第16話 良くない傾向


 目撃されると厄介だという、何とも芸能人染みた理由で学校を離れた俺と白河は俺の家の最寄り駅まで戻ってきた。


「あまり繁盛してない若者からの人気をどうも獲得できない人の目を気にせずにゆっくり過ごせる喫茶店でお馴染みなのが、この店だ」


 喫茶店『すずかぜ』にやってきた俺は店内に入り白河にこの店を紹介する。


「やり直してください」


 受付に来た涼凪ちゃんがムスーっと頬を膨らませながら睨んでくる。怖くはないが、聞かれてしまっては仕方ないのでやり直すとしよう。


「店内が静かで落ち着けるケーキの上手い喫茶店、それがこの店だ」


「合格です」


 満足気に笑う涼凪ちゃんに席に案内される。

 案の定、というとまた怒られるだろうが、店内にはちらほらと客がいる程度。例によって地元のジジババだ。


「ていうか先輩、また違う女の子ではすか?」


「また?」


 涼凪ちゃんの指摘に反応するのは白河だ。


「またって言うほどは連れてきてないだろ」


「つまり連れては来たと?」


「友達と喫茶店に来るのは普通のことだ。お前だってちゃんと連れてきたじゃないか」


「今回のところは大目に見てあげるわ」


 俺は女の子と喫茶店に来る事さえ許されてないの? ていうか、一緒に喫茶店行くような女子なんて片手で事足りるくらいしかいないぞ。


「おモテになって、さぞ気分がいいことでしょうね」


 作り笑いが怖い。

 席に案内されて、白河はメニュー表を眺める。運ばれてきた水をぐびっと飲み干しておかわりを要求した頃、白河がメニュー表から顔を上げた。


「おすすめは?」


「ショートケーキ」


「じゃあそれでいいわ」


「ショートケーキ二つ。あとカフェラテも一緒にお願い。白河は飲み物は?」


「……同じものでいいわ」


「だ、そうです」


「はい。ではもうしばらくお待ち下さい」


 涼凪ちゃんは注文を取って戻っていく。相変わらずホールスタッフが一人で足りている。

 まあうるさいくらいに繁盛されても、この雰囲気が好きな俺としては残念だが、経営が心配ではある。


「コータローもこういう喫茶店に来るのね」


「まあ、たまにな」


「たまに、の仲の良さではなかったように思えるけど?」


 涼凪ちゃんのことを言っているのだろう。話すほどの経緯はないが話すとなると面倒くさい。

 なので。


「中学の後輩なんだよ」


 嘘ではないのでこれはセーフだろう。

 とはいえ、そこまで頻繁に校内で関わっていたわけではない。彼女には彼女のグループがあったからだ。


「ふぅん。可愛い後輩を持って、コータローはさぞかし嬉しいでしょうね」


「まあ、いないよりはいた方がいいよな」


 可愛い幼馴染、可愛い部活仲間、可愛い後輩、字面だけ見れば何ともリア充のようだ。

 けれど、俺はリア充ではない。

 今の俺は、まだそんなところに立ってはいけないのだ。


「そういえば」


 俺が少し考え込んでいると、白河が思い出したように言う。

 その声に、俺はハッとして我に返る。


「な、なに?」


「体験入部期間の結果、というか経過について思うことはあるのかしら?」


「ああー」


 先週の末に新入生歓迎会が行われた。そこで各部活は新入部員獲得に向けて様々なアピールをした。

 そして今週一週間が、その体験入部期間というものだ。

 うちの学校は全新入生が期間内に最低でも一回は体験入部に行かなければならない。

 事前に申告してから向かうシステムなので放課後前には当日の体験入部者数が分かるのだ。


「まあ、どうなんだろな」


 我が映像研究部にもそれなりに体験入部には来た。だが、どれも手応えは感じなかった、というのが本音だ。


「初日は割と動員数よかったのにね」


「そのほとんどがお前目的だったのは見え透いていたが」


 新入生歓迎会で白河を見た新入生が期待に胸を膨らませて見学に来た。が、あまりの地味っぷりに二日目からは一気に数が減った。

 今日に至ってはゼロである。


「このままだと新入部員獲得は厳しいんじゃないの?」


「といっても、どうしようもないしな」


「去年、コータローは映研に体験入部に行ったんだっけ?」


「行ったよ」


「どんな勧誘を受けたわけ?」


「……たぶん、お前と似たような感じだよ。無理やりにというか、押して駄目なら押し倒せのスタイルで」


「……はは」


 白河は容易に想像できたのか乾いた笑いを見せた。

 白河が入部したのは夏休み前。体験入部には来ていないようだ。というか去年も人気はなかった気がする。


「コータローが押し倒せばいいじゃない?」


「柄じゃねえよ。それに押し倒すならお前の方が適任だろ。来てるの男子ばっかなんだから」


「嫌よ。好きでもない男になんて触れたくもないわ」


「ですよね」


 分かっていたことだ。

 去年の映研があったのは部長である三橋薫子の力が大きい。代々ああいうタイプの人がいたのだろうか?

 だとしたら今年はそういうのがいないからピンチだよ。俺が部長にされてる時点でお察しだ。


「一応、栄達がそれっぽいことはやってるけどな」


「裏目に出すぎ」


 今回、部員獲得に一番気合いを入れているのは栄達だ。もうあいつが部長やればいいのに、と思うし、言ったこともある。

 断られたが。


「体験入部期間が終わってもチャンスはあるだろうし、焦ることもないだろ。ただ、一番のチャンスを逃したってだけで」


「焦るべき事実だと思うけど」


 珍しく白河にまともなツッコミを入れられてしまった。

 しかし。

 とはいえ、今さら焦ってもできることは何もない。今度、その辺について話し合ってみるのもいいかもしれない。

 そんなことを考えていると、ケーキが運ばれてきた。


「美味しい」


 ショートケーキを一口食べた白河が、普段あまり見せることのない綻んだ顔を見せたことに驚いた。

 その顔を見れたのが、今日一番の収穫だったかもしれない。

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