第43話 カフェ巡り


「ちょっと早く来すぎたかな」


 集合場所に到着したのは約束の時間の二〇分前だった。人を待たせるのは申し訳ないので待ち合わせの時は早めに家を出るようにしているが、今日は電車の乗り換えがスムーズだった。


 ま、別に待つのは苦じゃないからいいんだけど。


 改札を出ると噴水広場のような場所があり、そこが待ち合わせ場所となっていた。

 土曜日ということもあって家族連れも見える。そんな光景を見ながらぼーっとするのは、意外と嫌いじゃない。


 しかし。

 驚くことに待ち合わせ場所には既に先客がいた。ちらと腕に巻いた時計に視線をやったかと思えば、空を見上げて、その後周りをきょろきょろと確認する。


 確認しているのに俺に気づいていないので、あの確認はあまり意味ないように思えるけど。


「おまたせ」


 俺は何故か深呼吸していた彼女に声をかける。するとビクッと体を震わせ驚いてこちらを見る。


「あ、先輩。こんにちは」


 涼凪ちゃんはにぱーっと笑ってそう言った。

 白いシャツの上から花柄のワンピースを重ね着している。並んだときにいつもより身長が高いように感じたのは、履いているサンダルが厚底だからだろう。

 肩掛けの小さなカバンが、彼女の小さな胸の存在を主張している。そのカバンはけしからんやつです。

 頭にはいつもの赤いリボン。もともと髪はそこまで長くないが、今日はくくって纏めてある。


 学校で見る制服とも、お店で見るエプロン姿とも違う、プライベート感漂うコーディネートにドキッとしてしまう。


「随分早いね?」


「えっと、今来たところですよ?」


「それにしても早いんじゃ」


「そんなことないです! ほんとにさっき来たところなんです! 楽しみすぎて早めに到着したとか、そんなんじゃないんですっ」


「そ、そう」


 その否定っぷりはもはや肯定だよ。

 一体何時から待っていたのか、気になったけど聞くのが怖かった。もし次の機会があったらもうちょい早く家を出よう。


「まあいいや。とりあえず行こっか」


「はい!」


「どこ行くかは任せてもいいんだよね?」


「昨日いろいろと調べましたので、任せてください」


 昨日の夜。

 涼凪ちゃんからメッセージが届いた。以前約束していたカフェ巡りに付き合うというイベントを決行したいということで、断る理由もないので了承した。


 そして今に至る。


「まずはランチの評判がいいカフェに行こうと思います」


「ちょうどお昼時だしな。腹も減ったし、楽しみだよ」


「あんまり食べないでくださいね。次のお店もあるわけですし」


「初めて言われたよ、そんなセリフ」


 涼凪ちゃん的には休みであっても仕事の一環ということか。付き合うと言った以上役に立ちたいので頑張ろうと思う。


 辿り着いたカフェは外装は木で出来ていて、中も落ち着いた感じ。薄暗い照明がゆったりとした空間を作り出している。

 俺は涼凪ちゃんが注文するのを見ているだけだ。彼女が頼んだものをシェアするという形でいくらしい。

 シェアというか、ただ恵んでもらっているだけな気がする。


 お客さんの数は多く、食事が届くまで少し時間があった。けど、この客数からしたら速い方か。

 キッチンでは複数のスタッフが慌ただしく作っているのかも。


「いただきます」


 取皿を貰い、俺の分を取り分けてくれる。というか、取皿に自分が食べる分を乗せて、残りの三分の二を俺に渡してくる感じ。

 割合的にはこんなもんか。


 届けられたのはナポリタン。涼凪ちゃんの自信作と同じメニューなだけに、それを咀嚼する彼女の表情は真剣だった。

 邪魔にならないように俺も黙ってナポリタンを食らう。


 そんな感じで二軒目、三軒目と足を運ぶ。その頃には俺のお腹は危機的満腹状態だったが、格好悪いことは言えないので見栄を張って限界を超えた。


 ようやく涼凪ちゃんのノルマが達成されたのか、最後にやって来たお店で俺達は少しゆっくりすることにした。


「大丈夫ですか、先輩?」


「ん? ああ、まだまだ余裕だよ」


「……全然余裕な顔じゃないですよ?」


 涼凪ちゃんは苦笑いをしながらそんなことを言う。そりゃ限界などとうの昔に超えているからな。

 今度は表情を取り繕えるように修業しておくか。


「今日はありがとうございました。とりあえず、回りたい場所はここで全部になります」


「ここでも何か食べるの?」


 一応聞いておく。

 食べるなら食べるでそれ相応の覚悟が必要だから。


「あ、いえ。ここは珈琲を飲みに来たのでもう大丈夫です」


「そっか。じゃあ俺もコーヒーだけにしとこ」


 涼凪ちゃんは気になったデザートを一緒に頼んでいたが、今の俺にそんな余裕はなかった。

 もういちご一つだって入らない。


「何か参考になった?」


「はい。先輩が付き合ってくれたおかげで、いろいろと学べました。ほんとに感謝です」


「いやいや、俺も美味しい料理食べれたし、これぞWin-Winってやつだよ」


「そう思ってくれますか?」


 俺の様子を伺うように上目遣いでこちらを見てくる涼凪ちゃん。俺は照れてしまい、視線を逸らす。


「そりゃもう」


「また、付き合ってくれますか?」


「いつでも言ってくれ。その時はまたお腹空かせとくよ」


 ほんとに。

 フードファイターの修業とか始めちゃおうかな。


「迷惑しかかけてなかったので、そう言ってもらえると嬉しいです」


 涼凪ちゃんは頬を赤く染めて、俯きながらぶつぶつとそんなことを言う。


「いや、涼凪ちゃんみたいな可愛い女の子と遊べるだけで、男子的には約得だから」


「か、かわっ」


 俺が言うと、涼凪ちゃんは慌てて顔を上げる。さっきに増して顔が赤い。茹でダコのようだ、という表現があるがまさにそれだ。


「涼凪ちゃんみたいな子、クラスの男子は放っとかないんじゃないの?」


「そんなこと、ないですよ? 確かに休日に遊びに行こうとか声かけられることもあるけど、それはあくまでクラスメイトとしてでしょうし……」


 多分違うと思うけど。

 俺が歳上だからか分からんけど、守ってあげたくなるか弱さみたいなものがあるんだよな、涼凪ちゃんって。

 妹、みたいな?


「それに、私男の人ってあんまり得意じゃないんです」


「そうなの?」


 今までそんな素振り見せたことないから信じられない。


「何となく、ですけど。体が大きくて力強くて、なんだかちょっとだけ怖かったり」


「……そうなんだ」


 女子から見た男子ってそんな感じなのかな。

 高校生にもなると、筋肉の付き方とかも変わってきて本格的に男と女として変化がある。

 女の子として、警戒してしまうものなのかも。


「あ、でも先輩は大丈夫ですよ?」


「……へ?」


 俺が考えるような素振りを見せていたからか、涼凪ちゃんは慌てて俺にそう言う。

 ただ、その後のことを考えてなかったのか、涼凪ちゃんは「えっとーあのー」と指をくるくる回しながらその続きの言葉を探す。


「ほら、先輩って他の男の人と比べてあんまり力強くなさそうというか、体もそんなに大きくないし、頑張ったら勝てちゃうような雰囲気だからそこまで怖くないと言うか……えっと、そうじゃなくて」


 テンパってる。

 こうなるといろんなことを口にする彼女。混乱したときに出る言葉は本音だったりするけど、それは言葉の綾だよね?

 俺の印象ってそんなヒョロガリ雑魚野郎じゃないよね?


「とにかく、大丈夫なんですっ」


「そ、そりゃ、良かった……」


 最後は力技だった。

 その勢いに負け、俺は半ば無理やり納得することとなった。

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