第94話 暗黙のルール
「大事なのはその際の暗黙のルールなのだよ」
文化祭二日目の夜に生徒会主催の後夜祭が開かれる。
そのプログラムの中にあるフォークダンスにはあるジンクスがあった。
そのフォークダンスを一緒に踊った二人は結ばれる、というもの。
所詮はジンクスというか言い伝えというか、噂話でしかない。
しかし思春期真っ只中の高校生はそういうのが大好きなお年頃だ。
それが関係してかは分からないが、いつしかそのフォークダンスでは男子が女子を誘うという暗黙のルールができていたらしい。
本来であれば待つことしかできない女子が唯一逆に誘うことができるのが、ミスコンの優勝者らしい。
ミスコンの優勝者が男子を誘う際にも大事な暗黙のルールがあるらしい。
「なんだよ、そのルールって」
「その誘いは断れないらしい」
「……恐ろしいな」
「だろう?」
つまり指名されれば問答無用に参加させられるということか。
「でもそんなの隠れて帰ったら分からないんじゃねえの? 別に罰があるわけでもないんだろ?」
俺が言うと、栄達はチッチッチッと舌を鳴らす。ムカつく。
「甘いよ、幸太郎。罰があるから皆そんなことを考えないのさ」
「あんのかよ、罰」
「正式にはないけど、ミスコンの場で誘いを受けた男子生徒が万が一にも来なかったりすれば、全男子生徒からボコボコにされるって噂だよ」
怖えな、男の嫉妬。
しかしだとするならば確かに従わざるを得ないな。校内の男子生徒全てを敵に回すのは気が引けるだろうし。
「なので小日向嬢に優勝されると困るのだよ、僕が」
「そんなに李依のこと嫌がらなくてもいいじゃないですかー」
「いやだから君のことを嫌がっているのではなく、公衆の面前でダンスを踊るという行為自体を拒んでいるんだよ……」
「でも李依は小樽先輩と踊りたいので何としても優勝しますよ!」
今の李依には何を言っても無駄だろうな。可哀想だが、栄達を救う手段は思いつかない。
「ちなみにこーくんは後夜祭行くの?」
「行くわけないだろ」
あんな夜遅くまで続きそうなイベント。家帰って寝るわ。
俺が即答すると、部室内の誰もがですよねーとでも言いたそうな顔で俺を見る。
それはそれで腹立たしいな。
「……それじゃあぼくが参加しようかな」
そんな中、宮乃が楽しそうに声を弾ませながら言う。
「急にどうした?」
「ん? いやなに、小樽くんが困っているようだし、ぼくの容姿レベルで果たしてどこまで行けるかはともかく、お祭りを楽しむのも悪くはないかなって」
「君は女神か何かかな?」
栄達は拝むように宮乃を見る。
宮乃のやつめ、また何か企んでるんじゃないだろうな。
そう思ったが、俺の予想はずばり的中していた。
「それに、乗り気じゃない八神を後夜祭に連れ出すのも面白そうだし」
ニタっと、いたずらを思いついた子供のように笑いながら宮乃は言う。
ほんと、いい性格してるよこいつ。
「それ誰も得してないじゃん」
「結果的に僕は助かっているけどね」
「ぼくも得してるよ? 八神と一緒に後夜祭の思い出を作れるんだから十分さ」
「変わってねえな、お構いなしに振り回そうとするそういうとこ」
「褒め言葉だと受け取っておくよ」
くくっと含み笑いを見せる宮乃は実に楽しそうだ。
そんな宮乃と違って、他の女子達はどこか神妙な顔つきをしていた。
李依はライバルの出現に焦っているのが何となく分かるけど、他の三人はどうかしたのか?
「わたし、ちょっと用事を思い出したから今日はもう帰るね!」
そう言って立ち上がったのは結だった。
さっさと荷物をまとめて部室を出ようとする。
「急にどうしたんだよ?」
「なんでもないよ。ただ本当にやること思い出しただけだからこーくんは気にしないで」
ドアを開けて、最後にもう一度こちらを振り返った結は「ばいばい、こーくん」と笑顔を見せて帰って行った。
「……ほら、行くよ涼凪」
「え、えっ?」
結が出ていったドアの方をぼーっと見ていると、隣の方から李依の声が聞こえてきた。
振り向いてみると、李依は涼凪ちゃんの腕を掴んで引っ張っている。
「ここで動かないでどうするのさ?」
「でも、私は……」
「いいから行くよ!」
そして、力づくで立たされた涼凪ちゃんは李依に無理やり帰り支度をさせられる。
「ということで、李依達も帰りますね。この後お茶して帰る約束してたの忘れてたので」
「ちょっと李依ちゃん、引っ張らないでー」
そんな調子で李依と涼凪ちゃんも部室を出ていってしまう。
涼凪ちゃんのリアクションは明らかに約束をしていたものじゃなかったけど、本当に何だったのか。
いつも李依に振り回されて大変だな。
「……なによ?」
結、涼凪ちゃん、李依と帰って行ったので何となく白河の方を見てみると不機嫌そうに言われた。
「いや、お前も帰んのかなと思って」
「帰ってほしいわけ?」
「別にそんなことは言ってないだろ。ただ流れ的にそうなったりすんのかなって思っただけだ」
「……」
澄まし顔で言っていた白河もどこか複雑な表情を浮かべていた。
少し考えるように黙り込んだ白河は、噤んでいた口を開き小さく溜息をつく。
そして、立ち上がった。
「帰るわ」
「帰るんかい」
「コータローが帰ってほしそうにこっちを見てたから、空気を読んであげたのよ」
「この部屋の中で空気なんて読んだことないだろ」
「失礼ね。それなりに読むわよ。コータローに対しては読んでないだけ」
「そこはちゃんと読もうよ」
ふいっと最後の最後まで不機嫌そうなオーラを纏ったまま、白河も帰り支度を進める。
「それじゃ」
短く言って、白河も部室を出ていった。
あの四人がいなくなると部室の中は一気に静かになる。これはこれで悪くないけど、何だか物足りないと思えてしまう。
「女子が帰ると静かだな」
「ぼくも一応女子なんだけど」
「そういやそうだったな。忘れてた」
「仕返しのつもりかい?」
「そんなんじゃねえよ。ていうか、本気なのか? ミスコンに出るって話」
俺が尋ねると宮乃はくすりと意地悪そうに笑いをこぼす。
「うーん。出場者のレベルからしてぼくの優勝は難しいだろうから、悩みどころだね。言い出しっぺの責任もあるけど、気が向いたらってとこかな」
「その言い方だと出場者知ってるみたいに聞こえるけど?」
俺が聞くと、宮乃は少し考える素振りを見せた。
「まあ、何となく予想はできるよ。予想が外れたとしても、校内の美少女が集まるんだから、激戦になることは明らかだし」
「なんだそれ」
「今年のミスコンは荒れるかもしれんな」
一部始終を見ていた栄達が他人事のように呟く。なんでこいつ急に冷めてんだよ。
「李依が優勝したらフォークダンスなんだぞ?」
「うん。でも、多分大丈夫だよ。いいところまではいくだろうけど、優勝は厳しいんじゃないかな」
「……李依が聞いたら泣くぞ」
俺が言うと栄達は落ち込むように肩をすくめる。
「それは困るから、言わんでくれ」
「たまには付き合ってやればいいじゃん。趣味が一緒なんだし」
まあね、と栄達は小さく呟く。
そんな俺を、宮乃がじーっと見てきていた。
「なんだよ?」
「いや、なんでも。ただ、えらく他人事のように話すなーと思って」
「いや、だって他人事だし」
その後、宮乃はそれについて深く話はしなかった。
宮乃はああは言うが、容姿レベルは十分高いし出場者次第ではあいつが出場すれば優勝だって有り得るだろう。
せいぜい優勝はしないよう、本番は観客席で祈ることにしよう。
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