第71話 夏祭り


 気づけば、夏休みも残すところあと一週間となった。

 おかしい。

 ついこの前夏休みが始まり、前半のうちに宿題を終わらし後半は思う存分ダラダラしようと企てていたというのに。


 現在、その後半。

 現状はダラダラとは程遠いものだった。

 予定ではとっくに終わっているはずの宿題は山のように残っていて、俺はその消化に追われていた。


 今日もこうして朝からずっと宿題と向き合っている。

 集中できないとか、もうそんなこと言っている場合ではないのだ。


 宿題はやらなければ終わらない。

 放っておけばいつの間にか終わっている、なんてことはない。そして宿題はやっていかなければ怒られる。それはもう、こっぴどくだ。


 この調子で一週間続ければ何とかなるだろう。


 スマホをそばに置いておくと集中が切れる要因となるのでスマホは目の届かないところに置いておく、というのがポイントだ。


 一段落ついたので少し休憩しようと思い、冷えたお茶を飲みながらスマホを取りに行く。


 朝から見てなかったので何件かメッセージの通知が溜まっていた。


「なんだろ」


 一件ずつメッセージを確認していく。最初に開いたのは結からのものだ。


『やっほ! 今日の夜に近くで夏祭りがあるんだって。屋台とかもあるみたいだし、一緒に行かない?』


 という内容。


 夏祭りね。

 夏といえばこれ、といえるようなイベントの一つだ。

 夏合宿で海に行き、白河とプールに行って、結とキャンプをし、涼凪ちゃんとアウトドアアクティビティにチャレンジした。


 夏という夏を謳歌したから別にいいだろ、という気持ちの反面ここまできたら全てコンプリートしてやるかという気持ちにもなる。


 宿題という問題はあるが、基本的に夜は集中切れて大して進まないし、一日くらいならいいだろう。

 何より、息抜きも大事だからな。


 俺は結に返事を送る。


 そして二件目のメッセージを確認する。

 涼凪ちゃんからだ。


『今晩、近くで夏祭りがあるみたいなんですけど、よかったら一緒に行きませんか?』


 だって。


 多分、結と同じところのことを言っているのだろう。そんな何件も同時に花火大会はしないだろ。


 どうせ結と行くんだし、それならば涼凪ちゃんがいても問題ないだろう。

 ということで、俺は涼凪ちゃんにオッケーの意の返事をした。


 そのまま三件目に続く。


『小樽先輩を夏祭りに誘ったら八神先輩が行くなら行くって言うんで一緒に来てもらってもいいですか?』


 きらきらと絵文字やスタンプ満載の女子高生らしいメッセージを送ってきていたのは李依だ。


 いや二人で行けよ。

 と、言いたいところだが女子と二人だとどうしていいのか分からないんだろうなあ。


 普通に断る案件だけど、どうせ行くし今回は受け入れてやるとしよう。夏ももう終わるし、最後くらい付き合ってやるとしよう。


 なので李依に返事をしたあと、四件目を確認すると栄達からだった。李依からの連絡からどうこうという内容だったので適当に返しておいた。


 以上、届いていたメッセージ。


 その全てが夏祭りに関する内容で、映研部員が集まることになる。


「……」


 白河だけ来ないのか。

 そういえば夏合宿終わってから特に連絡もなければ会ってもいない。映研メンバーが集まるなら、あいつも誘った方がいいよな。


 来る来ないは別としても、誘わないと面倒事に発展する可能性があるし。


 ということで、俺は白河に誘いのメッセージを送る。


 夜まではまだ時間があるし、それまでもう少し宿題を進めておくとしよう。



 中々に集中していたようで、ふと時計を見たらいい時間になっていた。というか、結構ぎりぎりの時間だった。


「やば」


 俺は慌てて準備をする。といっても部屋着を脱ぎ捨て、適当に服を着るくらいだが。


「どっか行くの?」


「ああ。近くの夏祭りに」


 そんな俺の様子を見て、キッチンでカチャカチャカチャしていた母さんが声をかけてくる。


「ふーん。結ちゃんと?」


「その他もろもろと」


「女の子?」


「まあ、男もいるけど」


「罪な男ねー」


「……どういう意味だよ。じゃあ行ってくる」


「あーい」


 間の抜けた返事を背中に受けて、俺は家を出る。自転車を飛ばして会場へと向かう。


 二駅ほどしか離れていないので電車に乗るより早いだろう。というか、電車に乗ってたら間に合わない可能性がある。


 会場近くの駐輪場に自転車を置いて待ちあわせ場所まで走る。そこそこの規模のイベントなのでその分人も多い。


 そんな中でみんなを見つけることができるだろうかと不安に思ったが、それは杞憂に終わった。


 イベント会場の入口付近に浴衣姿に身を包む四人の女の子とプラスワンの人影を見つける。結、白河、涼凪ちゃん、栄達、李依と既に全員が集合していた。


 一つ気になったのはなぜかみんなが不機嫌そうだったこと。みんな、というか結と白河と涼凪ちゃんが。


 李依は楽しそうに笑っていて、栄達はどこか気まずそうな顔をしていた。


 時間ぎりぎりだけど、遅刻じゃないよな? と、俺は今一度時間を確認したが、やはり遅刻ではない。


 待たせたのは事実だけど。


「悪い。待たせたな」


 とりあえず謝っておく。

 そして、可能な限り平然を装うことにした。変なところに触れて地雷踏むのもごめんだし。


「ねえ、こーくん」


「ん?」


 重苦しい空気の中で口を開いたのは結だった。


「何か、言うことはないかな?」


「え?」


 言うこと?

 そのセリフは明らかに不機嫌な時に聞くタイプのものだった。俺は知らないうちに何かをやらかしていたのか。


「えっと、待たせてごめんなさい?」


「丁寧な謝罪を要求したんじゃないよう!」


 え、違うの?


「ばかコータロー」


 呆れたようにぼそりと言ったのは白河だ。それ以上は何も言ってこない。いつもなら罵詈雑言が飛んでくるのに。


「はあ」


 そして、涼凪ちゃんは小さく溜息をつくだけだった。それが一番辛い。せめて何か言ってほしい。


 そんな三人は歩き始める。


 呆然とする俺の肩を叩いたのは栄達だった。


「罪な男よ、幸太郎」


「何が?」


 聞き返すと、栄達はやれやれと首を振るだけだった。


「八神先輩」


 そんな俺を見兼ねて、李依がちょいちょいと手招きしてくる。俺は彼女に耳を貸した。


「お三方、先輩と二人きりの夏祭りだと思っていたみたいですよ?」


「え、そうなの?」


 思い返すと、確かに他に人がいるとは一言も伝えてなかった気がする。


「正直、先輩が来るまでの空気は地獄でした」


「そ、そっか。何か悪かったな」


「ちゃんと三人には謝っておいた方がいいと思います。ここは李依と小樽先輩が協力しますので」


「協力?」


「ええ。正直あの空気がこれからも続くのはごめんなので、先輩と三人が順に二人きりになるよう手配しますので、ご機嫌取りをおねがいします」


「……ご機嫌取りて」


 その通りなんだろうけど。

 でも、まああの感じだと明らかに怒ってるし、ショック受けてるだろうから李依の言うことは最もだ。


 ここは協力してもらうとしよう。


「よろしく頼むわ」


「僕はフランクフルトで手を打とう」


「李依はベビーカステラをお願いします」


「……無償じゃねえのかよ」

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