第72話 結と過ごす夏祭り


「……」


「……」


 幼い頃からずっと一緒にいて、高校生になって再会した月島結。これまで彼女といて気まずいと思ったことは一度もない。


 今、この瞬間、初めて結との沈黙が気まずいと感じている。


 李依の提案により俺は結、白河、涼凪ちゃんの三人それぞれと二人になりご機嫌取りを行うことになった。


 李依が涼凪ちゃんを連れていき、栄達が白河を引き付けたことで一時的に結と二人きりのシチュエーションが完成した。


 したのだが。


 話しかけるタイミングを失ってしまった。かれこれ三分は沈黙のまま歩いている。


 ていうか、そもそも俺が謝る案件なのか? と疑問に思う。伝えてなかったのはこっちだが、勘違いしたのはあっちだしなあ。

 とか、そんなことを言えば李依に「八神先輩は乙女心のおの字も分かっていません!」と言われるに違いない。


「あ」


 そんなとき、隣を歩く結が小さな声を漏らした。特に立ち止まるわけでもなく、本当にふと漏らしてしまっただけなのだろう。


 だが、俺は結が何に反応したのかすぐに分かった。


「買うか?」


 なので俺は立ち止まる。すると結も数歩先で止まってこちらを振り返った。


「……うん」


 屋台が並ぶこの通りには夏祭りならではのお店がある。かき氷やフランクフルト、焼きそばやりんご飴といった食べ物系統から射的や型抜き、金魚すくいといった娯楽系まで多種多様に並ぶ。


 そんな中で結が反応したのはチョコバナナの屋台だ。


「どれがいいんだ?」


「じゃあ、これ」


 チョコレートをコーティングしたバナナが並べられている。オーソドックスなノーマルチョコレートのものもあればストロベリーチョコレートもある。

 その上にカラフルなチョコがまぶされている普通のチョコバナナだ。


「おじさん、一つ」


 俺は屋台のおじさんにお金を渡してチョコバナナを一本貰う。


「ほら」


 それを渡すと、結はさっきまでむすっとしていた顔をにへらと歪ませた。助かるけど、単純なやつだ。


「えへへ、ありがと」


 言いながら、結はチョコバナナを食べる。


 子供の頃、結とこうして祭りに来る機会が何度かあった。祭りじゃなかったかもしれないが、こうして屋台が並んでいたことは確かだ。


 いろんなものを二人で分けながら食べていたが、中でも結が必ずといっていいほど食べていたのがチョコバナナ。


 俺は嫌いではないが毎回はいらない、くらいなので今回はなしにしようと言うと泣きながら駄々をこねられた。


 なので、今でもその記憶は鮮明に残っている。


「今でも好きなのか? チョコバナナ」


「うん。お祭りに来ると絶対に食べるよ。バナナとチョコレートが織りなす絶妙なハーモニーがたまらないんだ」


「食レポ初心者が言いそうな感想だな」


 二つのハーモニーがどうとか言うやつは大抵食レポを見様見真似で行っているやつ。発言に深みがないのだ。


「食べる?」


 しっかり食べかけのチョコバナナをこちらに向けてくる。せっかくの提案だが俺は丁重にお断りする。


「いや、いいよ。思う存分食べろよ」


「食べたくないの?」


「好きなんだろ?」


「好きだよ」


「じゃあいいよ」


「なんで?」


「好物をわざわざ貰うほど食べたいとも思ってないから」


「感想を共有したいんだよ?」


 言いながら、結はじーっと俺の方を見つめている。いや、これはむしろ睨んでいると言っても過言ではない。

 そして、差し出されたチョコバナナは未だ引っ込められていない。


 これは暗に食えと言っている。


「……いらないの?」


 そして、しゅんとした顔をしながらチョコバナナをゆっくりと引っ込めようとする。

 その間も俺の方に揺れる瞳を向けることを決して止めはしない。


「じゃあ一口貰うよ」


 そんな顔されると、なぜかこっちが悪いことしたみたいな気分になって後味が悪い。


 俺は溜息混じりに言って、差し出されたチョコバナナを一口かじる。バナナとチョコレートの甘みが口の中に広がり、絶妙なハーモニーを奏でた。


「どう?」


 どう、と言われてもバナナとチョコレートが混じった味でしかなく、それ以上でもそれ以下でもない。相乗効果が生まれることもなく、ただそこに二つの味が混在しているだけなのだ。


「甘い」


「んもう、もうちょっと美味しそうに言ってよ」


 ぶう、と結は頬を膨らませる。

 怒ったように振る舞ってはいるが、さっきまでのような怒気は感じられない。

 どうやら機嫌を直してくれたようだ。


「一応、謝っとくわ」


 とはいえ。

 謝罪の言葉ははっきりと口にしておこう。俺の気持ちはどうあれ、結果的に結を怒らせてしまったのは事実だ。


 ならば、謝っておくべきなのだろう。


「ううん。わたしの方こそ、ごめんね」


「なにが?」


「ちょっと意地悪しちゃった。こーくんは悪くないのに、怒っちゃって」


「何も言わなかった俺が悪かったよ。みんなで来ればいいかって勝手に決めちゃって」


「別にね、映研のみんなが嫌なわけじゃないんだよ? 一緒にいたら楽しいし……でも、こーくんと二人でお祭りに来たかったっていうのも本音なの」


「そっか」


 結は言ってから俺の隣に並んで顔を覗き込んでくる。じーっと、先程と同じように俺の顔を見つめてくるのでどうにも居心地が悪い。


「なに?」


「何か言うことはないのかなと思って」


「口にチョコレートついてるぞ」


 俺が言うと、結はハッとして慌てて口の周りをハンカチで拭いた。そして、恨めしそうにこちらを睨んでくる。


「そういうことじゃないよ! どうして、こーくんはいつもいつも――」


「浴衣なら似合ってるぞ」


 ひまわりのような色の浴衣は夏合宿のときの水着を思い出す。あの時も似たような色だったし、結はこの色が好きなのか?

 明るい性格と合っていて、実に彼女らしい色だと思うが。


 髪はポニーテールにして纏めて上げており、ちらと見えるうなじが何とも言えない色気を引き出している。

 衣装一つ変わるだけでも受ける印象も違ってくる。


「あ、や」


 俺が浴衣を褒めると結は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして言葉を詰まらせる。

 不意打ちの言葉に動揺しているに違いない。


「なんでそんなに褒めるの!?」


「この選択肢間違ってることあるの!?」


 しかし。

 その後、何だかんだと上機嫌な結だった。どうやら、ご機嫌取りは成功したらしい。


 俺達は暫し、二人の夏祭りを楽しんだ。

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