第52話 二人でプール 後編
「次の方、どうぞ」
昼飯を終えた俺達はウォータースライダーに乗ることにした。
長蛇の列に並び、ようやく頂上に辿り着いたところで下を見ると想像してたよりずっと高かった。
しかし、あの白河明日香がここまで来ておずおずと引き返すはずもなく、ついに俺達の番となった。
「お二人用のボートで大丈夫ですか?」
どうやら一人用と二人用があるらしい。
「どうする?」
「もちろん二人用よ」
少し強めに白河が言う。
これウォータースライダーじゃなかったら多分即答で一人用選んでたんだろうな。
やっぱり怖いんだ。
「ウィッス。それじゃあ、彼氏さん後ろ乗りますか?」
彼氏さん違いますけどね。
わざわざ訂正するのもかったるいからスルーするけど。
「どっちがいい?」
「……私が後ろに行くわ」
少し考えた白河はそう言った。
別にどっちの方が安全だとか怖くないとか、そういうのはないと思う。ジェットコースターと違って感じる速さも同じだろうし。
「え、でも」
俺が言おうとすると係の人が白河を後ろのシートに案内した。あっちからしたらさっさと捌きたいもんな。
白河がいいって言ってんだからもういっか。
「それじゃ、その穴にすっぽりハマるように座ってもらって、大きく足を開いてください」
「え、足を?」
係の人の案内に、白河は躊躇うように言った。だから言おうとしたのに。
「その中に彼氏さんに入ってもらうんで」
「……やっぱり私が前に行くわ」
ま、ですよね。
「すいません、時間かけちゃって」
「いや、気にしないでください」
出発口は二つあるので、俺達の横のコースではばんばん次の人が出発している。
ただ、白河が可愛いおかげか後ろから野次が飛んでくることはなかった。時折殺意のこもった視線は感じるが。
「じゃ、彼氏さん後ろで」
「はい」
俺は案内されるがままに後ろのシートに座り、足を開く。これ男の俺でも恥ずかしいな。
「彼女さん、前どうぞ」
案内され、白河は俺の足の間に入るように座る。
「……」
白河から言葉はない。
前にいるのでどんな顔をしているのかも見えない。まあだいたい予想はつくけど。
「そんじゃ、行きますね」
係の人がボートを押す。ここはどうしても手動なので、この人ら大変だろうなあ。
「ち、ちょっと待って!!!」
なんて、呑気なことを考えていると白河が静止を促した。
俺も係の人も驚いて、ボートは止まる。
「なんだよ、急に」
「……」
俺が聞くが、白河は何かを悩むように肩を震わせていた。まるで究極の選択でも強いられているようだ。
いや、あるいは白河の中では今まさに究極の選択が起こっているのかも。
「止めときますか?」
白河が怖がっていることを察した係の人が提案してくる。しかし、プライドの高い白河にその辺の言葉は効かない。
「いえ、大丈夫です。ただ、場所変わってもいいですか?」
「へ?」
言いながら、白河は立ち上がった。
「なんでまた急に」
「いいから変わって」
「彼氏さん、いいすか?」
いや、いいけどさ。
俺も立ち上がり、白河がボートに乗るのを待つ。
この間にも隣のコースでは次々と出発していく。俺達がこうしている間にも何組進んだのだろう。
申し訳ないなと思って、俺は時たま頭を下げていたが、何故か皆が温かい目を向けてくれた。
「そんじゃ、彼氏さん前へどうぞ」
ようやく白河の準備が終わったみたいで、俺は係の人に案内される。
白河は後ろのシートに座り、足を大きく開いている。あれはもうM字開脚みたいなもんだ。ていうか、M字開脚だ。
なんでわざわざ自分から恥ずかしい方へと志願したのだろうか。
係の人に言われたように白河の開いた足の間にハマるように俺は座る。後ろから異様な威圧感のようなものを感じるのはきっと気のせいだろう。
「危ないので、彼氏さん後ろにもたれかかってもらってもいいすか?」
「え、あ、はい」
少し抵抗はあるけど、こうしないと進まないのだから仕方ない。
俺はもたれかかる前に一瞬後ろの白河の反応を見てみる。
さすがに迷惑かけてる自覚があるのか、覚悟のこもった表情をしていた。そこまで腹括ってるならこっちも覚悟決めるぜ。
俺は思い切って背中を下ろし、白河にもたれかかる。
背中に柔肌を感じて、白河が一瞬だけぴくりと反応する。俺も一瞬躊躇ったけど最後までやり切る。
すると、ちょうど後頭部に柔らかい感触が当たる。背中にある肌の感触とは違う、もっとボリューミーなもの。
今、そこにあるのが何なのか、確認するまでもなかった。ていうか、確認しようと後ろ見たらヤバいことになるだろう。
白河はどんな顔をしているだろうか。
ていうか、なんでこんな思いをしなければならないんだ。ウォータースライダーってこんな大変なアトラクションだったっけ?
そう思いつつ、後頭部に感じる白河の膨らみに幸せを感じてしまう俺だった。
俺だって男だし、そりゃ胸にテンション上がりますよ。
「それじゃ、出発しますよ?」
係の人は白河に聞く。
この出発はもはや彼女次第と言える。といっても、これでダメならもう降りるしかないが。
降りるにはあの長い階段を下るしかない。
本来は下りることなどないのでそもそもそんな階段は用意されていないから。
つまり、これから乗る人全員に、怖くて断念したと思われることになる。
白河明日香的に、それは絶対に避けたいことだろう。
「行けます!」
後ろから聞こえた彼女の声はどこかヤケクソのようだった。そうだよな、ここまで来たら行くしかないよな。
こんだけ恥ずかしい思いもしたし、これでやっぱりダメだとは言えない。
係の人がボートを押す。
間もなく出発だ、というタイミングで俺は理解した。
出発するこの瞬間、下を覗くとめちゃくちゃ怖い。白河はこの景色を見て躊躇ったのだろう。
俺でもちょっと怖いもん。
しかし、もう止まることはできない。
ようやく、俺達のボートはスタートを切った。
「お、おおおお!」
結構なスピードで中々の斜面を突き進む。それだけでなく、勢いよく進むので左右に揺らされる。
「き、」
その日、かつて聞いたことのない白河の悲鳴のような声を聞いた。多分この先、ここまでの大声は聞くことないだろうなあ。
結構長かったコースを終え、ボートはゴールのプールに着水した。
バッシャーン! と勢いよく突入したので思いっきり水が飛び散る。そして、何故か拍手が聞こえた。
「……なんだ?」
不思議な展開に疑問を抱き、俺は周りを見ると見覚えのある顔がいくつかあった。
俺達の横で先に出発していった人達だ。
どうやら、白河が無事出発できたかが気になって待っていたようだ。
「……」
しかし、当の白河は呆然としていてその異様な空間に気づいていなかった。
「よくやった!」「おつかれ!」という称賛の声を浴びながら、俺達はその場を離れた。
その後、どっと疲れた俺達は帰路についた。
白河明日香のカリスマ性を改めて感じた、そんな一日だった。
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