幕間SS 変わる気持ち
自分の中にある違和感が気のせいではないのだと感じたのは、夏祭りの日の朝のことだった。
思い返せば、体育祭の辺りから私の中には今までにない妙な感覚があった。
八神幸太郎。
映研の部員。
言葉にしてみればそれだけの関係。けれど私にとって、彼は周りの男子に比べて少しだけ特別な存在だった。
でも、それだけだ。
コータローは私に対して取り繕った態度を取ったりしない。ありのままを受け入れてくれて、ありのままに接してくれる。
私のことを特別扱いしない彼は、私にとっていつしか特別な存在になっていた。
けれど、それがいわゆる恋愛感情なのかと言われるとそうではなかった。あくまでも、仲のいい男子。
きっと、コータローもそう思っている。だから私達の関係は成り立っていた。
だと言うのに。
あの日以来、私の中の気持ちに微妙な変化が起こっているような気がしたのだ。
「……はあ」
私は自分の頬をつねってみた。
緩みきった、だらしない表情を見ているとつねりたくもなる。こんな表情、私のものではない。
鏡に写った自分の顔は、今まで見たことがないようなものだった。
もしも、こんな顔をコータローに見られでもしたら恥ずかしくてもう会えなくなる。
そう思うと、彼と会うのが怖くなった。いや、それ以上に自分の中の違和感が確信に変わることを恐れていたのだ。
そんなことを考えていると、コータローと会うことがないまま夏休みはいつの間にかあと一週間になっていた。
そんな日の朝。
コータローからメッセージがきた。その内容は『一緒に夏祭りに行こう』というもの。
その瞬間、私の心臓が今までにないくらいに脈打っていた。
ばくばくと、まるで耳元で音が鳴っているのではないかと錯覚してしまうほどに、大きな音を出していた。
そして、気がつけば頬が緩むのだ。
コータローからメッセージがきたことに喜んでいた。今までもそういう機会はあったけれど、今までにない高揚感を覚えた。
その時だ。
私の中の違和感が本物だったのだと確信したのは。
気合いを入れて、着たことのない浴衣にチャレンジしてみた。母に着付けをしてもらい、鏡の前で何度も確認した。
どうやら私はすごく楽しみにしていたようだ。
なのに、待ち合わせ場所に行くと見知った顔が数人。全てを察した私は中々に落ち込んだ。
結と涼凪が同じような顔をしていて、きっと私も似たような顔をしているのだろうなと思った。
『浴衣、似合ってるぞ』
彼は私の機嫌を伺ってそんなことを言ってきた。何とかいつも通りの自分を装ったけれど、本当は自分でも驚くくらい喜んでいた。
彼の一言一言にこれほど一喜一憂するなんて、認めたくはないけどどうやら私は彼に対して特別な感情を抱いてしまったらしい。
この私をここまで悩ませるなんて、コータローってば罪な男ね。
しかし。
だからといって何かが変わるわけではない。
私自身、まだこの感情に気持ちが追いついていないのだ。
認めたからといって、すぐに受け入れることができるわけではない。
そもそも、だとするならばまた別の問題も出てくる。その問題は私にとってあまりいいこととは思えない。
今のところはとりあえず、いつも通りに接するよう心掛けるとしよう。
緩みきった顔を見られるのはごめんだし、この感情を悟られるのはもっと恥ずかしい。
夏休みと違って、これからはまた顔を合わせることになるのだから気合いを入れなければ。
「……」
私はカレンダーを睨みつける。
明日から、学校が始まるのだ。
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