第41話 奢ってあげる


「よく来たわね、コータロー」


 放課後。

 部室に呼び出されて行くと、白河が待っていた。何故か仁王立ちで。


「なんで立ってるの?」


「コータローを待ってたのよ」


 理由になってないんだよなあ。

 そのくせ説明した気になっているから聞き返すのも気が引ける。まあいいや。深く考えないでおこう。


「そりゃ呼び出したのそっちだからな」


 今日は栄達や一年生ズも姿を見せていないようで、部室には俺と白河の二人だけだ。


「俺らだけ?」


「みたいね」


「そうなんだ。んで俺はなんで呼び出されたの?」


「立ち話もなんだし、とりあえず座りなさいよ」


「はあ」


 言われるがままに適当に座ると、どうやら既にお湯を沸かしていたようでお茶を淹れてくれた。

 今まで白河がしているところを見たことがないのに。


「え、ほんとになに? 俺に何か謝りたいこととかあんの?」


「失礼ね。そんなことないわ」


「じゃあ何で今日はそんなにサービスいいの?」


「私だってたまにはご奉仕したい時だってあるわよ」


 絶対ねえだろ。

 適当なことを言いながら俺の前に湯呑みを置いた白河は本棚前のいつもの定位置に座る。


「ところでコータローは好きな食べ物何だったかしら?」


「好きな食べ物? 急に聞かれても思いつかないけど、肉料理は基本的に美味いよな」


「焼き肉? ハンバーグ? それとも揚げ物?」


「全部いいと思うよ?」


「じゃあ今食べたいものは?」


「それも急に聞かれても困るな。それは晩飯として? それとも間食として?」


「……どちらでもいいけど、そうね、せっかくだから晩飯としてでいいわ」


 少し悩む素振りを見せてから、白河はそう答える。どっちにしても答えに困ることに変わりはないのだが。


「まあさっき話してたってのもあるけどハンバーグとか美味しそうかもな」


「ハンバーグね」


 言いながら白河はスマホをいじる。何なんだろう。新手の心理テストとかかな?

 だとしたら何をテストされてるんだろ。


「うん。ここなら問題ないわね」


「何が?」


 納得したように一人頷いているので、俺にも納得できるよう説明してくれ。


「この後時間あるかしら?」


「……あるけど」


「そ。それは良かった。なら一緒にご飯食べに行きましょう?」


「え、晩飯?」


「ダメ?」


「いやダメじゃないけど。急になに?」


「何でもないわよ。ただコータローとご飯に行こうかなと急に思い至っただけ」


「あ、そう」


「今日は私が奢ってあげる」


「ほんとになに!?」


 怖いよ。

 今までジュース一本だって奢ってくれたことないのに急に晩飯奢るは裏を疑うよ。


「何でもないわよ。ただコータローにご飯奢ろうかなって急に思い至っただけ」


「そんなこと急に思い至らないだろ。俺誕生日じゃないよ? ちなみに誕生月でもない」


「知らないわよ。言っとくけど誕生日であろうとご飯奢るようなことはしないから」


「……じゃあ何で今日は奢るんだよ」


「行くの? 行かないの?」


「行くけどさあ」


 よく分かんないけどこれは断ると後々面倒くさい展開が待っている気しかしないのでとりあえず行くことにした。

 ここまで来ると理由が気になるしな。


 それが決まった段階で部室は用無しだったようで帰り支度を整えて部室を出る。

 なら部室集合じゃなくて良かったようにも思えるけど。教室隣なんだし、わざわざ部室棟まで来るの結構面倒なんだよ。


 電車に揺られて街の方に出る。ここまで出るとカラオケやボウリングなどアミューズメント施設もあり、大幕生の寄り道となればここである。


「晩飯にはちょっと早いな」


「そうね」


「どっか寄る?」


「あらコータロー、私とデートがしたいの? どうしてもと言うのなら割引しといてあげるけど」


「ナチュラルに金取んなよ」


 奢り分持ってかれるじゃねえか。

 俺のツッコミを聞き流し、おかしそうに笑いながら適当に歩く。表情にはあまり出ないけど、声色が優しい。機嫌のいい証拠だ。

 それに心なしか毒舌が心に来ない。

 いやそれどんな判断基準やねん。


 時間を潰して、店に入る。入る店は事前に決めていたのか迷うこともなかった。

 リクエスト通り、ハンバーグ。


「本当に何でもいいのか?」


「何度も言わせないでよ。奢ると豪語しておいて高いものを頼むな、なんてケチくさいこと言わないわ。そんなくらいならそもそも奢りません」


「じゃあこのポテサラハンバーグで」


「心配していたわりには普通の値段のものなのね」


 拍子抜けのように肩を落としながら白河が言う。彼女も同じものを注文していた。


「俺はこの店に来たらポテサラハンバーグと決めている」


「美味しいから?」


「それもあるけど、悩むのが面倒だから」


「それは楽しみね」


「初めて食うの?」


「ええ」


 頼み方的に何度も注文していた感じあったのに。


「そもそも、私はこのお店に来るのが初めてよ」


「マジかよ……」


 この店はチェーン店だし、結構どこにでもあり安くて美味しい。学生的にはもう少し安い方がいいのかもしれないが、ちょっとした贅沢をするのに適している。


「あんまり外食しないからね」


「友達と帰りに寄ったりしないのか?」


「なんで学校外でまで疲れることしないといけないのよ?」


「ああ」


 そうか。

 白河は基本的に外面用の仮面をつけて学校生活を過ごしている。気を抜くのは部室くらい。

 疲れるなら止めればいいのに、とは言うに言えない。彼女がそうする事情を知ってしまったから。


「よほどの時は腹を括るけれど、今はまだその時は来ていないわ」


「じゃあきっともう来ないだろ」


「だと、いいんだけどね」


 でも、部員である俺達ならば別に構わないって感じか。よくよく考えると、学園のアイドルである白河明日香と二人で飯って、どっかから撃ち殺されてもおかしくないシチュエーションだな。


 雑談をしていると料理が運ばれてくる。一皿にハンバーグとサラダ、ライスが乗っているのも特徴的だ。

 ハンバーグを箸で切ると、中にポテトサラダと少量のチーズが入っている。

 なぜかは分からないが、これが美味いのだ。


「美味しいわね」


 小さく一口サイズに切ったハンバーグを食べた白河はもぐもぐしながら呟いた。

 気に入ったのなら何よりだ。


 そして。

 俺が全てを平らげたタイミングを見計らっていたのか、箸を置いた瞬間にこちらを見てくる。


「食べたわね」


「あ?」


 突然の確認に俺は驚く。

 こいつ、やはり何かを企んでいたのか。そりゃそうだよ、何でもないのにあの白河明日香が俺に飯を奢るなんて考えられないもの。


「一つ、私の言うことを聞いてもらうわ」


「話が違うじゃねえか!」


「うるさいわね。食べた以上は断れないはずよ」


「今ここで金を出せば奢られたことにはならないけどな」


「そうなった場合、私とご飯を食べたチャージ料としてお願いを聞いてもらうわ」


「お前、自分を何だと思ってるんだ!?」


 しかし、そんなことを言いながらも不思議に思うことがある。

 白河がわがままなのは今に始まったことではなく、彼女のわがままに付き合わされることは多々あった。

 こんな回りくどいことをしていないのに、だ。


 ならば、どうして白河は今回、こんな回りくどいことをしてきたのか。


「で、何だよ?」


「聞いてくれるの?」


「内容次第だ」


「先に約束して」


「……わ、分かった」


 まじまじと真剣な眼差しを向けられると断れない。俺は彼女の言葉に素直に従う。


「今週末、時間ある?」


「まあ、暇っちゃあ暇だけど」


「その日、一日私に付き合って」


 白河の突然の誘いに、頭が追いつかない俺は思わずベタな返しをしてしまう。


「……はい?」


 と。

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