第95話 練習場所はどこ


 文化祭まであと一週間。

 ただでさえ校内はイベントモードで浮かれているというのに、ここからさらに浮かれ具合が増す。


 一週間前になると午後の授業はなくなり、その時間は文化祭の準備に当てられるのだ。


 ということで、うちのクラスも本格的に準備を進めていくために皆のやる気が増し増しなのであった。


「ダンボール余ってない?」


「こっちにはないぞ」


「そっちは?」


「ないない」


「貰いに行くか。何人かついてきて」


「ういー」


 教室の中ではあちらこちらで準備が進められている。

 この時期から大道具や小道具といった裏方班も本格的に動き出すため、教室の中は何かと狭い。


 俺はと言うと、邪魔にならないよう隅っこで一人寂しく台本を眺めていた。


 絶望するほどのセリフ量ではないのでそこまでの焦りはない。どちらかと言うと、人前で演技をするという恥ずかしさに打ち勝つ方が困難だ。


 映研の映画に出たは出たけど、あれは人前ではなかったから幾分かマシだったのだ。


「ねえこーくん」


 そんな感じで、教室内を他人事のように眺めているといつの間にか隣にいた結に声をかけられる。


「気配もなく隣に立つなよ。驚くだろ」


「察知してよ。幼馴染みの気配だよ?」


「できるか」


 それで? と俺は声をかけてきた用事を尋ねる。


「教室は作業が大変そうだから外で台本の読み合わせしないかって話になったの」


「へー」


 俺もその話し合いに入れてくれよ。

 なんで勝手に進めちゃうかな。面倒くさがりだけどハブられるのはそれはそれで思うところあるんだぞ。


「だから一緒に行こ」


「ああ」


 結に連れられ廊下に出る。

 しかしそこに他の生徒の姿はない。


「他のみんなは?」


「先に行ったよ。こーくんだけまだだったから呼びにいったんだ」


 俺以外の奴ら全員で話し合ってたの? それもうイジメじゃね?


「俺も呼べよ」


「なんか一人で楽しそうに台本見てたから声かけづらかったんだってさ」


 どんな顔して台本見てたんだろ、俺。自分では思わなかったけど内心では楽しんでたのかな。


「まあいいや、行こうぜ」


「うん」


 俺が歩き始めて、結がそれについてくるようにてててと追いついてきた。


「つか、どこでやるのか知らないんだけど」


「中庭だって」


 中庭へ向かう道中、いろんなクラスの前を通りがかる。

 まだ内容が分かるほど準備は進んでいない様子だがどのクラスも楽しそうにはしゃいでいた。


「こういうお祭り前の雰囲気っていいよね」


「そうだな」


「こーくんとは初の文化祭だもんね」


「そういやそうか。小学生の時はそういうのなかったもんな」


 中学は一緒じゃなかったし、今回が結と過ごす初めての文化祭ということになる。


「あのね、こーくん」


「ん?」


 結が何かを言おうとしたとき、ちょうど中庭に到着したのだが、そこにうちのクラスの連中は見当たらなかった。


「うちのクラスいないけど」


「え、うそ」


 結も中庭に視線を移す。俺ももう一度確認してみたがやはりいない。他のクラスの生徒で溢れかえっている。


 おおかた、中庭でやろうとしたらこの状況だったから場所を変えたのだろう。


「連絡とか来てないのか?」


「んー」


 結は唸りながらスマホを確認する。


「あ、きてた」


「来てたんかい」


 あははー、と笑いながら謝ってくる結は誰からかのメッセージを見て表情を固める。


「どうした?」


「変更場所、屋上だって」


「……」


 言われて、俺は屋上の方を見る。遠いなあ。早い段階で知れていれば何なら屋上の方が近かっただろうに。


「仕方ない。行くか」


「うん。校内デートだと思えば楽しいよね」


「そだね」


「もうちょっと気持ち込めてくれてもいいのになあ」


 ぶーっと膨れる結をちらと見てから、俺は小さく息を吐く。


 結は俺に好意を抱いている。

 恐らくとかきっととか、そういう曖昧なぼかし方をする必要がないくらいにそれは明らかだ。


 結が転校してきてすぐに告白されて、それを俺の都合で断って、なあなあのまま今までやってきた。


 愛想尽かして離れられてもおかしくないことをしていたというのに、それでも結は今までと変わらず俺の隣にいてくれている。


 そろそろ、ちゃんと結とのことも考えないといけないんだよなあ。


 結は俺のことを好いてくれているんだから、俺がその好意を受け入れれば全てが丸く収まるだろう。


 結と恋人関係になって、不幸になる未来は考えられないし、きっと何だかんだ上手くやっていけるんだと思う。


 でも。

 何だろうか。


 そうしようとすれば、何かが引っかかるのだ。明確にそれが何なのかは分からない。


 後悔とか、そういうのじゃないんだろうけどその選択をしようとすると胸が痛むというか、心がざわつくというか。


 正体不明の違和感に襲われる。


 それが何なのか、今の俺にはまだ分からない。


 結には悪いと思うが、もう少しだけ待ってもらうとしよう。これまでずっと待っててくれたんだ。


 あと少しくらいなら、きっと待っててくれるだろう。

 なんて、この話を結にするわけではないので彼女からすれば今までと何ら変わりないわけだが。


 しかし、そうだな。

 せっかくの結との初めての文化祭なのだから、楽しい思い出は作らないと損だろう。


「文化祭、時間合ったら一緒に回るか?」


 俺がそんな提案をしてみると、結はまるで幽霊でも見たような驚きを見せた。


「……なんだよ、その顔」


「まさかこーくんの口からデートのお誘いが出てくるとは思ってなかったから」


「別にそういうんじゃねえよ」


 しかし、それはそれで失礼だな。

 そう思ったが、そう思われるに至った原因は俺にあるわけだし。あまり強くは言えねえな。


「せっかくの文化祭だしな。まあ、他の奴らと約束してるなら仕方ないけど」


「してないっ。もししてても、約束すっぽかしてでも一緒に回るよ!」


「いや、それは相手に悪いからやめたれ」


 重いよ。

 結はぱあっと表情を明るくして言った。冷静にツッコんでみたが耳には入っていないようだ。


「あ、そういやさっき何か言いかけてなかったっけ?」


 中庭辺りで話を遮ってしまったような気がする。ふとそれを思い出したのだが、結はかぶりを振る。


「ううん、もういいの」


「なんで?」


「言う必要がなくなったから」


 どういう意味かは分からなかったが、その後も終始にこにことご機嫌な様子だったので本当によかったのだろう。

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