第34話 【体育祭編④】部活対抗リレー
昼休みを挟み、大幕高校体育祭は午後の部に突入する。
昼の一発目のプログラムは応援合戦。この応援合戦もパフォーマンスが評価される。先生によって採点されその点数が加点されるので蔑ろにはできない。
いや、そもそも。
「行くぞ、オメェラァ!」
「負けてらんないよ!」
武藤先輩と薫子先輩。あの二人がそんなくだらない理由で手を抜くとは思えない。
台風が来ても構わずやるぞとか言い出しそうなやる気が溢れ出ている。そういうやる気というものは伝染し、場の雰囲気を良くする。
俺も、あの人達を見ていると頑張るかと思えるから不思議だ。
紅組はハチマチに白ラン、暴走族を思わせる衣装による全力の応援。漢、という文字を前に前にプッシュしたようなその内容は、まさしくスポーツのカリスマ武藤先輩に相応しいパフォーマンスだった。
対する白組。
白の布に赤色のライン。手には黄色のポンポンを持って、チアリーダーの姿をした可愛らしい女子生徒が登場する。
男子生徒は裏方に徹し、大技のサポートなどを行う。
紅組とは違う華やかなパフォーマンス。薫子先輩が率いるだけあって人の目を惹き付ける。
両組一歩も引かないパフォーマンスの末に、同じくらいの点数が加点された。
そして、応援合戦が終わり、次に行われる午後の部最初のプログラムは部活対抗リレーだ。
この競技に関しては紅組白組は関係なく、あくまでも部活動として戦うもの。
エキシビションマッチみたいな感じなのか。とはいえただ仲良く走るだけではない。
上位三組には豪華景品が与えられるということで、どの部活動も燃えている。
それは、もちろん我が映像研究部も例外ではなかった。
「この勝負何としても一位を取るべし!」
栄達が指を立て大空に向けて上げる。キラリとメガネを光らせているが、額から何まで垂れに垂れた汗も光っている。
「噂によると、毎年結構すごいんだってね。この部活対抗リレーの景品って」
その横で結も気合いを入れている。
確かにそれは俺も聞いたことがある。去年はいろいろあって惜しくも上位に滑り込むことはできなかったからな。
「……どうでもいいけど、着替える時間を与えるという発想はなかったのかしら」
俺の横でイライラを募らせるのは白河明日香。この競技の集合が応援合戦のすぐあとということで、チアリーダー衣装のままなのだ。
体育会系はそもそもユニフォームに着替えるのでチアリーダー衣装を脱ぐ。そして体育祭実行委員はほぼほぼ体育会系だ。
見渡したところ、文化系部活動の中でチアリーダー衣装なのは白河だけだ。
「結構目立ってるぞ」
「ああ?」
つい笑いながら言うと、ドスの利いた声が返ってきた。これは下手すると本気で怒られるやつだ。
「大丈夫だよ、明日香ちゃん。その衣装可愛いよ」
そんな白河を結が慰める。さすが空気が読める女。まあ、本当に可愛いと思ってるんだろうけど。
「いや、そういう問題じゃなくて」
「あとで一緒に写真撮ろうね?」
「いやだから」
「ね?」
「……うん」
押しに弱い。
白河さんすごい押しに弱い。悪印象のない男にしつこく言い寄られたらついて行ったりしないだろうな?
少し心配になってしまう。
部活対抗リレーは体育会系と文化系の部活それぞれ別に行われる。そりゃ景品出るとなれば一緒にするとかクレームの嵐だろうし妥当な案だと思う。
先に文化系が行い、確実に盛り上がる体育会系は後だ。つまり俺達は完全な前座ということになる。
スポーツ系はユニフォームを着用し走る。ユニフォームのない部活動は部活を象徴するものを持ち走るというのがルール。
「うちは何を持つんだ?」
「これ」
当然だが映研にユニフォームはない。となれば何かを持たなければならないが、果たして映研を象徴するものとは何なのか。
と思い栄達に聞くと、彼の手にはビデオカメラが持たれていた。
「カメラか」
「うん。だってさすがにノーパソ持って走るの嫌でしょ」
「嫌だな」
「パソコン部が悲惨でならんな」
ぷすーっと栄達が吹き出す。
俺は嘘だろと思いパソコン部の連中を探すと、確かにその手にはノートパソコンがあった。
可哀想。
「順番ってどうするのかな?」
そんな話をしていると結がふと疑問に思ったことを口にする。確かに何も聞いてない。
「うむ。そこなのだよ。戦略性が試されるな」
戦略も何もないだろ。結局走るメンツは変わらないわけだし。
「とりあえず小樽が最初ね」
「まあ、そうだな」
白河の言葉に賛同する。せっかく作ったリードを無くされるくらいなら後から追いつく方がモチベーション保てる。
確かに戦略性が試されている。
「満場一致なのは腑に落ちないが反論の余地はない」
よく分かってらっしゃる。
「二番手は?」
俺が聞くと、結が勢いよく手を挙げる。その顔はやる気に満ち満ちている。
「わたしが行くよ!」
「別に断る理由はないが、なんでまた二番手なの?」
「んー、そう言われると特に理由はないけど、わたしの運動能力的に後半はプレッシャーかなって」
結は運動音痴ではない。栄達のように体格的に苦手というわけでもない。しかし決して得意ではない。
ということを自身が理解しているが故に辿り着いた答えなのだろう。
「じゃあ私が三番手に行かせてもらう」
結の提案を受けたその時、一歩前に出たのは白河だ。
「俺もできれば三番手で行きたいんだけど」
アンカーは目立つ。
それに結の言うところのプレッシャーというのもある。所詮は文化系と言えど、アンカーは中でも一番速いやつを持ってくるだろう。
その中に混じるとか嫌だ。
「ここはレディーファーストでしょ。譲りなさいコータロー」
「いやいや。俺はあくまでも男女平等主義を主張する身であるからして、レディーファーストなどという戯言聞き入れるわけにはいかんのです」
多分だけど白河も同じような考えなのだろう。ましてやこいつの場合チアリーダー衣装だからなおのこと嫌だろうな。
だが関係ない。
今回は譲れない。
「格好悪いんじゃない? ここでさっと譲るとスマートで良いと思うけど」
「相手にとって都合のいい選択をすることが格好良いって言うんなら、俺は格好悪くて構わないぜ」
ばちばちと火花を散らす。
お互いに譲るつもりはなく、このままでは平行線だ。それを察した栄達がこんなことを提案してくる。
「なら、じゃんけんだな。映研では意見が割れればじゃんけんで決めるという伝統がある。それに則り、今ここにじゃんけん勝負を提案する」
そんな伝統聞いたことねえよ。
ただ、まあこのままじゃ埒が明かないし。乗るしかないか。
「仕方ないな」
「ええ。最も文句のつけようのない勝負だからね」
いつかどこかで、似たようなことがあったような気がする。
絶対に負けられない戦いがここにある!
「いくぞ、じゃんけん!」
「ぽんっ!」
心の準備をする間も与えず、俺は勝負を開始する。しかしそれに動揺することもなく、白河は冷静にこちらの勝負を受けてきた。
俺の手はチョキ。
白河の手はグー。
この勝負、白河の勝ちだ。
「く、そ」
じゃんけん。
それはこの世で最も文句のつけようがない勝負だ。これほど公平な勝負はない。
「そういうことだから、アンカー頑張ってね。コータロー」
「こーくんならいけるよ! ファイト、オー!」
「オー!」
やる気マックスの結と栄達の後を追い、俺は渋々入場する。
まあ、文化系の対抗リレーなんて皆対して興味ないよな。点数にも関係ないし。
「頑張れ!」
「イケイケー!」
「ファイトッ!」
みんなめちゃくちゃ興味津々やん。
これが祭りのテンションの効果か。恐ろしいったらないな。
それぞれの代表者がスタート地点につく。
まるで戦場に赴くかのような険しい表情のまま栄達はこちらに親指を立てて見せる。
格好悪い。
「勝てるかな?」
「さあ。他の部活はメンバーの中の走れる奴を選抜してるけど、うちはギリギリのラインだから全員参加。厳しいんじゃないか」
コースは半周ごとにバトンを渡し四人が走る。つまりグラウンドを二周だ。
アンカーだけ走る距離が長いみたいなルールがなくて助かった。
俺と結は二人で栄達達とは逆側で待機している。
「まあ、やれるだけやればいいんじゃないか」
「うん。そうだね」
その時。
スタートを告げる銃声が響く。
第一走者が一斉に走り始める。スタートダッシュは悪くなかったが、やはり栄達は他の生徒に遅れを取る。
歯を食いしばり、栄達は必死に前へと進む。それでも前との距離は広がる一方だ。
なんでそこまで頑張るんだ。
点数には関係ないし、勝てば確かに景品があるが負けても何もない。
頑張るだけ必要はない。
そう思っていた。
「頼むッ! 月島嬢……」
ようやく結にビデオカメラというバトンを渡す栄達は、戦場で倒れゆく戦士の如く、その場に滑り倒れる。
バトンを受け取った結は走り始めるが、既に前との距離は随分開いている。
あれを詰めるのは厳しいだろう。
が。
「……っ!」
結は決して運動が得意じゃない。
それでも、彼女は腕を振って必死に前へと進む。一センチ、あるいは一ミリでも前との差を詰めようと、ただがむしゃらに足を回す。
どうして、そこまで頑張るんだろう。そんなに景品が欲しいのか? そんなに負けるのが嫌なのか?
いや。
多分違う。
「……!」
遠くて聞こえないが、結が白河に何かを叫び、そしてバトンであるビデオカメラを渡す。
白河もまた、ただ前に進む。
白河はそれなりに走れるようで、少しずつ前との距離が詰まる。しかし、それでも追いつくにはまだ足りない。
勝ちたいとか、負けたくないとか、そんなことを思うのは当たり前で、その為に頑張るのは普通のことで。
でも。
そうじゃないんだ。
「コータロー!」
近くまでやって来た白河が俺の名を呼ぶ。
あの白河でさえ、真剣に、必死に、足を回している。キャラじゃないのに、チアリーダーの衣装も恥ずかしいに違いない。
それでも彼女はただ走る。
「あとは、あんたがやりな、さい!」
白河からビデオカメラを受け取る。
前の走者とはまだ距離がある。俺は最後尾で、このまま頑張って走っても追いつかないかもしれない。
でも、そんなことは関係ない。
みんなで一つのことをやる。
同じ目標に向かって、一緒に走る。
それが楽しいんだ。
だから楽しい。
「……ッ!」
俺は前へ進む。
栄達のように歯を食いしばり。
結のように腕を振って。
白河のように足を回す。
このバトンには皆の思いが詰まっている。これを無駄にしちゃいけないんだ。
だから俺に出来ることをする。
徐々に前との距離は詰まり、ついに前の生徒に追い付く。どうやら俺のスペックでもどうにかやり合える相手のようだ。
そして。
一人、また一人と抜いていく。
周りの声援が、俺の背中を押す。目立つのは嫌いだけど、こういうのもたまには悪くないな。
「……うおおおお!」
激走の果て。
パンパン! と。
終了の銃声が響く。
こうして、俺達映像研究部の一つの戦いは終わった。
俺達の勝利という、最高の形で。
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