第40話 プール掃除
ある日の放課後、成瀬先生に呼び出された俺は部室へと向かう。中に入ると、俺以外のメンバー全員が揃っていて、何故か睨まれた。
いや、別に遅くはないだろ。
逆にお前らが早いんだよ。
「皆さん揃いましたね、それでは移動しましょう」
珍しく部室にいた成瀬先生がそう仕切って部室を出ていく。わけが分からないまま俺はその後をついていく。
「これ何の招集なの?」
「さあ」
近くを歩いていた白河に聞いてみるが、どうやら知らないらしい。俺が来る前に皆は理由を聞かされていたというわけではないらしい。
「そういや、その髪型珍しいな」
ふと気づいたが、白河の髪がいつもと違う。いつもは髪を下ろしているだけなのだが、今日はポニーテールで纏めている。
というか、最近はよくその格好を目にする。
「あ、暑いからよ……」
言いながら、白河はふいっと顔を背ける。頬を少し赤くして、確かに暑そうではあった。
そういや体育祭の時もポニテにしてたっけ。あれだけ髪長いと纏めるだけで涼しさ変わるのかな?
結も最近はお団子ヘアで纏めているし、長髪は長髪で大変なのだろう。男子には理解できない悩みだ。
どうしても、切ればいいのにと思ってしまうから。
目的地も分からないまま、ただひたすら先生についていく俺達だったが、そのルート的に段々と目的地は読めてきた。
白河も同じ結論に至ったのか、憂鬱そうな顔をしている。多分、俺も似たような顔をしているだろう。
結と涼凪ちゃんは仲よさげに世間話をしているのでそもそも目的地がどこかなんて気にもしていなさそう。
栄達と李依も特に気にしていない様子。
自分達の歩いているルートとこの時期を考えると読めてくるが、まさかそんなことはないだろうとも思う。
俺達にその仕事が回ってくる理由がないんだもの。
しかし。
目的地はやはり俺の予想通りプールだった。そして、俺達を振り返った先生が申し訳なさそうに頭を下げる。
確定だ……。
「みんなごめんなさい! 先生が負けちゃったばかりに、プール掃除をすることになっちゃいました」
プール掃除って運動部系の奴らがするものだと勝手に思い込んでいた。それか、単位の欲しい生徒の集まり。
「一体何があったのですか?」
満場一致の疑問を栄達が代表で先生に聞く。先生は申し訳ない顔を崩さないまま、ゆっくりと口を開いた。
「毎年、夏の始まりのプール掃除は一つの部活が引き受けるというのが大幕の伝統なんだけど」
迷惑な伝統だな。
「その部活を決めるための勝負が毎年教師間で行われるの。今年は私が負けてしまいました」
勝負というのであれば仕方ないとしか言えない。先生だって別に負けたくて負けたわけではないだろうし、今回は運がなかったとしか言えないな。
しかし、勝負って何したんだろ。じゃんけんとかかな?
「勝負って何したんですかー?」
俺の思考を読んだわけではないだろうけど、結がそんな質問を飛ばす。
「ババ抜きです」
「ババ抜き!?」
全員が驚いた。
まさかいい大人達がトランプで決着つけているとは予想していなくて、想像できない光景に全員思わず驚愕の声を漏らす。
「この決着をババ抜きで決めるというのも恒例なようで。一時間にも及ぶ激闘が繰り広げられました」
仕事しろよ……。
放課後職員室で何してんだよ。
そういやこの前、職員室が立入禁止になってたけど、あれってババ抜きやってたからって理由じゃないよな?
「そんなわけで、皆さんご協力お願いします」
事情を説明し、先生は再び深く頭を下げる。教師にここまで頭を下げられるとこちらは何も言えない。
今年は運がなかったというだけだ。
「そういうことなら仕方ないし、さっさと終わらせちまおうぜ」
「それがいいな。こんな暑さの中でずっといたら上手に焼けてしまう」
「その自虐は笑えばいいのか分かんねえよ」
プールに水は張られておらず、汚れを落とすために少量の水が溜められる。
男子陣は制服のズボンの裾を折り曲げることで濡れることを回避し、女子はもとよりスカートは問題ないので靴と靴下を脱ぐだけで用意ができる。
「しかしあれだな幸太郎」
ズボンの裾を折り曲げながら栄達がしみじみと声をかけてくる。
「ん?」
「制服と裸足の相性って高いんだね」
「……まあ、普段見ないからな」
気持ち悪い、と言えないくらいには俺もそれを良いと思ってしまったので素直に同意しておく。
全員がブラシを持って、各々の位置に分かれて作業を始める。
適当に作業を進めていると、何となく二人一組になっていく。
結と栄達。白河と李依。そして俺は涼凪ちゃんとペアになったのだけれど、これはただ何となく近くにいた人と合流したというだけだ。
結と栄達は教室でも部室でも話しているのを見かける。何の話をしているのかまでは知らないが。
珍しいペアなのは白河と李依か。
「白河と李依って喋るの?」
近くで熱心に地面をこする涼凪ちゃんに話しかける。
「んー、どうなんでしょう。私は先輩に次いで部室に顔を出さないですから」
「しれっと俺を一番にしてるなあ」
そのとおりなんだけど。
しかも涼凪ちゃんは家の手伝いという大義名分があるが俺には何もない。しかも名ばかりだが部長ですらある。
「でも、全く話さないというわけでもないですね。何度か見かけることはあります」
二人とも男子人気が高いという共通点はある。でもそれについて嬉々として話しているとちょっと引く。
李依はともかく白河はそういうの興味なさそうだからそれはないだろうけど。
「何かありました?」
「いや、どんな話してんのかなって」
「普通のお話じゃないですか?」
「その普通が想像できないんだよ」
「美味しい喫茶店のお話とか、最近あった面白いお話とか、李依ちゃんは小樽先輩のこと好きだから、そういう話してるのかも」
「確かに普通の話だな。別に共通点ないからって会話できないわけじゃないんだな」
言いながら、俺は白河と李依の方を見る。楽しそうに話す李依とそれを聞く白河。
白河も無表情だけど楽しそうだ。
「俺の知らないところで関係が発展してるんだな」
「先輩ももう少し顔出せばいいじゃないですか」
「そんなド正論ぶつけられましても」
いや、行こうとはしてるんですよ?
最近はエアコン問題もあるから割と顔を出している方だし。
そんな話をしながら掃除を進める。涼凪ちゃんは鼻歌交じりに取り組んでいた。
「何か楽しそうだね」
「はいっ。こういうことしたことないので」
こういうことって罰ゲームとか雑用と言われるこのプール掃除のことかな?
「部活に入って良かったなあとしみじみ思います」
終始、涼凪ちゃんは笑顔だった。
あれくらい何にでも楽しく取り組めると人生も楽しいんだろうなあ。
ちょっと見習おう。
そんな感じで、炎天下の掃除は続いた。
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