第104話 【文化祭編⑤】メイドの戯れ
俺は栄達、宮乃と共に一年生のメイド喫茶に来ていた。
そこは涼凪ちゃんや李依が属するクラスで、彼女らのメイド姿を拝みつつ料理の到着を待った。
仲のいい女の子の普段見ることのない格好というのは不思議とどきどきさせられる。
店内は可愛らしく装飾されており、歩いているのはメイド姿の女の子。ここが校内であるということを忘れてしまいそうになる。
今頃、裏方ではクラスの男子がせかせかと働かされているのだろう。
適当に雑談しつつ待つこと一〇分。
俺達の料理が到着した。
他の客の料理もあるだろうに、一〇分で提供するとはやりおる。学食のおばちゃんも驚きの提供スピードだ。
キッチンはめちゃくちゃにフルスロットル稼働なんだろうなあ。
「お待たせしました」
料理を持ってきてくれたのは涼凪ちゃんだ。落ち着いた彼女の雰囲気はメイド服とよくマッチしている。
こんなメイドさんが家にいてくれたら最高だろうな、なんていう妄想が捗ってしまうまである。
涼凪ちゃんは押しに弱いところがあるから、強く押せばそこそこの無理難題でも受け入れてしまいそうだからな。
俺の中の悪魔が悪さしそうだ。
「あの、先輩?」
「ん?」
俺が妄想を繰り広げている間にそれぞれの前に料理が置かれる。宮乃の前にはパフェ。俺と栄達の前にはオムライス。
「一応、その、ケチャップをかけるのが私達の仕事でして、何かリクエストとかあれば受けますけど」
「あー」
こういうときにお任せで、と言うと受けた側は困ると聞くがどうなんだろう。
プロであればそんなときの対処法として幾つかのパターンを用意してるだろうけど、ここはそうとも限らない。
涼凪ちゃんを困らせるのも何だし、何か指定してあげたいが、何も思いつかない。
俺の想像力の乏しさを恨みたい。
「じゃあ俺の名前でも書いといて」
めちゃくちゃ適当に言った。
隣からは「は? つまんな」みたいな視線が向けられているような気がするが、無視しよう。
「かしこまりました、御主人様」
ぺこり、と綺麗なお辞儀を見せた涼凪ちゃんは構えたケチャップをゆっくりと動かす。
何故かその場に緊張感が走る。
最終的にオムライスには『こうたろう』と、俺の名前がひらがなで書かれた。
自分で言ってて何だけど、なんだこれ。
「どうぞ、幸太郎先輩」
「ありがと。何か涼凪ちゃんに名前で呼ばれるのは変な感じだね」
普段は先輩と呼んでくるので八神と呼ばれても新鮮かもしれないな。
すると涼凪ちゃんはカアっと顔を真っ赤に染める。
「ご、ごめんなさい! 変なことしちゃって!」
「いや、別にそういうわけじゃないけど。ただ呼ばれ慣れないなって思って新鮮だっただけだよ」
「嫌とかじゃ、なかったですか?」
「全然」
俺が笑うと、涼凪ちゃんはほっと胸を撫で下ろすように小さく息を吐いた。
「それじゃ、失礼します」
「あ、僕は?」
「後で李依ちゃんが来ます」
だろうな。
そんな気はしてた。
栄達も、ですよねーとでも言いたげな顔をして涼凪ちゃんを見送っていた。
その後、テーブルにやって来た李依が栄達のオムライスにこれでもかというくらいのハートをケチャップで描いて行った。
多分このオムライスは辛い。
「このハートの数が李依ちゃんの愛なんだね」
「重すぎるんだよなあ」
「うむ……」
栄達はスプーンでケチャップを広げつつ、皿の端へある程度避けていた。さすがにその量はしんどいか。
あれだけのハートを何の躊躇いもなく潰せるとは、栄達のやつさては後先考えてないな?
李依にバレたら確実に絡まれるぞ。
「あー! 小樽先輩! 李依のハートをなんで消すんですか!」
「……僕はケチャップをまんべんなく広げて食べるタイプなんだよ」
何故かテーブルにやって来た李依が案の定気づく。食べるんだから別にいいだろとは思うが、そういうのが全く通用しないのが小日向李依という後輩なのだ。
「追いハートです!」
李依は腰に巻いていたバッグからケチャップを取り出す。そしてドピュドピュとハートを足していく。
これは鬼の所業だ。
栄達、ご愁傷さま。
「なんか用事あったんじゃないの?」
このままでは栄達が塩分過多でご入院してしまうので助け舟を出すことにする。
俺が言うと、李依は思い出したようにハッとした顔をする。
「そうでした。先輩のチェキの準備が出きたので呼びに来たんでした」
「大事な用事忘れてんじゃねえよ」
ていうか、チェキかー。
チェキってあれだろ。つまり写真だろ?
涼凪ちゃん、教室の黒板前で待機してるしあそこで撮影するってことでしょ?
恥ずかしいって。
俺人前で何かするのとか結構躊躇っちゃうタイプなんだよ。せめて別室用意してくれよ。
まあ、それはそれでいかがわしさ増すからアウトな気もするが。
「さあ、行きましょう。涼凪が待ってますよ」
「ああ」
でもやらなきゃ終わらないし、ならばさっさと終わらせよう。
遠慮しておくという選択肢があるなら是非ともそうしたいが、李依が許してくれなさそう。
それに、そんなことないけど涼凪ちゃんとのチェキを拒否したと勘違いされても困る。
腹を括れ、八神幸太郎。
俺はオタク。メイド喫茶でメイドさんとの戯れを心の底から楽しむただのオタクだ。
「お待たせ」
「あ、いえ。全然です」
黒板前に来てみたが、壇上感がすごい。メイドと戯れてるから誰もこっちなんか気にしちゃいないだろうけど、すごく居心地悪い。
「あの、私でよかったですか? なんか李依ちゃんが無理やり決めたみたいで」
もじもじしながら、涼凪ちゃんは俺の方をちらと見上げる。歳下のこの上目遣いに逆らえる奴いんのかな。
「いや、知らない子よりは見知った顔の方が安心するからよかったよ」
嘘である。
涼凪ちゃんの前ではそれなりに格好つけた先輩でいたいので、こういうハッチャケた感じの姿は見られたくない。
俺の硬派なイメージが一気に崩れちゃう。
「さあさあ! 後が控えてるんだからさっさと撮りますよ!」
「……李依が撮影すんの?」
「なんでちょっと嫌そうなんですか」
「ちょっとじゃねえよ、だいぶだよ」
俺が言うと李依はブーっと頬を膨らませる。チェンジの要望を出してみたが引くつもりはないようだ。
絶対楽しんでるだけじゃん。
「何のポーズにしますか?」
「ポーズ?」
何言ってんだこいつ、という顔を李依に向ける。
「せっかくのチェキですよ? 普通何かポーズ取るでしょ。まさか先輩、メイド喫茶初心者ですか?」
「俺のどこにまさかの要素を感じたんだ。そのまさかだよ」
なんだメイド喫茶初心者て。
ここにいるほとんどはそうだろ、と心の中でツッコむ。
しかし、そうか。
忘れそうになるが、李依は結構なオタクなんだよな。可愛いものが好きなわけだしメイド喫茶くらい行っててもおかしくない。
何なら働いていても違和感ない。
「……ちなみに何のポーズがあるの?」
写真だし棒立ちというのも味気ないのは事実だ。ピースでいいんじゃねえのとは思うが一応聞いておく。
「涼凪。言ってあげて」
李依はなぜかこのタイミングで涼凪ちゃんに振る。その当人はと言うと、なぜか言いづらそうに俺から視線を逸らしている。
このリアクションは李依に無理やり何かをさせられているパターンだ。付き合ってあげることないのに。
「俺は別にピースとかでいいんだけど」
「ピースはつまんないですよ、先輩」
「マジレスやめろよ」
李依のやつ、突然真顔になるんだから恐ろしい。写真うつりとか気にしそうだしポーズとかにもうるさいのかね。
「涼凪のおすすめのポーズがあるんです」
「……あ、そうなの。じゃあもうそれでいいからさっさと終わらせようぜ」
「あ、言いましたね! 言質取りましたよ! ほら、涼凪早く!」
こんなところにいつまでもいる方がごめんだ。それで終わるなら早く終わらせたい。
「それで?」
俺は涼凪ちゃんに尋ねる。
涼凪ちゃんは少し考えてから、決心したようにふんすと鼻を鳴らす。そして、俺の腕に自分の腕を絡めてきた。
いわゆる腕組みというやつだ。
「これほんとに合ってる!? ちょっと距離感違わない?」
「こんなもんです」
「ほんとに!?」
「……」
李依は適当に流してくるし、涼凪ちゃんは恥ずかしそうに俯いている。
恥ずかしがってるじゃん!
「メイドさんと御主人様の距離感じゃない気がするぞ」
「知人限定の特別バージョンです。なんでもやると言ったのは先輩ですよ? 男に二言とかあるんですか?」
「微妙に語弊がある気がするがまあいいだろう。確かにここでうじうじするのはダサいな」
「そうです。ノリノリな笑顔でおねがいしまーす」
こうなったら覚悟を決めよう。
ノリノリな笑顔を見せてやる。俺は半ばやけくそ気味に笑顔を作った。
作り笑顔なので当然ぎこちない。
俺が腹を括ったのを見てか、涼凪ちゃんも絡める腕に力を込める。彼女の控えめな胸の感触が伝わってくる。
こんなの頬緩むって。
「撮りまーす」
カシャリ、と音が鳴る。
ああ、ようやく終わるんだ。
「もう一枚いきますね」
カシャリ、と同じ音が鳴る。
チェキって撮り直しとかきかないんじゃないの?
「何の二枚目?」
「涼凪の分です。本来ならば罰せられる行為ですが、ここは隠蔽するという形で済ませます。だから李依が撮影係をしていたんです」
「お前結構ハッキリ二枚目撮影宣言してたぞ?」
「李依のときは涼凪に撮影係をお願いするつもりです。李依に借りがあるから断れませんしね」
俺の言葉は華麗にスルーされた。都合の悪いことは気にしないとでも言いたげだ。
そして、なぜ俺がトップバッターだったのかここで理由が明らかになった。
全ては李依の策略らしい。
「これ、先輩の分です」
李依にチェキを渡される。
俺の笑顔は想像よりぎこちなく、しかし隣にいる涼凪ちゃんは意外と上手く笑えていた。
こういうの得意じゃないと思っていたけど、さすが女の子だな。
しっかりと笑えている。
「さあ、小樽先輩の番ですよー!」
李依が栄達を呼びに行ったので俺は席に戻ることにする。その道中、もう一度チェキを確認する。
鼻の下伸びてないでよかった。
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