幕間SS それぞれの合宿前夜


 映像研究部、夏合宿前日。

 八神家。


「あれ、ここになかったっけ」


 幸太郎は明日の合宿に向けた準備を進めていた。母は仕事で既に家を出ているので、この家には幸太郎一人だ。


 探しものの場所が分からなければ、誰かに聞くことはできない。


「……ここにもない」


 さっきから何回目か分からない言葉を吐く。あれもこれも、あると思っていたけど家の中にない。

 結果、準備が全然進んでいなかった。


「こんなことなら、結と買い物行ったときに買っとくんだったな」


 なんて後悔したところで、時すでに遅しである。備えあれば憂いなし、という言葉を改めて思い知らされた幸太郎だった。


 ヴヴヴ。


 スマホが震える。すぐに止まればメッセージだろうが、持続的に震えているので着信だろう。

 誰からだろうと思い、電話に出る。


『こんばんは。こーくん、明日の準備はちゃんとした?』


 相手は月島結だった。


「あ、ああ……今やってるとこ」


『そかそか。順調に進んでるかな?』


 順調に進んではいない。

 何もかもが想定外な現在だ。


 が。


「そりゃあもう、バッチリよ。後はアラームかけて寝るだけだ」


 嘘をつくしかなかった。

 なにせ、ここで全てを白状してしまうと、これからもっと世話焼きになってしまうだろうから。


 それだけは阻止しようと、幸太郎は精一杯の見栄を張った。



 * * *



 月島家。


「うん。それじゃあね、おやすみ」


 結は自室にて、幸太郎との通話を終える。ぼふっと、そのままベッドに倒れ込んで、天井を見上げた。


「あの様子、たぶんいろいろ上手くいってないんだろうなあ」


 さすがは幼馴染。

 幸太郎の見栄も虚しく、全てお見通しのようだった。


「でも、こーくんがあのタイミングで嘘をつくってことはバレたくないんだよね」


 さらに、気まで遣われてしまっている。


 そんな幸太郎と違い、結は既に準備を終えている。あとは寝るだけだが、就寝するにはまだ少しだけ早い。


 明日は早いので、これくらいに寝ても問題はないけど少し勿体ないと思ってしまう。


 結果。


「ちょっとだけ、漫画読もうかな」


 言いながら、結は本棚の漫画に手を伸ばすのだった。



 * * *



 白河家。

 自室の姿見の前で、白河明日香は難しい顔をして唸る。


 自分の体を見たかと思えば、反対側を鏡に写してそちらも確認している。


「変じゃない、よね」


 家の中だというのに明日香は水着姿だった。

 先日購入し、幸太郎に一度披露して変じゃないという言質も貰っている。


 だが。

 それでも前日になると途端に不安がこみ上げてきたのだ。


「コータローも変じゃないって言ってくれたし、大丈夫よね」


 友達と海に行く機会など中々なかった。どころか遊びにさえ行くことが少なかったのだ。


 思い返せばスクール水着以外の水着を着るのはこれが初めてかもしれない、と明日香は一人思う。


「変じゃない、か」


 幸太郎とプールに行ったときに言われた言葉を思い出す。

 そもそもの目的はその確認だったので問題はないのだけれど、少しだけ胸の辺りがモヤッとしていることに気づく。


「変じゃないのと可愛いって、イコールじゃないわよね」


 その質問に返事がくることは当然なかった。



 * * *



 小日向家。

 

「むっふっふ」


 明日香と同様に姿見の前に立つのは小日向李依。しかし、明日香と違いその表情は笑顔だ。


「この水着姿を見れば、小樽先輩も鼻の下を伸ばすに違いありません」


 スタイルだけでいえば李依が明日香に敵うことはない。小さいのが趣味でない限りは、だが。


 それでもここまで自信に差があるのは何故なのだろうか。周りの男子にちやほやされているという点だって変わらないのに。


「あー楽しみ!」


 何よりも大きい違いは性格だろう。

 いい意味でひどく楽観的な李依には、もしかしたら不安なんてものはないのかもしれない。



 * * *



 橘家。


「涼凪、そろそろ寝た方がいいんじゃねえのか。明日は合宿ってやつだろ?」


 店の厨房で明日の下ごしらえをしていた父が涼凪に言う。涼凪は涼凪でその手伝いをしていた。


「あ、うん。でも、まだ大丈夫だよ?」


「早めに寝て、早起きをする。基本中の基本だぞ」


「お父さんこそ、お店大丈夫?」


 合宿に行くということは自分が数日間店を空けるということだ。学校行事以外で今までそんなことなかっただけに、少しだけ不安な涼凪だった。


「バイトの子もいるし、心配しらねえよ。お前は思いっきり楽しんでこい」


 父はニカッと笑う。

 涼凪はその顔を見て少しだけ安心する。


「うん。それじゃあ、私お風呂入って寝るね」


「おう」


 友達と泊まりがけで遊ぶ経験などないので家を空けることに慣れていない涼凪は、少しだけ寂しく思うのだった。



 * * *



 小樽家。

 小樽栄達は、


「ぐう、ぐう」


 既に就寝していた。

 気合い十分ということだろう。



 * * *



 それぞれが前日の夜を過ごす。

 そして翌日、ついに夏合宿が始まるのだった。

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