第42話 カップルシート
「こーくん! 今日の放課後は暇かな?」
授業の合間に慌てた様子で俺の元までやって来たのは結だった。
「……まあ、暇っちゃ暇だけど」
「じゃあちょっと付き合ってもらってもいい?」
「ああ」
ありがとー! とテンション高めに言いながら結は去っていく。結局何の用事に付き合わされるのか言ってくれなかったな。
聞く間もなくどっか行ったし。
ま、いっか。
「そういや栄達」
「ん?」
そもそもさっきまでは栄達と話していたのだ。俺の前の席に座る栄達に改めて話しかける。
「嫁との会話はもういいのか?」
「誰が嫁だよ」
俺がそう言うと、栄達はやれやれとでも言いたげに首を振る。まさかお前にその仕草をされるとはな。腹立つぜ。
「あそこまで好き好きアピールしてくる女子はそういないぞ? それも、平々凡々を絵に描いたような普通の男である幸太郎にだ」
「……急になに」
「普通ならもっとレベルの高い男子に行ってもいいというのに。月島嬢はひたすらに幸太郎に好意を抱く。この機を逃すと、一生彼女とかできんかもしれんぞ?」
「現実的な意見やめようよ」
「なんで付き合わんの? 好きくないとか?」
シンプルな疑問なのだろう。
まあ、結は容姿は問題なく可愛くて性格も文句ない。それに加えて努力家で今ではだいたいのことはやってしまう。
普通に考えれば、そんな子から好意を示されれば迷わず付き合うだろう。それ自体は何もおかしくない。
「そんなんじゃないよ。ただ、俺にもいろいろとあるの」
「モテ男のような意見。余裕の現れだな」
「うるせえよ」
「僕は幸太郎に幸せになってほしいのだよ。目の前にある大切なものが、いつまでもそこにあるとは限らない。この先もずっと、月島嬢があの調子でいる保証はどこにもないのだよ」
「ゲームかアニメのセリフ?」
「そんなとこ。何を考えてるのかは知らないけど、ちゃんと向き合ってみるのもいいと思うぞ?」
「そう、だな」
たまにいいこと言うんだよ。
アニメやゲームの受け売りなのか、それともこいつの本心なのかは分からないが、時折いろいろと考えさせられる。
ただ。
授業の合間の休憩時間に話す内容ではないよ。きっと。
そして放課後。
結に連れられやって来たのは先日白河とも訪れた街の方。時間が時間なのでちらほらと大幕生の姿が伺える。
金曜日だし、今日は思いっきり遊ぶぜー! とか考えてる人が多いのかも。
そんな中、俺は結と二人並んで歩く。
「それで、俺はどこに拉致られるわけ?」
「拉致るなんて人聞き悪いなあ。イイとこに連れて行ってあげようというのに」
「イイとこ?」
明確な答えは出さずにただ歩く結。詮索してみても肝心な部分はボカしてくるので、結局俺は目的地を知れないまま歩くこととなった。
イイとこ、か。
結に限って、そういうこととは考えづらい。俺的に、というか男としてイイとこと言われたらもうそういう想像しかできないもの。
だって思春期だし、それが男としての通常思考と言える。
結は、決して巨乳とは言えないが形がよく程よい膨らみがあるし、腰も引き締まっていてスタイルがいい。
何なら彼女の身長的にはベストな肉づきと言ってもいい。
もし、結に迫られでもしたら俺は思わず襲いかかってしまうかもしれない。
いや、そんなことを考えちゃいけない。
相手は結だ。
……結は、そういうこと考えたりすんのかな? 女子は男子より性欲強いみたいな話をネットで見たことあるけど、あれは本当なのか?
想像できん。
「ん?」
「あ、いや、何でも」
そんなことを考えながら結の顔を見ていると、不思議そうな目を向けられたので俺は思わず視線を逸らす。
なんかめちゃくちゃやましい感じになった。やましいことを考えてしまっていたので否定もできねえ。
「ここだよ」
「なにここ」
入口は普通の自動ドア。ただ、そこから中を覗けるのだが、というか見えるのだがめちゃくちゃハートとかある。
エロくない意味でピンク一色だ。
「スイーツパラダイス」
「スイーツパラダイス?」
「知らない? 安いお値段でスイーツ食べ放題のお店。最近出来たんだってさ」
「知らんな。男子はこんなとこ来ねえし」
こんなハートだらけの入口から中に入れねえよ。勇者でも躊躇うぞ、こんなん。
「なんでここに俺が連れて来られたわけ? 俺、スイーツ王子の称号なんか獲得した覚えないけど」
「こーくん、甘いの嫌いだっけ?」
「いや、そんなことはないけど。こういうのって女子グループで来るもんじゃないの? 何ていうか、男子は場違いというか」
「そんなことないよ。入ってみれば分かるから、行こ?」
「……はあ」
まあ、ここまで来て入らないというのも何だし、何なら結に悪いしな。男だけじゃ絶対入れないけど、今は結というバリアがある。
これもいい機会かもしれない。
「ちらほら男の姿が見えるな」
「でしょ? 気にしないでいいんだよ」
と言ってもカップルがほとんど。男子だけで来ている人は一人もいない。
カップルか女子グループか、もしかしたら時間帯が違えば家族連れくらいはいるかもしれないな。
並んでいると前のグループが次々と捌かれる。まもなく俺達も案内されるだろう。
そんなタイミングで結が突然俺の手を握ってきた。
「え、なに!?」
俺は驚き、思わず手を離してしまう。すると、結はむうっと頬を膨らませる。
俺が悪いの?
「いいから、手繫ご?」
「理由もなく?」
「り、理由はあるよ? ちゃんと、それなりの理由がある」
「なに?」
「好きな人と手を繋ぎたいと思うのは十分理由になると思うんだけど」
「急にそんなこと言わなくても」
焦り具合から見ても、明らかにそんな理由じゃないような。いつもそんなこと言うときそんな焦らないだろ。
「怪しいな……」
「お願い、こーくん! 一生のお願いだから手を繋いで?」
「お前の一生のお願いは子供のときに使ってるんだよ。ポッキーちょうだいがお前の一生のお願いだった」
「当時のわたしを恨みたい!」
ガーン、とショックを受ける結。
なぜここまで繋ぎたがるのかは知らないけど、普段なら諦めるタイミングでも決して引かない。
よほどの理由があるのか?
「はあ。仕方ない」
俺は一度手のひらを服で拭いてから手を差し出した。それを見た結は、ぱあっと表情を明るくする。
「ありがと、こーくん」
「今日は特別だぞ。この珍しい場所に連れて来てくれたお礼だ」
そして二人手を繋いだところで俺達は店員さんに呼ばれる。
さすがに手を離そうとしたけど、めっちゃ力強く握られてるので諦めた。なんか、離すなと言われているような気がしたのだ。
「カップルの方ですか?」
「あ、いや、ちが「そうです!」
俺の発言をかき消すように、結が力強く肯定する。そんな食い気味に言わなくてもいいだろ。
しかもカップルじゃないし。
バリバリ嘘じゃん。
「では、こちらへどうぞ」
案内された席は普通の席とは違う。
普通のイスではなくソファ。座り心地はいいが、結との距離が近い。
運ばれてきたのは一つの大きいグラスに二本のストローがさされているたまに漫画とかで見るドリンク。
あ、これ多分あれだ。
「さっ、こーくん! 一緒に飲も?」
カップルシートとかいうやつだ。
「いや、飲まねえよ恥ずかしい」
「ええー飲もうよー」
その後、ケーキを取りに行ったタイミングで貼り紙が見えた。
『手を繋いで受付を行ったカップルはカップルシートへご案内。カップルシート限定のラブラブオプションもサービス、』
「……これが狙いだったのか」
気づいたときにはもう遅い。
俺は最後まで、そのラブラブオプションサービスに付き合わされることになった。
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