第73話 明日香と過ごす夏祭り


「浴衣、似合ってるぞ」


「そんな見え透いたお世辞で喜ぶほど私は甘くないわよ」


 結と二人の時間を過ごしたあと、俺達は一度栄達と白河と合流した。いろいろなことを察した結が栄達とどこかへ消えていったので、俺は白河と二人になった。


 とりあえず浴衣を褒めてみたが、白河のガードは固かった。とはいえ、浴衣が似合ってるというのは本音なのだが。


 白を基調として青いラインの入った浴衣は白河の雪のような白い肌とよく合っている。髪は珍しく一本に纏めたものを下ろしている。

 いつもと違う雰囲気に少しどきどきしている自分がいた。

 

「……とはいえ、ここは結みたいにはしゃいで喜んだ方がコータロー的には嬉しいのかしら?」


「そりゃそうしてくれりゃ楽だけど」


「……」


 俺がそう言うと、白河は一瞬何かを躊躇うように表情を固めた。まさかあの白河が結のようにはしゃぐとは思えないが。


「白河はそんなことしないしな」


「……え、ええ。もちろんよ。私を喜ばせたいならもっと精進なさい」


 なんで上から何だよ、と思いながら白河の方を見るとなぜか少し頬を赤らめていた。何かを恥ずかしがっているような感じだった。


「とりあえず歩こうぜ。気になるのあったら奢ってやるよ」


「食べ物で釣ろうという考えが浅はかなのよ。私は結のように優しくも甘くもないわよ」


 結は怒り慣れていないので、不機嫌になった際に分かりやすく膨れて黙るという行動に出た。


 しかし、白河は不機嫌になったとて接し方は変わらない。彼女はただ静かに怒りを燃やしている。


 普段と変わらないように見えて、言葉と態度の節々に棘があるように感じるので、少なからず思うところはあるのだろう。


「じゃあどうすればいいんだ?」


「そうね……」


 白河は周りの屋台を見渡す。そしてある屋台を見てニタリと笑った。それと同時に俺の表情が曇る。


「誠意を見せなさい」


 言いながら白河はぱちりとウインクを見せながら親指でその屋台を指差す。


 射的だ。


 屋台の射的なんて十中八九取れないようにできている。適当な安物は取れるが、豪華景品は細工していて倒れないようになっているのだ。


「……一応聞くけど、何がご所望なの?」


 屋台の前まで移動し、聞いてみると白河は唸りながら陳列されている景品を一つ一つ眺める。


「じゃああれ」


 白河明日香の目に留まったのは大きなくまのぬいぐるみだ。あんなでかいの貰っても持って帰れんわ。

 いやそもそもそれ以前に、もう絶対取れないのがプレイする前で分かってしまう。


 本体重量が重いから普通にしても倒れないに違いない。だというのにさらに細工されていては確実に取れない。


「一回お願いします」


 白河は誠意を見せろと言っていたし、頑張ってるとこ見せれば満足するかな。

 弾を命中させて微動だにしないくまのぬいぐるみを見れば諦めてくれるだろう。


「あいよ。可愛い彼女さんにプレゼントかい?」


「まあ、そんなとこです」


 訂正するのもかったるいので適当に話を合わせる。取らせる気ないのにしらじらしいおっさんだぜ。


 弾は五発。こんなところで射的なんてしないから基準が分からないが、五発は結構奮発してるのではなかろうか。

 まあ、何発当てても倒れないという考えからの余裕なのだろうが。


 俺は銃を構えてぬいぐるみに照準を合わせる。


 仮に、もし何も仕掛けがないのならば狙うべきは頭だよな。上からバランス崩せば倒れてくれるはず。


 とりあえず感覚を掴むという意味でも一発撃ってみる。


「……」


 俺の放った弾はぬいぐるみに当たることなく空を切る。仕掛けどうこうではなく、当てることが難しいことをここで理解した。


 後ろの白河の視線が痛い。


 ここは間髪入れず二発目を撃とう。

 今の失敗の感覚を忘れないうちにとりあえずぬいぐるみに当てなければ。


 しかし。

 再び放たれた弾は何に当たるでもなく消えていく。見てるより難しいんだな、射的って。


「コータロー?」


 低めの声で後ろから俺の名前が呼ばれる。え、圧力のかけ方めちゃくちゃ怖いんだけど。


「あ、いや、今のはお試しだよ? どれだけ手慣れた猟師でも新しい武器を手にしたときには試しに数発放つもんさ」


 知らんけど。


「ちゃんとカッコいいとこ見せなさいよ」


「……あい」


 俺はさっきの失敗から軌道の修正を行って再度照準を合わせる。もうスカは許されねえ。


 この一発に白河のご機嫌取りの未来がかかっていると思うと、銃を持つ手が震える。

 何を恐れているんだ。


 大丈夫だ、やれる。

 俺はやればできる男だ。


「……ッ」


 意を決して、俺は引き金を引いた。

 放たれた弾はぬいぐるみの胴を直撃した。しかし、やはりというか何というかぬいぐるみは微動だにしない。


 俺は恐る恐る後ろを振り返る。


「……」


 もはや言葉すらなかった。無言の圧力だけが俺の背中に押し付けられる。こんな感覚久しぶりだぜ。


 俺は四発目を撃つ。

 ぬいぐるみの耳辺りに当たったが、バランスを崩すことはできずに終わる。


 残された弾はあと一発。


 ここまで確定打はない。

 だけど、標的に当たりはしている。確実に最初に比べてこの銃を使いこなしている。


 次はぬいぐるみの頭を貫ける。いや、貫けはしない。


「……」


 俺はごくりと生唾を飲み込みながら照準を合わせる。


 いくぞ。

 俺の最後の一撃を喰らえ!


「う、お」


 俺が引き金に手をかけ、力を入れた瞬間に後ろからぶつかられた。

 当然、定めた照準はズレるし、引き金は引いてしまうし。


 結果、弾はぬいぐるみとは全く違う方向へ放たれてしまう。

 ああ、終わった。


 そう思ったが、たまたま放たれた先にあったキーホルダーに当たる。そして、グラグラと揺れて倒れた。


「おお」


 俺は思わず声を漏らす。


「おめでとう、ニイチャン。ぬいぐるみはダメだったけど、これは君のもんだ」


 言いながら、屋台のおじさんにキーホルダーを貰う。うさぎのキーホルダーだが可愛いというよりは憎たらしく見えるキャラクターものだ。


「……これ」


 俺は一応手に入れたキーホルダーを白河に渡す。それを受け取った白河はじーっとそのキーホルダーを見つめる。


 彼女の考えは読めない。


 怒られるだろうか。

 せめて可愛いキーホルダーであればよかったのに。俺でもあのキャラクターのキーホルダーは嬉しくねえ。


「ま、良しとするわ」


「え?」


 白河は口元に笑みを浮かべて俺の方にうさぎのキーホルダーを向ける。


「コータローの頑張りに免じて、これで許してあげる」


 目標であったぬいぐるみは取れなかったが、どうやら誠意は伝わったようだ。


「それじゃ、かき氷でも買ってもらおうかしら」


「え。それで許されるんじゃ……」


「男ならぐちぐち言わないの。私と一緒にかき氷が食べられるのよ? ご褒美でしょ?」


 たかられて、それをご褒美と思えるほどのM素質は俺には備わっていないはずだ。


 だけど、しかし。

 ご機嫌な様子の白河を見ていると、奢るくらいならまあいいかと思えてしまうところ、俺も既に彼女の魔法にかかっているのかもしれない。

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