第51話 二人でプール 中編
白河明日香と二人でプール。
これは校内の男子に見られたら警察沙汰になりうるな。率直に言うと俺の命が危ない。
しかし。
ここは学校からも遠いし、そもそもこれだけの人がいたら仮に誰かがいても気づかれまい。
そんなフラグになりうることを考えていた俺は今、施設内のカフェにいた。
プールに入り少し遊んだところで店が混み合う前に昼飯を済まそうという話になったのだ。
注文を済まし料理を受け取った俺達は適当なテーブルを見つけて座る。昼前ということもあって、店は混んでいなかった。
「なんかお前が焼きそば食ってんの珍しいな」
白河は焼きそばを注文していた。誰だって焼きそばくらい食うだろうけど、白河と焼きそばのペアを見たことがなかったからか、何となくそんな感想を抱いた。
ちなみに俺はラーメンだ。
特に理由はない。
「私だって焼きそばくらい食べるわよ」
「まあ、そりゃそうなんだろうけど。あんま食べてるとこ見ないなと思って」
「そもそもコータローは私が食事してるところを見ないでしょ」
確かにな。
クラスは違うし、昼飯一緒に食うわけでもないし、かといって晩飯食いに行ったりもしない。
思い返すと、白河の食事シーンはなかなかレアだ。
「俺が知らないだけで、白河の主食は焼きそばなのか」
「そこまでは言ってないわよ」
俺の軽いボケにツンとしたツッコミを入れた白河はゆっくりと焼きそばを口に運ぶ。
俺もラーメンを啜るが、なんだろう……ラーメンじゃなかったなー。何で数分前の俺はラーメンの気分だったんだろうか。
謎だ。
どころか、白河の食べている焼きそばがめちゃくちゃ美味しそうに見える。
隣の芝生は青く見えるというやつなのだろうけど、自分の浅はかな選択を悔やんでしまう。
「なによ?」
どうやら俺はじーっと白河を見ていたらしく、その視線に気づいた白河が居心地悪そうに顔を上げて言う。
「いや、別に」
「まじまじ言われると食べづらいんだけど」
「すまん」
謝るしかない。
俺は再びラーメンを啜る。
うーん。やっぱりどうにもそういう気分になれないな。
「なあ」
「なに?」
「ラーメンちょっと食べたくない?」
「……急になによ?」
突然の提案に白河は疑問を抱く。
深い意味はない。ただ、白河がラーメン食べてるとこ見ればラーメン食べたくなるかもしれないと思っただけだ。
我ながらナイス作戦である。
「どう?」
「……まあ、そう言うなら食べてもいいけど」
俺への疑いはまだ晴れていないようで、白河は訝しむ視線を俺に向けてきながらおずおずとラーメンを自分の方へ寄せた。
「そういうことなら焼きそばも食べなさいよ」
「え、いいの?」
思わぬ提案に俺は驚く。
「私はてっきりそれが目的だと思ったんだけど」
「あ、いや、そこまでは考えてなかったわ。ただ、思わぬ副産物とだけ言っておく」
「なによそれ。あ、お箸貸して」
「え」
焼きそばに箸をつけようとした俺を白河が止める。
「なんで?」
「焼きそば食べたお箸でラーメン食べるのは嫌でしょ?」
「俺は別に気にしないけど」
「うっさい!」
言いながら、白河は俺の手から無理やりお箸を奪い取る。別に気にしないんだけどなあ。
「そこまで気にするなら新しいの貰いに行く?」
「面倒くさいわ。私はコータローと違って、別にそういうの気にしないわ」
「いや俺も別に気にしないけど」
間接キスとか、そういう類のあれのこと言ってんのかな? それとも人の箸使うとかそっち?
いずれにしても、そこまで気にしないし相手が気にしないなら尚の事だ。
「お前は結構潔癖だと思ってたよ」
「誰でもいいってわけじゃないわよ。ある程度気を許している人に限るわ。小樽は生理的にアウトだけど」
らしいぞ、栄達。ドンマイだな。
その割に俺は大丈夫というところは喜んでいいのだろうか。そんなことを考えていると白河はさっさとラーメンを啜り始めた。
俺は自分の前に差し出された焼きそばに置かれた箸を手に取る。
さっきはああ言ったけど、相手がこと学園のアイドルとなれば流石に気にする。
なんかとてつもない罪悪感のようなものが湧き上がってくるぞ。でもここで躊躇ったら意識してるとか思われてからかわれる。
行くぞ、俺!
「……」
ああ、焼きそば美味えな。これは焼きそばが正解だったな。ラーメンは不正解だ。
焼きそばの美味さに感動していると白河が俺を見ていたことに気づいた。不思議と視線って感じるもんだな。
「なに?」
「……別に」
理由もなく見てくるなよ、と思ったけど俺もさっきしてたから何も言えねえな。
俺が指摘すると白河は慌ててラーメンに視線を落とした。
しかし、白河がラーメン食ってるところ見てもラーメンの気分にはならねえなあ。
どころか、焼きそばの美味さ知ったからこれはいよいよラーメン食う気になんないぜ。
そんな感じで昼飯を終え、俺達は長い長い階段をゆっくりと登っていた。
前の人が少し進むと俺達も一段二段と進んでいく。どうして長蛇の列に並んでいるのかというと、プールの醍醐味といえるウォータースライダーで遊ぶためだ。
昼飯を食べたあとにどうするかという話になった時、白河が乗りたそうにウォータースライダーを見ていたのだ。
こういうところに来ない白河からすればこのウォータースライダーはさぞかし未知なるアトラクションだろう。
「白河はジェットコースターとか乗れんの?」
「さあ、どうかしらね。遊園地も行かないから分からないわ」
「どこにも行かないんだな……」
俺が言うと、白河は少しだけむっと表情を歪めた。
「別に、行きたくないわけじゃないわよ」
「なら行けばいいじゃん」
「友達がいなかったのよ」
白河がぼそりと言う。
白河の言うところの友達というのは、きっと普通の友達のことを言ってるんじゃないだろうな。
こいつなら誘えば誰だってついて来てくれるだろう。男子なら喜んでお金まで出すだろうし、女子だって二つ返事で来てくれるに違いない。
白河明日香という人間は、それだけ人気者ということだ。
でも、その人達は友達ではないらしい。
白河明日香の内と外。外面で接している以上、ずっといるのはしんどいのだろう。
かといって内面を見せるのは極僅か。校内だと映研部員くらいしかその顔を知らないはずだ。
俺達は友達ってことでいいんだよな?
「だから、コータローがどうしてもって言うなら行ってあげないでもないわ。遊園地」
「んー、そうだな。覚えてたらいつかな」
「あんたが私を誘ったことなんて一度もないじゃない」
「俺ごときが学園のアイドル様を遊びに誘うとか恐れ多くてできねえんだよ」
嘘ではない。
さすがにそこまで思ってはいないけど、白河を誘うことに少なからず抵抗があるのは事実だ。
「友達なんだから、そんなの気にしないでよ」
そう言った白河はどこかしおらしくて、少しだけ落ち込んでいるように見えた。
気にしていることだったのかも。
だとしたら、ちょっと悪いこと言ったのかも。
今度、それこそ夏休みの間にでも一度声かけてみるか。覚えていたら。
「お、もうすぐだぞ」
「……結構高いのね」
それは俺も思った。
長蛇の列でそこまで登っている感覚はなかったけど、いざ見下ろすと想像してた倍くらいの高さだ。
白河は少し怖がっているようだ。
初めてでこの高さはビビるな。しかもスライダーも結構長い。
「やめる?」
「やめないわ」
ですよね。
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