第53話 【夏合宿編①】いざ、夏合宿へ
夏休み。
大量の宿題に追われながら暑い日々を過ごすだけの長期休暇。
俺の中の夏休みといえばそんな感じの印象だったけれど、どうやらそんなダラダラした夏休みは過ごせないらしい。
大きなリュックを背負った俺は夏休みにも関わらず学校にやって来ていた。
しかし、学校に来ているにも関わらず制服ではないのは違和感しかない。
同時に特別な気分を味わえるので悪くはないけど。
黒の短パンと白のシャツ。
ありふれた平凡な服装だ。
校門前に数人の人影が見える。
近づくとその人影の正体が明確となる。
「やあ幸太郎。今日は遅刻しなかったんだね」
小樽栄達。
大活躍のハチマキとタオルを手に、タンクトップと短パンに身を包む安心安定のオタク。
「先輩が来なかったら、危うく小樽先輩がハーレムになってしまうところでした」
小日向李依。
ツインテールで髪を纏める何故か栄達にゾッコンの少女。夏だというのに長袖なのは日焼け対策か。それなら下もハーフパンツじゃない方がいいと思う。
「その心配はないから安心なさい。仮に男子が小樽だけだとしても、ただの荷物持ちとしか思わないわ」
白河明日香。
白シャツと短パン、ポニーテールの涼しげなスタイル。種類は違うが、奇しくもお揃いコーデなのがちょっと恥ずかしい。
「それはちょっと酷いような……」
橘涼凪。
いつものリボンがふわりと揺れる。白いワンピースと麦わら帽子は彼女の清楚な雰囲気を際立たせている。
「あれ、結は?」
そのメンツに俺を合わせれば、あといないのは結だけだ。呼びに来ないのでてっきり先に来たのもだと思っていたが。
「まだよ。コータローこそ、一緒じゃないのね?」
「ああ」
寝坊か?
あいつ結構朝弱いタイプだしな。過去に何度か寝坊しているところも見ている。
まあ、致命的な寝坊じゃないのが幸いだけど。
「おーい!」
こちらに駆け足で駆け寄ってくる人影が見えた。
「はあ、はあ、セーフ?」
「ああ。ギリギリな」
「えへへ、よかったあ」
月島結。
お団子頭で長い髪を纏める見慣れた夏仕様。気になるのは服装が制服だということだ。
「なんで制服なの?」
「逆になんでみんな制服じゃないの!?」
自分以外の人間が全員私服なことに心の底から驚いている。どうして制服だと思ったのかしっかり聞いてみたいところだ。
「今から合宿だぞ?」
「合宿といえば制服じゃないの?」
そう言われると確かに何とも言えない。体育会系の合宿とかだと学校ジャージとか着てたりするし。
「わたしも着替えようかなー?」
「別にいいだろ、制服でも」
「むう。せっかく可愛い服買ったのにぃ」
合宿中に着る機会はあるだろうに。
まあ、周りが全員私服だから一人だけ浮くしな。それが嫌だと言う気持ちも分かるが。
「残念ながら月島嬢、タイムオーバーだ」
栄達が言う。
どういうことかと思ったが、大きめのワゴンが俺達の前に停車する。
窓が開いて、中から成瀬先生が顔を出す。
「皆さん、お揃いですか?」
頭にはサングラス、タンクトップとスキニーパンツ。何とも夏らしく、しかし普段とのギャップがあって新鮮だった。
「みんな乗ってください」
座席を決めるのに一悶着あるかと思ったけど、意外とすんなり決まった。
白河の意見で栄達が三列目。それなら自分もと李依が三列目を立候補。
車酔いが怖い結は二列目。それに続いて白河と涼凪ちゃんも二列目へ乗車。
「……えっと」
俺が助手席。
「八神君、しっかりサポートしてくださいね?」
どうやら成瀬先生とのドライブデート権を手に入れたらしい。嬉しくねえなあ。
「それでは、映研合宿出発しまーす!」
ノリノリの成瀬先生に後ろの席から「おー!」という返事が飛んでくる。
白河の声が聞こえなかった。見ていないけどうんざりした表情をしていることだろう。
かくして、映像研究部の夏合宿が始まった。
この合宿で、俺達は文化祭で流す映画の撮影を行う。去年やそれ以前に負けないよう、俺達もしっかり作品を完成させなければ。
そこに関しては、俺も気合い十分だったし、それはみんなも一緒だろう。
大変なのは確かだろうけど、楽しい合宿になるといいなと思う。
「先生、その道右です」
「へ? あ」
車のナビを設定しているが心もとないと言うので俺が先生をナビすることに。
しかし、その努力も虚しく中々高速に乗ることさえできないでいた。
「先生、ペーパーですか?」
「そんなことないよ。ついこの前も運転したもの」
「いつ頃ですか?」
「んー、確かスキーに行ったときかな」
少なくとも冬じゃん。
そのスパンは十分ペーパーですよ、とは敢えて言わなかった。
無事目的地へ着くことを目標に、俺は改めて気合いを入れるのだった。
道中、サービスエリアで休憩を挟みつつ、二時間ほど車を走らせると見えていた景色が変わってきた。
ビルやお店が並んでいた都会的な景色から打って変わって、海や緑の自然広がる景色が見えてくる。
「おお! 海だー!」
結が窓を開けて叫ぶ。
乗り出そうとしたところを涼凪ちゃんが必死に抑えていた。後輩に抑えられてちゃダメでしょ。
そんなツッコミをしてやりたいところだったけど、俺はナビに集中しなければならなかった。
もうすぐ到着だし大丈夫だな、という油断が命取りとなるからだ。
「みんなは海に来たのはいつぶりですか?」
ようやく運転に慣れて余裕が出てきた成瀬先生がそんなことを聞いてくる。
「僕は中学……いや、小学生とかかな」
最初に答えたのは栄達だ。
見るからにインドアだし、海とか行くくらいなら部屋でゲームしてそうだもんな。
予想通りだ。
「私は初めてね。人が多いところは嫌いだし、正直何が楽しいのか分からないわ」
今から海行く奴のセリフじゃねえぞ、というような発言をしたのは白河だ。
肌の白さからインドアなのは予想できたけど、そういう理由もあるのな。
「わたしはよく家族と来るから久しぶりって感覚はないかな」
結は慣れているらしい。
月島家は家族全員仲良いし、そうであっても不思議じゃないか。友達とかとも普通に来てそうだけど、どうなんだろうか。
「李依も結先輩と似た感じですかね。家族じゃないけど、久しぶりってことはないです」
男かな?
李依は何というか、小悪魔というかオタサーの姫感あるからどうしてもそう思えてくる。
同性の友達と海に来ている姿は想像できない。
「私もあまり海とは縁がなかったですね」
涼凪ちゃんもどうやら縁のない組らしい。お店の手伝いとかで忙しいからで、栄達や白河のような理由ではなさそうだけど。
「八神くんはどうですか?」
成瀬先生に聞かれて考えるが、考えるまでもなく最近の記憶に海の映像はない。
「久しぶり、ですかね」
ぶっちゃけ暑いし人多いしあんまり好きじゃない。白河と同じようなことを考えてしまう自分がいた。
「みんなそれぞれだけど、この合宿はきっと楽しいものになりますよ?」
「その自信はどこから?」
俺が聞くと、先生はふふっと分かりやすく笑った。
「一つのことを協力して成し遂げる、それはすごく素晴らしいことです。育まれる友情、作られる思い出はきっと永遠のもの」
「映画撮影をみんなで頑張りましょうってことですかね」
そういうのは大事だとは思うけど。
体育会系が仲良いのはそういう理由もあるのかもしれないな。
「それもありますけど、今回はもう一つ大事なミッションがあるのです」
「大事なミッション?」
「それは、着いてからのお楽しみですが」
それっぽいことを言ったはいいけど、肝心の部分はぼかしてきた。こういう引きはだいたいロクなことにならない。
それが俺の経験則から来る印象なのだが。
果たして、どうなのだろうか。
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