第102話 【文化祭編③】チョコバナナ
結が部室を出たあと、それに続こうとした俺は占い師に呼び止められた。
何事かと振り返ると、お節介なことを言っておきたいという前置きを聞かされる。
聞くか聞かないかを問われた俺は、気になったのでお願いした。俺は既に彼女の占いに興味を惹かれているようだ。
「君は彼女と、まだ恋仲ではないようだね」
ずばり言い当てられ、俺は呆気にとられる。結がそれを事前に言っていなければ、この占い師がそれを知るはずがない。
現にこの人はこれまで俺達のことをカップルだと言っていたわけだし。俺の否定した声が聞こえていれば不思議なことではないけれど。
「ええ、まあ」
ここで誤魔化す理由もないし、そもそもその必要もないので俺は素直に肯定する。
「彼女は君にゾッコンのようだが」
「……そんなことまで見えるんですか?」
「いや、それは占いでなくとも見ていれば分かる」
さいですか。
なんかちょっと恥ずかしい。
「ちなみに一つ聞いておきたいが、君は彼女と恋仲になる気はあるのかい? 正直、あんなに可愛い子から好意を寄せられて受け入れない理由が分からない」
ごもっともなことを言われて俺は言葉を詰まらせる。
誰もが思うことなのだろう。そんな感じの質問をもう何度も受けてきた。
その度に曖昧な返事をしてきた。
それはただ、俺の中の答えが定まっていないからなのだ。
「そうですね。俺もそう思います。なんで俺は結と付き合わないんだろうなって。前まではちょっと思うところがあって、恋人を作るということ自体を敬遠してました。でも、それが解決した今でも俺は結の好意を受け入れられない。なんでか、俺にもよく分からなくて。そのことを考えるともやもやするというか」
自分でも何を言っているんだ、と思いながら話す。
占い師は黙って聞いてくれた。そして、何言ってんだとバカにするどころか「なるほどね」と合点がいったように呟いた。
「近々……というほどでもないが、遠くない未来、君は一つの選択を強いられる。それは今の君の心情から察するに大きな決断となるだろうね」
「はあ」
「私はね、選択には常に後悔が付き纏うものだと思っているんだ」
占い師の瞳は、まっすぐに俺の目を捉えている。その瞳が、占い師の真剣さをひしひしと伝えてきていた。
「どちらの道を選んでも、選ばなかった方の道がちらつく。どんな道を選んでも全てが上手くいくようなことは早々ない。その時、あの時違う選択をしていればと思ってしまうのが人間という生き物さ」
言わんとすることは分かる。
だけど、だから何だと言うのだろうか。
「いや、これは余計な話だったね。ただ私から言えることは後悔のないように選択をしろ、ということではない。後悔をしても前を向ける選択をした方がいい。間違っても、その場の勢いでは答えを出さないことだ。無論、どちらかの選択が君を不幸にするというわけでもないけれど」
「……それが、お節介?」
「うん。これが君のためになるかどうかは分からないし、余計なことだったかもしれない。でも、知っておいてほしかった。しっかり考えて、向き合って決めてほしいから」
近い未来に訪れる選択。
それが一体何のことなのかは分からないし、そのことについて教えてくれる気はないようだ。
気に留めておこう、というくらいには思えたが。
「さっき私は、君達のことが気に入ったと言ったね。あの言葉は嘘ではないが、その中でも特に君のことが気になるんだよ。理由はない。強いて言うなら何となくだ。あるだろう? よく分からないけど気になることって」
「そうですね。コンビニとかで頻繁に」
俺が冗談めかして言うと、占い師はくすりと笑う。どうやら受けてくれたらしい。
「それと一緒だよ。他意はない」
「そうですか。じゃあ、一応気にするようにしときます」
「そうだね。それくらいがいいだろう」
そろそろ出ないと結が心配するだろうと思い、俺は出口へと向かう。そんな俺の背中に占い師は最後の言葉をぶつけてきた。
「また、君の未来を見せておくれよ」
振り返って見たが、暗くて占い師の顔はやっぱり見えなかった。でも、なぜかその人が笑っているように見えた。
「……気が向いたらまた来ます」
本音だ。
この占いの館に来て、俺の占いに対する印象は変わったし、この占い師に興味が湧いたのも確かだ。
だから。
気が向いたらまた来ようと思う。
部室を出ると、結がつまんなそうに片足をぷらぷらと揺らしていた。
「悪い、待たせた」
「何してたの?」
「ちょっと呼び止められてさ」
「占い師さんに?」
こくりと頷くと、結は疑うように俺に半眼を向ける。嘘はないし全て事実なのだが。
「ふーん。占い師さんがこーくんに個人的に何の用なのかな?」
俺だってそう思ったさ。
そしたらめちゃくちゃそれっぽいこと言われて驚いたんだ。でもそれをそのまま結に伝えるのもなあ。
と、思った俺は誤魔化すことにした。
「可愛い彼女ですねって言われてたんだよ」
嘘である。
だが俺は知っている。
誤魔化す場合において、この言葉がどれだけの力を持っているのかを。
結はハッとしてから、ふにゃりと表情を崩す。口元を綻ばせた結は頬に手をやりくねくねを体を捩る。
「可愛いだなんて、そんな」
分かりやすいやつだ。
しかしあれだな。
理由はどうあれ待たせてしまったのは事実だし、嘘をついて誤魔化した後ろめたさもある。
ここは一つ、何か奢るくらいのことはしておこう。
「ちょっと小腹空かないか?」
「空いた」
というわけで俺達はグラウンドの方へ向かう。
校内では教室を店内に見立てた飲食の催し物があるが、グラウンドや中庭辺りでは、教師の知人だとか地元の店の人だとか、あるいは好き放題できる三年生が屋台を展開しているのだ。
軽く食べるなら屋台の方がいいだろう。
「あ」
グラウンドから中庭まで歩きながら屋台を物色する。焼きそばや焼き鳥といったメジャーなものから想像もできないようなイロモノまで揃っている。その辺はさすがお祭りと言ったところだ。
そんな中、結がある屋台を見て足を止める。
何だろうかと結の視線を辿ってみると、その先にはチョコバナナの屋台があった。
ほんと好きだな、チョコバナナ。
「食べるか?」
「うんっ」
俺はチョコバナナの屋台に向かう。
見覚えはないが若いので多分三年生なのだろう。男女一人ずつ合計二人で店番をしていた。
「チョコバナナ一つ」
「あいよ。好きなの選んでね」
女の人が元気のいい返事をくれる。好きなのって言ってもチョコバナナなんて全部同じだろ。
そう思って見てみると、見た目だけなら結構な種類があった。コーティングされているチョコレートの色が違うが、これは味も違うのかな。
「これにします」
結は中でもオーソドックスなタイプのチョコバナナを選んだ。茶色のチョコレートにカラフルなチョコが振りかけられている。
別に嫌いではないけど祭りに来てわざわざこれを選ぶ人の気持ちが理解できない。
他にもっと美味しいものがあると思うんだよなあ。チョコバナナってどう頑張ってもチョコとバナナが混ざった味でしかないんだもの。
俺達は簡易的に設置されているベンチに腰掛ける。まだ校内を回っているのか、この辺に人はあまりいないようだ。
「食べる?」
一口食べてから俺にそんなことを言ってくる。
「いや、いいよ。好きなだけ食べろよ」
「こーくんが買ってくれたんだからこーくんにだって食べる権利はあるんだよ?」
「遠慮とかじゃないから。シンプルなお断りだから」
他に食べたいものあるし、チョコバナナで腹満たすのもごめんなんだよなあ。一口だけでもボリュームありそうだし。
「あ、さてはこーくんってば間接キスを気にしちゃうお年頃なんだね」
ふふ、と微笑ましそうに壮大な勘違いをする結。
ここで否定すると「じゃあ食べてよ」という切り返しが飛んでくるのは予想できる。
なので、ここは敢えて結の挑発に乗ってみよう。
「そうなんだよ。女子と間接キスとか恥ずかしくて耐えらんねえ」
こう言えば、結も諦めるしかあるまい。この勝負、俺の勝ちだ。なんの勝負やねんって話だが。
「大丈夫だよ、わたしは気にしないから」
にこりと笑いながら、結はチョコバナナを差し出してくる。
微妙に会話が成り立ってないんだよなあ。
「俺が気にするって話だったと思うんだけど?」
「でもわたしは気にしないよ?」
あ、これ折れる気ないやつだ。
多分何を言っても俺が最終的に負けるやつだ。
「……俺が食べないという選択肢は?」
「ない」
そう言いながら結はより一層チョコバナナを向けてくる。これはもう折れるしかない。
「分かったよ」
俺が折れると、そうなるのが分かっていたかのように結はくすりと笑った。
「はい、あーん」
「……もうそれ言いたいだけじゃん」
諦めるしかない俺は渋々チョコバナナを一口かじる。相変わらず予想通りの味がする。一度くらい予想を超える味と出会いたいもんだよ。
「美味しい?」
「甘い」
「こーくんはもうちょっと感想のレパートリーを増やした方がいいと思うなあ」
「正直な感想を述べてるだけだ」
不味いとは言ってないし思ってもいない。ただ甘いだけなのだ。あと重い。
「せっかくわたしのチョコバナナを食べてるんだから、もっと美味しそうに食べてほしいもんだよ」
無理やり食べさせられてるわけですけど。
結はそんなことを言いながら残りのチョコバナナを咀嚼する。
「こーくんは何か食べないの?」
「んー」
小腹が空いていたというのにチョコバナナを一口食べただけでよく分からない満足感を感じてしまう。
「今はいいや」
チョコバナナのボリューム、恐るべし。
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