第33話 【体育祭編③】明日香のミス
「暑い……」
「そう言うなよ幸太郎。この暑さもまた、体育祭の良き思い出となろう」
「ならんわ」
テントの下で直射日光を免れることができるのが実行委員の唯一の利点だと言っても過言ではない。
にも関わらず。
どうして俺は直射日光を浴びながら隣にむさ苦しい男を置いているのかというと、それはただ小樽栄達に連行されただけだった。
「俺あっち戻りたいんだけど」
俺は実行委員のテントを指差す。
しかし、なぜか俺の動作に対して栄達はかぶりを振った。
「それはいかん。なぜなら、そうするとまた僕がぼっちになるからな」
「知らんがな」
別にいじめられたりはしてないオタク野郎だけど、特別仲良い生徒もいないからな。
こういうイベントだと誰と一緒にいていいか分からないんだろうな。
「寂しいじゃないか。僕も少しくらい友と語り合いながら体育祭を楽しみたいのだ」
「そうか。じゃあ十分楽しんだよな」
言いながら、俺はよっこらしょと立ち上がる。すると、栄達が汗まみれの体で俺に抱きついてくる。
「ちょっと待てい!」
「くっつくな気持ち悪い! 離れろ! トイレだよそれくらい行かせろ!」
「絶対戻ってくる?」
「戻ってくるよ」
「絶対の絶対?」
「これ以上しつこいと気が変わる」
「いってらっしゃい」
重めの彼女か。
寂しそうな顔をする気持ち悪い栄達を置いて、俺はトイレへと向かう。
午前のプログラムも間もなく終わる。今行われているのはクラス対抗リレー。
クラスの代表者六名がバトンを繋ぎ速さを競う目玉競技だ。午前中の最後の種目でもあるからか、観客背の盛り上がりも一層増している。
「あれ、もしかして八神?」
トイレに向かっていると名前を呼ばれる。俺の知る限り八神という名字の生徒は俺だけだ。
なので、聞き覚えのない声だったけど一応振り返る。
「お、おー」
そこには男が二人。
チクチク短髪の男と坊主の男。体操着じゃないし、この学校の生徒ではないな。
「やっぱり八神か。お前この学校だったんだな」
「ああ、まあな」
すげえ知り合いっぽいな。
ていうか名前もあってるし、確実に相手は俺のことを分かっている。なので知り合いであることに間違いない。
となると思い出せていないこっちが悪い感じになる。
「大原と二人で女子見に来ようって、一般開放されてるこの大幕の体育祭を見に来たんだよ」
大原?
何となくどこかで聞いたことあるような名前。まあ珍しい名前でもないけど。
「言い出しっぺは東浦だろ」
東浦……。
こっちは珍しい名前だ。でも覚えがある。確実に二人は俺の知人だ。
でもそこまで出逢いの場なんてないし、そうなってくるとだいたいの目星はつく。
あ、分かった。
中学のときのクラスメイトだ。
中学の修学旅行で女子風呂覗こうとしてバレてめちゃくちゃ怒られていた大原東浦コンビだ。
「そ、そうなんだ。でも別に女子なんてわざわざ見に来なくても」
「それは共学の余裕ってやつだ」
「俺達は男子校。右を見ても左を見ても、前も後ろも上も下もどこを見ても男しかいないんだ」
あ、そうなんだ。
こいつら男子校に行ったのか。あれだけの性欲持っといてよく男子校なんか選んだな。
「だからこうして他校に出向かないと出会えすらしない! でもそうでもして彼女が欲しい!」
「灰色の高校生活なんてゴメンなんだ! この辺で彼女作って周りの奴らから一歩リードしたい!」
熱量がすごい。
男子校行くとここまで女子に飢えるのか。周りに女子がいる俺って幸せ者だったんだな。
「ということで女の子紹介してくれ」
「え」
大原に言われて俺は短い声を漏らす。
「女友達くらいいるだろ? 中学のときも宮乃と仲良かったくらいだし、ここでもちゃんと友達作ってるよな?」
なにその圧力。
中学のときそうでも高校ではそういかないパターンはあるだろ。
結や白河、涼凪ちゃんなど確かに女子の知り合いはいるが、紹介する気はさらさらない。
こいつらには勿体ない。
「ああ、いや、そうでもないかな。俺ってほら、あんまり目立たない地味系男子だし」
「なんだと!?」
「お前共学で女友達作らないとか怠惰にも程があるだろ!」
二人で責められると勝てない。別に俺は全然悪くないのに、なぜかこっちが悪いみたいな感覚に陥ってしまう。
「あれ、コータロー?」
その時。
今じゃないだろ、というタイミングで今来るべきじゃないだろという人物が俺の名を呼ぶ。
「!?!?!??」
「!?!!?!?」
俺の後ろにいるその生徒を見て、大原東浦は衝撃的な顔をする。まあ、あそこまで女に飢えてる二人がこいつを見ればそうなるわな。
白河明日香。
この学校のアイドルだ。
俺は肩を落としながら後ろを振り返ると、二人に負けない驚き顔になった。
何故なら、目の前にいた白河が何故かチアリーダーの姿をしていたからだ。
白の布に赤のラインが入った上と下。上はノースリーブだし、下のスカートも短すぎてスパッツ普通に見えてる。
髪は動きやすいからかポニーテールのままだった。
「お前、なんだそのコスプ――」
「ん?」
ニコ、と笑いながら圧力だけで俺の言葉を途切れさせる。ああ、そりゃそう言われると怒るか。
「ところで、そちらの二人は?」
「え、ああ中学の時の友達」
俺の後ろの二人がこそこそと小さな声で「紹介しろ」「いい感じに言え彼氏いんの?」とか言ってくる。
「はじめまして。私は八神くんと同じ部活の白河明日香です」
いつもの二倍、いや三倍は表情筋を働かせながら白河はにこやかに挨拶をする。
普段拝むことのない裏の……否、表の顔。学園のアイドルモードの白河明日香だ。
「はははははじめまして! 東浦っす!」
「同じく大原だす!」
めちゃくちゃテンパってるな。第一印象良くないだろそれ。
ていうか、このままここにいるといろいろと面倒そうだし、さっさと退散するか。
トイレもしたいし。
「悪い、俺ちょっと白河と話すことあって。またな」
無理やりに話を終わらせて白河の手を取り、この場から離れる。
「おい八神! 紹介は!?」
「女の子の独占禁止法!」
「また考えとくー」
適当に返事をして逃げることに成功した俺は、白河と共に校舎の中に入る。
昇降口のところで白河の手を離して彼女を振り返る。
「急になによ」
あ、学園のアイドルモードが終わってる。だって表情筋が仕事しなくなってるもん。
「いや、あいつらあのままいたらお前を紹介しろとかうるさかったから」
「別に紹介くらいしたらいいじゃない。減るものじゃないし」
「……紹介って自己紹介じゃないぞ?」
どういう意味か分かってんのか?
「分かってるわよ。そこまでバカじゃないわ。見くびらないで」
別に見くびっていたわけではないが。いつものように口が悪いわりには不機嫌な様子はない。
「なんで紹介しなかったの? 私のことをあの男達に取られるのが嫌だった?」
からかうように白河が言ってくる。こういうことを言ってくるということは、不機嫌どころか上機嫌だ。
「そんなんじゃない。あいつらが本当にいいやつで心の底から大切にしてくれると思えるなら紹介してたけど、あいつらに白河を紹介するのはな、何か違う」
どうせ相手にされないのは分かっているけど、無闇に夢を見せないというのも大事だろう。
白河は大切な友達だ。適当な人間に無責任に紹介とかしたくない。
それに、何となくだけど白河を紹介するのは躊躇った。理由は、本当に何となくだ。
「何よそれ」
「いいだろもう。それより、なんでそんな格好してんだよ? 応援合戦は午後一番だろ」
白組は薫子先輩の提案で女子はチアリーダーの姿をすることになったらしい。
この白河の格好を見ただけでも薫子先輩まじナイスと内心ガッツポーズを決めてしまう。これは多分世の男子全員の意見だ。
「本番前にもう一度合わせようって話だから。競技に参加してない人は集まるのよ」
「……そういうのって着替えなきゃいけないのか?」
「ん?」
奇しく白河が不思議そうな顔をするので俺は説明を付け足す。
「リハーサルって別に体操着でいいだろ。動き確認するだけなんだし。まあ言われてるなら仕方ないけど」
「言われてないわ……ただ集合と聞かされていただけ」
わなわなと、恐ろしいものでも見たときのように顔を青くしていた白河がハッとして外の方を見る。
「どした?」
「今前を通った女生徒。実行委員の人だった!」
「へえ」
「体操着だったわッ!」
ガーン! という効果音が聞こえてくるくらいにショックを受けているのがよく分かる表情だった。
感情表現が豊かなのか苦手なのかわからんなもう。
「ああ、もう、どうして気づかなかったのかしら……」
「とりあえず着替えちゃったし、もうそのまま行けば?」
「こんなコスプレしてその辺歩けるわけないでしょ!?」
大きな声で否定される。
いや歩いてたじゃん。しかも自分でコスプレって言っちゃってるし。
「それに一人だけめちゃくちゃやる気ある奴みたいじゃない」
「まあ、浮くは浮くな」
確実に。
ショックを受け、縮こまっていた白河だったが意を決して立ち上がる。その表情は何かを決意した凛々しいものだった。
「そのまま行く覚悟決まったのか?」
「そんなわけないでしょ。着替えに行く覚悟を決めたのよ。それじゃあね」
そう言って、白河は消えていった。
たまに抜けてるところあるよな、あいつ。普段澄まして何でもない態度でいるから、ああいうときはいじってやりたくなる。
でもここぞとばかりにいじると、後が怖いんだよな。
そんなことがあってトイレに行くことをすっかり忘れていた俺はようやく事を済まして仕方なく栄達の元へと戻る。
「遅いぞ、幸太郎」
「いろいろあったんだよ……ん? なにそれ」
戻ると、栄達の手にはビデオカメラがあった。さっきまでこんなの持ってたっけ?
「さすがに盗撮とかはよくないと思うぞ?」
「失敬な! これは歴とした僕の仕事なのだからして!」
ビデオカメラ使う仕事って何なんだよ、と思ったがツッコむのは止めた。
長くなりそうだし。
それにぶっちゃけどうでもいいし。
相手するのが面倒だった。
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