第96話 サボりじゃなくて休憩
時間にして言えば六時間目の真っ只中。
俺は学食にやって来ていた。
本来ならばこの時間は当然だが授業をしている。
しかし、文化祭一週間前という限定的な期間においては自由に行動できる。
普段なら授業を受けているはずの時間に校内をウロウロできるというのは背徳感からか何となくウキウキしてしまう。
俺が学食に何をしに来たのかというと、少し甘いものでも食べようかと思った所存である。
極々ありふれた普通の理由で俺はここにいる。しかし決してサボりではない。
結構練習したしちょっと休憩しようかって流れになったからここまで来たのだ。
まあ、ちょっとというのがどれくらいなのかは分からんが。つまり、再開に間に合わない可能性は十分あるが時間を決めなかった方が悪い。
俺にとっては、これがちょっとなのだから。
「ん?」
さすがにこの時間に学食を利用する生徒は少ないようで、昼休みに比べるとガラガラである。
しかし、そんな中身覚えのある後ろ姿を発見した。
そいつも今来たところなのか券売機の前で何にしようか唸っている。
俺は音を立てないように近づいて、そいつの真後ろまでやって来た。こちらに気づいていない様子を見ると笑いが込み上げてくる。
が。
ここで笑ってしまえば全てが台無しだ。せっかくなので驚かせてやろう。
そう思ったのだが。
俺の目の前にいるそいつはえらくご機嫌で鼻歌をハミングしながら券売機と睨み合っている。
どうしてそんなに機嫌がいいのかはさておき、普段の様子とは異なるその姿を見てしまったことに少しばかり罪悪感を覚えてしまう。
誰にも聞かれていないと思ってるんだろうなあ。残念、俺が後ろで聞いてしまっています。
驚かされた上にハミング聞かれていたとなると恥ずかしさと悔しさ凄いだろうな。
でも。
ここまできて声かけないのも何だし、さっさとやることやっちまうか。
「わ!」
俺は吹っ切れたようにあっさり声を出す。
「ひゃあ!?」
すると、中々に可愛らしい声で驚きよる。券売機を見るために猫背になっていた背中はぴんと伸びて、恐る恐るこちらを振り返る。
まあ、声で俺の正体はバレてるだろうけど。
振り返ったその顔は怒りよりも驚きよりも、羞恥の感情が勝っていた。頬を赤く染め、唇をわなわなと震わせている。
「こ、コータロー?」
「うっす」
わざわざ名前を呼んで確認せずとも俺だと言うことは明らかだろうに。
「ああああんた、いつから……?」
白河は声を震わせながら言う。
これはつまり「私の鼻歌聞いてたんじゃないでしょうね?」という意味に翻訳することができるので、こうなると俺の答えは自ずと絞られる。
「お前、一人のときは結構テンション高いのな」
俺がそう言うと、白河の顔はただでさえ赤かったというのに、さらに耳まで真っ赤に染めて茹でダコのようになる。
「な、や、ちが」
狼狽える白河なんてあんまり見れるもんじゃないし、もう少し堪能したいところだけど、これ以上は可哀想だし後が怖いのでそろそろ止めるか。
「コータローのばかっ!」
俺は白河のビンタを甘んじて受け入れた。
悪ふざけが過ぎたし、まあこれくらいはね。
そして、お互いにクールダウンの時間を置いてから改めて向き合う。
ビンタされた時、さっきまでのことは見なかったことにして忘れろと言われたような気がしたのでしっかり記憶の中に保存しておいた。
でもこれ以上触れると二発目が怖いのでもう掘り返さないことにしよう。
「こんな時間にここにいるの珍しいな」
ということで話題を変える。
「ちょっと疲れたから休憩よ。甘いものが食べたくなったの。コンビニに行くのはさすがに気が引けたからね」
俺の考えを察して白河もそれに乗ってくる。
俺と似たような理由だった。
自由時間だから学食に来るのはいいけど、一応授業中だからな。よほどの理由がない限りコンビニ行くのは普通にアウトだろう。
「あんまり甘いもん好きなイメージなかったな」
「別に特別好きってわけじゃないわよ。でも疲れたときとかに食べたくなるときはあるわ」
ふーん、と俺は適当に返事をしながら券売機に視線を移す。
うちの学食は定食のメニューが中々に豊富だ。普段あんまり見ることないけどサイドメニューってどうなんだろ。
主にデザート系。
何かあるだろと思ってきたけど事前にリサーチはしていなかった。
「何にするか決めたのか?」
「悩んでるの」
「あれだけ悩んでたのに?」
「うっさいわね。どれもこれも美味しそうだから悩んでるのよ」
「ちなみに何が良さげなの?」
見てみるとショートケーキやチーズケーキといったケーキ類からプリンやゼリーのような定番モノ。パフェやパンケーキなんてものまで置いてある。
デザート系も種類豊富なんだな。
その辺の喫茶店よりあるんじゃないか?
「私は今ケーキが食べたい気分なのよ」
「はあ」
「中でもショートケーキとチョコレートケーキで悩んでいるわけ。ふんわり甘いクリームもいいけど濃い甘さも捨てがたい」
「二つとも食べればいいじゃん」
当然ながら価格もリーズナブルだ。
贅沢といえば贅沢だけど、お財布事情にそこまで影響を与えるほどではない。
たまになら許されるんじゃなかろうか。
「二つはさすがに食べすぎよ」
「そすか」
カロリーとかそういうの気にすんのが女子という生き物か。今日二つ食べたところでそこまで変わらんと思うけど、そんなこと言えばまたうるさいんだろうなあ。
「ところでコータローは何しに来たの?」
「俺? お前と似たようなもんだよ。こんな時間に学食に来る奴はたいてい同じ理由じゃないか? それかサボりか」
「コータローの場合は後者も十分ありえるでしょ」
俺のことを何だと思ってるんだよ。
「まあいいわ。ならちょうどいいじゃない」
「何が?」
「コータローがチョコレートケーキを頼む。そして私がショートケーキを頼む。こうすれば二つの味が楽しめるわ」
言いながら、白河は券売機にお金を入れる。
「俺まだオッケーしてないんだけど」
「チョコレートケーキ嫌い?」
「いや、そんなことはない」
「ショートケーキは?」
「普通に好き」
「なら何の問題もないじゃない」
「……そうだけど」
いわゆるシェアというやつだ。
女子って好きだよな、シェア。とりあえず何でも分けたがるもんな。
白河のような考えがほとんど何だろうけど、感想を共有したいって理由とかもあるんだろうな。
俺はどっちかというと一つをしっかり食べたいタイプなのだが。
「なに?」
「いや」
隠すつもりももはやないのか、えらく上機嫌な白河を見ていると、たまにはそういうのも悪くないと思えてしまう。
「楽しみだなーと思って」
「……そんな顔はしてないわよ?」
言いながら、白河は怪訝な顔をするのだった。
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