第14話 連絡先
「おい」
昼休み、トイレに向かう最中に呼び止められて俺は足を止める。
ヤンキーのような迫力ある呼び止め方の割に声がものすごく可愛らしい女の子のもので戸惑ったが、誰なのかは確認するまでもなかった。
が。
一応答え合わせはしておこう。
「はい?」
「ちょっといいかしら?」
栄達風に言うのなら白河明日香嬢である。
相変わらず綺麗な銀髪、まるで宝石を詰め込んだような輝く碧眼。白い肌はまるで雪のようで、水色のカーディガンが覆う胸は誰かさんとは違い見ただけで大きいのが分かる。
こんなことを言うと結がうるさいので口にはしないが。
「トイレ行きたいんだけど、それ終わってからじゃダメ?」
「私を待たせて用を足そうなんてコータローのくせに生意気言うじゃない」
「俺にはトイレに行く権利すらないというのか!?」
「ないわよ」
白河は一組。二組の教室の隣にあるので会おうと思えばそこまで面倒ではない。
が、俺から彼女に会いに行くことは中々ない。会わない理由はないが会う理由も特にないのだ。
「冗談よ。さっさと済ませてきなさい」
教室を出たところで捕まったのでわざわざ俺が出てくるのを待っていたのだろう。呼んでくれればいいものの、教室に入ってこないのには何か理由があるのだろうか?
許しを得たので俺は駆け足でトイレに駆け込みさっさと用を足す。手を洗い戻ろうとするとトイレ前で待っていた。
「遅いわ」
「速い方だよ。ていうか、俺に用事があったのか?」
「コータローの分際で用事を作ってもらえると思っているのなら傑作よ。笑いが止まらない」
「ならせめて笑えよ」
真顔じゃねえか。終始。
「でも待ってたんだろ?」
「ええ。ずいぶんと待たされたわ」
「それが本当か嘘かは分からないけど、呼んでくれればよかったのに」
「教室に入ってあなたを呼べと言うの? あるいはクラスの誰かにあなたを呼び出してもらうと? 冗談は止めてよ」
「一切冗談はなかったんだけど」
「私とあなたが友達だなんて不名誉な勘違いをされたら困るじゃない」
世の中にはツンデレというものがあるらしい。中々の人気を誇るキャラクター性だと栄達が言っていたが、俺にはよく分からん。
白河が俺にデレるということはないが、つまりこんな感じの刺々しい言葉を投げかけてきて、たまにデレデレしてくるんだろ?
……いやあ、最初からデレデレしてくれた方がいいだろ。
「……じゃあ携帯で連絡くれればよかっただろ」
俺がそう言った瞬間、白河の眉がぴくりと動いた、ような気がした。そして何故だろう、俺を見る目がさっきよりも鋭い気がする。
「何かまずいこと言いました?」
「別に」
ならよかった、と胸を撫で下ろそうとした時だ。白河が「ただ」と不吉な接続詞を付け足してくる。
「私、あなたの連絡先知らないのよね?」
今の白河の後ろに漫画的表現を加えるならば恐らく『ゴゴゴゴゴゴ』だろう。それくらいの威圧感が放たれていた。
ていうか。
「そうだっけ?」
「ああ、そう。コータローは私の連絡先を知らなくても何も問題がないから気づきすらしなかったんだ?」
「怖いよ。顔が」
「まあ別に、私もこれまで全くといっていいほど必要としていなかったから困ることはなかったのだけれどね!」
「じゃあ問題ないやないすか」
「あ゛あ゛?」
俺はどうしたらいいんだ?
眉は吊り上がり、眼光は鋭く、ただならぬ空気を放つ白河に俺は言葉を失った。
あと一応ここトイレの前だからな。そんな場所でする話じゃないと思うんだけど。
「トイレ前からは移動しないか?」
「……」
俺の提案に白河は難しい顔をする。少し考えてから、鼻から息を漏らした。
「そうね。人の通りが少ない方が好都合だわ。なんならゼロなのが理想よ」
「俺今から何されんだよ……」
場所を変えることでさっきまでの白河の威圧感は少しだけ和らいだ。そんなつもりはなかったが、場所変更の提案が功を奏したようだ。
白河に連れられ、俺達は階段の踊り場にきた。校舎裏とかに連行されたら命の危険を感じてしまうところだった。
踊り場が人の通り少ないのか、と疑問に思えるが俺達二年一組二組のある階は三階で、その上は使用する教室などないため人が通ることはほぼない。
「それで俺への要件だけど」
「その前にさっきの話の続きよ」
誤魔化せなかった。
さっきの話の続きはどこでまた白河が不機嫌になるか分からないから避けたかったのだが。
「続きも何も」
「あなた、小樽の連絡先は知っているわよね?」
「そりゃ、まあ」
友達だしな。
休みの日に出掛けたりもするから知らないと面倒だし。
「月島さんの連絡先も交換していたはず」
「何で知ってんの?」
「月島さんがこれでもかというくらいに惚気けてきたからよ」
あ、またちょっと顔が怖くなった。
結のやつ、余計なことをしやがって。そのせいでお前の幼馴染がどんな目に合っているか知りもしないだろうよ。
「部長の連絡先も知っていたわね?」
「それはお前も知ってるだろ」
部長、といっても今は引退したので前部長というのが正しいが俺達にとって部長はあの人だけだ。
俺は部長と呼ばれる柄でもないし。
「ていうか、それがどうかしたの?」
「あんたの鈍さに頭痛がするわ。そこまで察しが悪いと空気の読めなさだけで天下が取れそうね」
「取れねえよ……」
たまにわけの分からんことを言うなこいつは。
白河はむう、と顔をしかめながら俺を睨んでいた、かと思えば視線を下の方に落とす。
彼女の手にはスマートフォン。
そこまで見て、俺はようやく一つの答えにたどり着く。
「……連絡先、交換しとくか。同じ部活の部員だし知らないってのもあれだよな」
この一言を俺に言わせたかったのか。
何とも回りくどく面倒くさいことか。
「……ふ、ふん。仕方ないわね。あんたが知りたいと言うのなら教えてあげるわ」
「はいはい。ありがとうございます」
もう何でもいいや。
さっさとこの時間を終わらせよう。
「何よその態度。言っとくけど、そこら辺の男子なら尻尾振って喜ぶわよ」
「わんわんわおーん」
「舐めやがってッ!」
それに、一年の時は連絡先なんて知らなくても全く困らないくらいにしか関わらなかったけど、先輩らが引退してからはよく話すようになった。
俺は白河を友達だと思っているし、友達なら連絡先くらい知っておいて損はないだろう。
怒っているような口ぶりを見せながらも、さっきのような不機嫌な雰囲気は感じなかった。
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