「え? ああ、そうだな。よく似合ってると思うよ」


 この前もべた褒めだったけど、今日もちゃんと褒めておこう。お世辞とかではなく、本当にそう思うからこそだ。


 俺が褒めると涼凪ちゃんははにかむように口元をゆるめて俯いた。


 長袖とロングスカートと露出は控えめなメイド服。よく見るメイド喫茶とかにいるような露出高めなものと違い、清楚さというか落ち着きを感じる。


 本来あるべきメイドとはこういうものなのかもしれない。


 試着のときはなかったが、頭についているメイドカチューシャがより一層可愛らしさを引き出している。


 文句なし。一〇〇点満点である。


「あ、そうだ。ご注文はどうします?」


「ぼくはこの白玉パフェ」


 そうだった。

 俺も注文決めないと。


「オムライス二つ」


「お前めっちゃ食うな」


「僕と幸太郎の分だよ」


「勝手に頼むなよ!」


「じゃあそれでお願いね」


 俺が栄達に抗議している間に宮乃が注文を終了させた。涼凪ちゃんは苦笑いしながら戻っていった。


「なんでオムライス食うことになってんだよ」


「いいじゃん。ほら見なよ、メイドさんがケチャップで好きなもの描いてくれるみたいだよ?」


「なんでそれで俺が納得すると思ってんだよお前」


 俺が呆れながらツッコむと宮乃は誤魔化すように笑った。

 オムライスに描いてもらうもの考えなきゃダメじゃん。


「せんぱーい!」


 今さら変更するのも何なので諦めた頃、聞き覚えのある元気な声がこちらに駆け寄ってくる。


 もはや見るまでもない。

 李依だ。


「どうですか? 李依のメイド姿!」


 やってきて早々に李依はくるりと回って俺達に自分の衣装を披露する。

 メイド姿に大きな差はなく、みんな同じようなものを着ているようだが、ところどころにオリジナルアレンジが加えられているようだ。


「うん。その服着てると可愛く見えるな」


「いつもは可愛くないみたいな言い方やめてください。やり直し」


「お淑やかに見える」


「衣装もいいけど李依も褒めてほしいです」


「それは栄達に任せるよ」


「急に僕に振るのはやめてほしいのだが」


 俺が振ると、栄達は困ったように呟く。李依は期待のこもった眼差しを栄達に向ける。


「……まあ、本物のメイドさんにも引けを取らないクオリティの衣装だね。それを着こなす小日向嬢の素質あってのものだろうけど」


「ああもう、好き!」


 褒められて嬉しかったのか李依はキャーと一人でテンションを上げてその場で足踏みする。


 困った顔する割にはしっかり褒めるんだな。何だかんだ結構一緒にいるし慣れてきたのかも。


「あ、そうだ忘れてた。これどうぞ」


 ハッとして李依は何かのメニューみたいなものを宮乃に渡す。


「なにそれ」


「チェキの相手を選ぶんです」


 李依に聞くとそんな返事をしてくる。


「パフェにはそんなオプションついてくんの?」


「さあ。そこまで気にしてなかったから」


「うちのメニューには基本的にチェキのオプションがついてるんです」


「へー。オムライスにも?」


「ついてますよ」


 なら俺らも対象じゃん。


「俺らにはないの?」


「先輩は涼凪じゃないですか」


「いや勝手に決められても困るけど」


 せっかくだから他の子でもいいかなと思う反面、知り合いの方が気が楽だなとも思う。


 ふむ。


「まあ、いいけど」


「あの、僕は?」


「李依ですよ?」


 だろうな。

 その返事は予想できていたようで栄達もそれ以上は何も言わなかった。


「李依じゃ不満ですか? 言っときますけど店内ナンバーワン人気なんですよ」


「自称?」


「違います。実績に基づいた結果です!」


 そうなのか。

 まあ見た目はいいからな、李依は。

 性格に色々難があるが、拝む分には申し分ないわけだし、人気が出てもおかしくないか。


「じゃあこの子で」


 宮乃が相手を決めたところで李依はメニューを持って戻っていった。店内は中々に繁盛しており、ゆっくり話をする間もなさそうだ。


「結局誰にしたん?」


「何となく、一番好みの顔をしてる子だよ」


「ガチ百合キタコレ」


「キモいぞ、自重しろ」


 そして、俺達は料理の到着を待つのだった。

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