第77話 二学期開始


 新学期が始まった。

 夏休みの間続いていた自堕落な生活を元通りにするのは中々骨が折れそうだ。

 今朝だってどれだけ学校休もうと悩んだことか。


『今日から学校じゃないの? 遅刻するわよ』


 どうやら朝帰りだったらしい母さんが寝る間際にそう声をかけてきた。


『休む』


 夢うつつなままそんなことを口走る。別段心配した様子は見せなかった母さんだったが、一応『風邪?』と聞いてくる。


『学校が怠い』


『そ。まあ高校の授業なんてサボってなんぼだしね。留年だけは勘弁ね』


 と、軽く言われた。

 ああ、このままじゃダメだと俺は重たい体を起こしたのだ。あえて無理やり起こさないという恐ろしい手法を使ってきた母さんはさすがとしか言いようがない。


「楽しそうだな」


 俺の隣でうきうき顔を浮かべるのは月島結。

 俺の幼馴染である。

 この夏休みもいろいろとあって、何というかいろいろと考えさせられてしまった。


「だって、こうしてまた一緒に登校できるんだなあって思って」


「夏休みも会ってたじゃん。何なら昨日もぎりぎりまで一緒にいたし」


 夏休みの宿題を早々に終わらせてダラダラと後半を過ごすために立てた計画はこれでもかというほど狂いに狂い、夏休み最終日まで追い込まれることになった。


 結の協力もあって、何とか終わらせることができたのだ。あのまま終わってなかったら夏休みのループが起こってもおかしくなかった。

 ああ、夏休み初日に戻りてえなあ。


 と、今までならばそう思っていたが、今年は一概にそうも思えない。この夏休み、いろいろあったからあれをまた繰り返すのは少し面倒だ。


 あそこまで楽しい夏休みは初めてだったし、何だかんだ言いながら未練はないのだろう。


「そうだけど、そうじゃないの。こうして制服を着て、通学路を歩くのがいいんだよ」


「そうかね」


「ところでこーくん」


 改まって名前を呼んでくるので俺は何かと結の方を見る。なぜかニタリと笑っているのが不気味だ。


「幼馴染の久しぶりの制服姿に思わず感想を漏らしてくれてもいいんだけど?」


「朝から可愛い姿拝めてめちゃくちゃテンション上がる」


「微塵もテンション上がってないよ!?」


 と。

 こうして結と並んで通学路を歩いていると、夏休みは本当に終わったんだと実感する。


 夏休みが終わって、二学期が始まる。二学期といえば我等が大幕高校にもあのイベントが待ち構えているのだ。


「二学期といえば文化祭だよね」


 そう。

 文化祭である。


 夏休みに頑張って撮影した映画を上映したりするあの文化祭。自分の恥ずかしい姿が他の生徒に知られるのかと思うと恥ずか死ねる。


 そこまで観てくれる人がいればいいんだけど。盛況だと恥ずかしいが無人なのもそれはそれで寂しい。


 ま、主演女優があの白河明日香という時点で無人になることはないだろうが。


「まだちょっと先だけどな」


「でも準備とか始まるんじゃないの?」


「んー」


 去年はどうだっただろうか。

 思い出そうと頑張ってみたけどよく覚えていない。どんだけイベントに興味なかったんだろ。


「でも、確かに夏休みのあとにそんなことがあった気もする」


「去年は何したの?」


「たこ焼き喫茶だったかな」


 えらくたこ焼きにこだわる大阪の人がいたのだ。結構人気のある生徒だったからその案を否定する人はいなかった。


「へえー、喫茶店とかできるんだ。わたしの前の学校はそういうの許されてなかったから楽しみだなー」


「今年は無理だぞ」


 俺が結の夢を砕き割ると、彼女はガーンと分かりやすくショックを受ける。


「え、それはなんでなのかな? もしかして去年何かあったとか?」


「いや、そうじゃない。うちの学校は学年で文化祭の催しがある程度決まってるんだ」


「というと?」


「一年は喫茶店とか展示とか、教室を中心にした催し。二年は演劇とかの舞台を使う催し。三年生になると縛りが全くなくなる。申請さえ通れば個人でも何かできたりするんだ」


 クラスで何かする一方で友達同士でも派手に盛り上がる、みたいなこともできるわけだ。

 舞台はさすがに枠があるからクラス単位でしか申し込めないらしいが。


「だから今年は舞台発表の催しというところまでは決められてるんだよ」


「そうなんだ。でも、それはそれで楽しそうだからいいや」


「結局なんでもいいんじゃん」


「そうだよ。こーくんと一緒ならわたしは砂漠の中でドーナツを食べても楽しいんだ」


「……俺は楽しいと思えねえけど」


 罰ゲームにしても酷い仕打ちだ。

 なんて話をしていると学校に到着した。生活サイクルが狂っているので俺一人なら遅刻もありえたが、そこは結というタイムキーパーのおかげで問題なく間に合った。


「おや、ご両人。今日も朝から仲がいいですなあ。夏休みも終わったというのに暑さが引かんと思っていたがそういうことか」


 どういうことだ。


「おはよー、小樽くん」


「うむ。おはよう、月島嬢」


 朝の挨拶を終えると結は自分の席へと行ってしまう。俺達以外にも普通に友達いるからな。

 残された俺はとりあえず席につく。突然むさ苦しい空間になってしまったことに溜息をつく。


「朝から盛大な溜息だな。さては宿題が終わらなかったな?」


「残念、宿題はちゃんと終わらせてきたぜ」


「なんだ、幸太郎にしてはちゃんとしてるじゃないか。なら、何の溜息なのだ?」


「……いや」


 額に汗をかき、タオルを手放せないお前を見ているとまだまだ夏なんだなとか思ってしまった。

 とか、そんなことは言えない。


「何でもねえ」


 言わない方がいいことも、この世の中にはあるだろう。


 

 学校が始まったといっても、今日は始業式だけで午前には終わる。これから始まる毎日の授業に向けてのウオーミングアップといったところか。


 なのでぼーっとしていると気づけば終わっていた。暑いしさっさと帰ろうかなと思っていたところ、栄達に肩を掴まれた。


「どこ行くん?」


「帰ろうかと」


「今日は部活ぞ」


「……そっか」


 夏休み明けたし、初日くらいは行かなきゃだめか。いろいろ話すこともあるだろうし。


 結はいつの間にかいなくなっていたので俺は栄達と二人で部室へ向かう。

 道中、ふと思い出したように栄達が口を開いた。


「そういえば、一組に転校生が来ていたそうだぞ?」


「へえ」


 一組というと白河のクラスか。

 春に結が転校してきたのが随分と前のことのように思えるが、まだ半年だけなんだよなあ。


「ちなみに美少女らしい」


「性別以上の情報を知ってるってことは実際に見たのか?」


「いや、風のうわさで聞いただけ。言ったじゃん、らしいって」


 加入先がよりによって白河のクラスとはな。他のクラスならちやほやされただろうに。

 それとも、白河にも引けを取らないレベルなのだろうか。


 ちょっと気になるから一見の価値はあるな。


「ま、同じクラスならともかく他クラスの美少女となると、関係ないようなもんだけどな」


 白河にちょっと聞いてみるか、とそんなことを思いながら部室へ向かう俺だった。

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