第32話 【体育祭編②】借り物競争
「絶対勝とうね、こーくん!」
やる気ゲージをマックスにしたような気合いの入った声を出すのは月島結。
次の種目は借り物競争。
俺の数少ない参加種目である。
なぜこの競技にしたのかというと単純に運動スキルどうこうが関わってこないからだ。
俺が参加するのであれば、と結が手を挙げ、我がクラスの代表者はスムーズに決定した。
「まあ、目立たない程度に頑張るわ」
うちだけめちゃくちゃ遅いみたいな展開になると全校生徒の注文を浴びることになる。
それはゴメンだ。
いつもなら俺の行動に微塵も興味を示さないというのに、それが体育祭となれば話は別のようだ。
そりゃ俺の行動一つが組の勝敗に関わってくるのだから、祭りのムードにあてられた今の大幕生なら前のめりで応援してくるだろう。
最後の一人になって、皆の応援とか野次とかの中ゴールする光景を想像すると地獄としか思えない。
「んもう、もっとやる気というものを見せないとだめだよ? せっかくのお祭りなんだから」
半袖の体操着と紺のショートパンツ。頭には赤色のハチマチが締められている。
日焼け止めを塗っているのだろう、ほのかにそのにおいがする。不思議と嫌いなにおいじゃないんだよな、これ。
「そのせっかくのお祭りで雑用係押し付けられてテンション下がってるの」
「全く、もう。仕方ないな。全くだよ、ほんとにもう仕方なく全く」
「日本語機能停止したのか? 急に言葉にバグが起こって……なにしてんの?」
そわそわと頬を朱らめながら結は俺の方を向く。そして全てを受け入れると言わんばかりに両手を広げていた。
「パワーをチャージしてあげようと思って。主にハグで」
「こんな人目の多いところでするわけないだろ。恥ずかしいわ」
「じゃ、じゃあ人に見られてなければいいということかな!?」
ぐいっと、いつにも増して前のめりに身を乗り出して結が言ってくる。祭りの空気でテンション上がってるのはこいつも一緒か。
顔が近くて俺は視線を逸らすが、結はそんなことおかまいなしにグイグイ迫ってくる。
「ほら、もうすぐ始まるぞ」
そして、借り物競争開始のアナウンスが流れる。
借り物競争は一クラス男女一人ずつ合計二人が参加し、一年から三年まで順に行われる。
最初は一年生から始めるので俺達は待機スペースにて座って出番を待つ。
俺と同じ考えの人が多いのか、借り物競争の参加者はどちらかというと運動が苦手そうな生徒が目立った。
「あ、見て。涼凪ちゃんだよ」
「へえ」
一年生の参加者の中に橘涼凪ちゃんがいた。あの子も運動とか苦手そうだもんな。
いつものリボンを頭に装着しているが、今日はさらに短い髪を縛っている。
体育祭なので気合いが入っているのか、それとも入れているのか。
パン! という銃声と共にスタート。まず女子がスタートし、お題をクリアすると男子がスタートする。最終的にゴールに先に辿り着いたクラスに順にポイントが割り振られる。
涼凪ちゃんはお題の紙を手に取り、中身を見ると少し難しそうな顔をする。
そして周りをきょろきょろと見渡して、目的の何かを探していると俺と目が合って、ぱあっと表情を明るくする。
え、俺?
「あ、あの」
たたたっと駆け寄ってきた涼凪ちゃんが申し訳なさそうに俺に声をかけてくる。
「先輩、ちょっと一緒にいいですか?」
「俺?」
「はい。お願いします」
「まあ、いいけど。同じ組だし、協力しない手はないな」
涼凪ちゃんも紅組なのはハチマチを見ると分かる。このスピードなら上位も十分狙えるだろう。
「あの、じゃあ」
そう言って、涼凪ちゃんは俺に手を差し出してくる。それに驚いた俺は思わず声を漏らす。
「手を?」
「えと、お題に書いてるんで……」
「手を繋ぐって!?」
俺が驚くと涼凪ちゃんは無言でこくりと頷く。そう書いてるのなら仕方ないか。
こんなことしてる間にもゴールを目指す生徒は増える一方だ。
「まあ、そういうことなら」
俺は涼凪ちゃんの手を取って、そのままゴールへと向かう。後ろから感じる視線は多分結のものだろう。
振り向くのが怖いのでスルーしとこう。
そして、涼凪ちゃんがお題を係の人に渡して、それを確認してもらう。係の人は俺を一瞥してからオッケーの合図を送る。
そして第二走者がスタートした。
「それでお題ってなんだったの?」
「先輩です」
「俺?」
「あ、そうじゃなくて」
そう言って、涼凪ちゃんは俺にお題の紙を見せてくれた。そこには『上級生』と書かれている。
それに加えて『手を繋いでゴール』というのも確かに書かれていた。
「助かりました。手を繋いでゴールできるような先輩のお知り合いは先輩しかいなかったので」
「そうなんだ」
まあ部活とかに入らない限りは先輩後輩との関わりって中々持てないしな。
「それに、手を繋ぐとなると誰でもいいというわけにはいきませんから」
ふふ、と笑う涼凪ちゃんが可愛らしくて、今までの疲れが一気に吹っ飛んだ気がした。
一年生が終わり、次はようやく我々二年生の番が回ってきた。
さっさと終わらせて休憩するとしよう。
二年生も同様に女子スタートの男子が二番手という順番らしく、気合いの入った結が準備体操を始める。
「そんなことわざわざしなくても」
「準備体操は大事だよ。こういうことを怠ると怪我に繋がるんだから」
言ってることはご尤もだけど。
そうこう言っているうちにスタートの銃声が鳴り響く。
結は中々のスタートダッシュを切ってリードを奪う。しかし走力の問題的に追いつかれるが、お題の紙を見た瞬間に走り始める。
当たりのお題だったか?
「こーくん、一緒に来て!」
「え、また俺?」
「そうだよ。ちなみに手を繋ぐというお題も書かれていたからそれもよろしくね」
そう言う結の顔は嬉しさに満ち溢れていた。さっきの涼凪ちゃんのを羨ましそうに見てたからな。
「まあ、いいけど」
ゴールはすぐ横なので、もはや手を繋ぐ必要あるのかと疑問を抱くが、ルールはルールだしと俺は差し出された結の手を掴む。
そして係の人にお題の紙を渡す。
「んー」
俺のことを「またお前か」と見ていた係の人はお題の紙を見て難しい顔をする。
「この人ですか?」
「はい! この人以外には考えられません!」
「はあ。まあ感覚は人それぞれだし」
結のあまりにも自信に満ち溢れた返事に、難しい顔をしていた係の人はオッケーのサインを出す。
「ちなみに何だったの?」
俺が尋ねると、結が自信満々にお題の紙を見せてくれる。
そこには『イケメン』と書かれていた。
そりゃ係の人も悩むわけだよ。
こんなこと自分で言うのもなんだけど、俺イケメンじゃないし。
「あんま係の人困らせるなよ……ていうか」
俺はもう一度お題の紙をよく見てみる。
「手を繋ぐ指示書いてねえじゃねえか!」
「ちっ、バレたか」
わざとらしく舌を鳴らした結は、しかし幸せそうな笑顔を浮かべる。
そんな顔をされるとキツくは言えないじゃないか。
いや、そんなことより俺もさっさとスタートしなければ。
「こーくんファイト!」
結に見送られ、俺はグラウンドの中央にあるテーブルから一枚の紙を引く。
そこにも係の人が立っており、引き直しという不正を防いでいる。つまりここで厄介なお題を引いてしまうと終わりだ。
俺は恐る恐る紙を開いて、中を覗く。お題を見て、俺は安堵の息を漏らす。
そこまで難しいお題ではなかった。
問題は誰を選ぶか、だ。
紙に書かれていたお題は『美少女』だった。さっきの俺の例からぶっちゃけ誰でもいいんじゃないかとも思うが、俺は文句なしの生徒に心当たりがある。
俺は結の方を見る。
月島結。
今や密かにファンクラブが設立されているらしいし、つまり誰もが可愛いことを認めている証拠だ。
さっき俺を連れて行ったこともあり声をかけるハードルも低い。
ただ多分あとでめちゃくちゃ調子乗るから鬱陶しい。
できれば避けたい。
次に見たのは涼凪ちゃん。
橘涼凪。
彼女も普通に可愛い。結同様に協力したから声もかけやすい。あのレベルの可愛さなら悩まれもしないだろうし、調子にも乗らない。
ただ、一年生の中に入っていくのがどうにも気が乗らない。できれば避けたい。
他にも薫子先輩や倉瀬など、美少女と呼ぶに足る容姿を持つ知り合いはいるが、居場所が分からん。
探すのが手間だ。
結果。
俺は一人の生徒の顔を思い浮かべ、走り出す。
誰もが認める容姿を持っており、声をかけれるレベルに顔見知りで、だいたいどこにいるのか分かる奴。
俺は体育祭実行委員のテントに辿り着き、案の定そこにいた女子生徒を見る。
彼女は驚いた顔で俺を見ていた。
「一緒に来てくれ、白河」
「……私、白組なんだけど」
そうなんだよなあ。
なんでお前白組なんだよ。
「そこを何とか」
頼む、と俺は手を合わせて懇願する。押しに弱いところあるしこのままいけば折れてくれるだろ。
「お前しかいないんだよ! 俺の知り合いの中でお前ほどこのお題に合う生徒がいない! 文句なしのゴールがしたいんだ!」
「……何なのよ、そのお題って」
「それはゴールするまで伏せておくのがルールだから。ついてきてくれれば見せてやれるぞ。ぶっちゃけこのままだとモヤモヤするだろ?」
俺が捲し立てると白河は恨めしそうに半眼で俺を睨みつけてきた。
こう言えば白河の性格上、ついてきてくれる可能性は上がる、と思う。
「仕方ないわ。ただし、つまらない内容だったら許さないわよ」
「……まあ、はい」
ようやくその気になってくれた白河を連れて俺はゴールまで戻る。
係の人にお題の紙を渡し、白河と見比べて迷いなくオッケーサインを出し、見事ゴールイン。
「それで、結局なんだったわけ?」
「ああ。これだ」
俺は紙を開いて白河に見せる。
そこに書かれたお題を見た白河は、白い頬を朱色に染める。そこまで照れることないのに。
「ふ、ふん。コータローが私をどう思っているか分かったわけだし、今回は許してあげる」
喜びを抑えきれずに笑みをこぼしながら白河は言う。褒められれば誰だって喜ぶか。
にしては、喜び過ぎな気もするが。
「客観的に見ての話だよ」
「照れちゃって。こんな美少女が協力してくれたんだから、今度お昼でも奢りなさいよ」
「あー、はいはい」
何だかんだ、高くついてしまったか?
これなら結や涼凪ちゃんを選んだ方がよかったかも、そう思いながら二人の方を見ると、なぜかすごい恨めしそうに俺を睨んでいた。
戸惑う俺の肩をぽんと叩いて元の場所に戻っていく白河は、鼻歌混じりに歩くほどに上機嫌だった。
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