第13話 喫茶店
土曜日の昼下り。
春に相応しい暖かい気温の中を歩く。
近所の桜並木はその名に恥じない満開っぷりを見せていたが、ついにその花を散らせはじめていた。
そんなことを話しながら俺達が向かったのは駅前のカフェだった。
どこかに遊びに行くという考えもあったが、どこに行っても人が多いだろうからレジャー施設は諦めた。
散歩しながら適当に甘いものでも食べようと思い、駅前まで出てきたのだ。
「ここはあんまり混んでないね?」
「周りに何もないからな。若者はもうちょい栄えてる駅まで出るだろうし大人は車があるからな。土曜でもいるのはジジババくらいだろう」
「ひどい言いようだ……」
事実である。
この喫茶店はよく利用するが満席になっているところを見たことがない。待ち時間がないというのは大きな利点だ。
「全くです。事実だからといって、何を言ってもいいわけではないんですよ」
入店した俺と結の前までやって来て、その店員は呆れたような口調で言いながら盛大な溜め息をつく。
「お、涼凪ちゃん」
「こんにちは、先輩」
彼女は
この喫茶店『すずかぜ』で働く高校一年生だ。この店に通うようになって話すようになった。
黒髪ミドル、両側にある赤色のリボンが特徴的な女の子である。
制服はないようで、スカートとシャツの上からエプロンをつけている。小ぶりなスタイルもスラッとしたシルエットのおかげかあまり気にならない。
「涼凪ちゃん?」
俺が彼女の名前を呼んだことにピクリと反応した結は、涼凪ちゃんを睨みつける。
それに怯えるように、顔を引きつらせて俺の方を見る。
「こっちは月島結。俺の幼馴染で現在はクラスメイトだ」
「そして未来のお嫁さんです」
「違います」
「違うみたいです。なら未来の彼女さんです」
「未来は未定です」
「ええー! 違うのー?」
「自己紹介でする話ではないことだけは確かだよ」
いきなり何を言い出すかと思ったら油断も隙もないな。この感じだとどこで何を言いふらしているか分からないぞ。
「そしてこちらは橘涼凪ちゃん。同じ大幕の一年生だ。この店に通ううちに話すようになった」
ふうん、と結は涼凪ちゃんの顔から胸、そして腰から足元へと視線を移動させる。
胸の部分で一瞬彼女の表情が歪んだのはたぶん気のせいだろう。大丈夫だよ、そこまで差はないよ。
「かわいい」
「あ、ありがとう……ございます」
ぐぬぬ、と悔しそうに呟いたのはそんな言葉だった。その表情の真意は何なのだろう。
しかし、涼凪ちゃんが可愛いということには同意だ。中学生に上がる前からこの店の手伝いをしていたらしく、今や看板娘といってもいい。
まあ来るのは常連のジジババばっかりなんだけど。
「お席に案内しますね」
店内はそこまで広くはない。カウンター席とテーブル席があり、テーブル席にも二人席と四人席が用意されている。普通のイスの席もあればソファの席もある。
このキャパシティでそこまで混まないので従業員も多くない。マスターである涼凪ちゃんのお父さんと涼凪ちゃん、たまにお兄さんが手伝っているくらいだ。
「ご注文が決まったら呼んでください」
「ああ」
涼凪ちゃんはぺこりと頭を下げて引っ込む。周囲を気にし、客のヘルプサインを見逃さないスタッフの鑑だ。
「ここのおすすめはショートケーキだ」
「そうなの?」
「ああ。マスターが直々に作っているらしいけど味が素晴らしい。何が素晴らしいかと聞かれると難しいけどとにかく素晴らしい」
「へえ。じゃあそれにしようかな」
「俺もそうしよ」
涼凪ちゃんを呼び、注文を済ませる。
俺はこの店の静かで落ち着いた雰囲気が好きなのだ。繁盛していない、と言いたいわけではなく客の質がいいと言いたい。
読書や勉強をするのにちょうどよく、中学生の頃からよく利用しているので客にも顔を覚えられた。
「お待たせしました」
奥に引っ込んで少しすると涼凪ちゃんがお盆を持ってやって来る。
俺の前にショートケーキとカフェラテ。結の前にショートケーキとオレンジジュースを置く。
提供の速さにも定評がある。俺の中でだが。
「失礼します」
ぺこりと頭を下げて、涼凪ちゃんは戻っていく。その姿を見て、結が感心するように声を漏らした。
「どうした?」
「んーん、しっかりした子だなと思って」
「子供の頃から手伝いしてるからじゃないか? 俺が出会ったときはもうちょいたどたどしかったぞ」
言葉遣いもそうだが一挙手一投足の動作が綺麗なのだ。意識していなければあれは中々できない。
そしてそれを常に保っている涼凪ちゃんはやはり凄い。
「そうなんだ。当然だけど、人って成長するんだね。わたしもバイトとかしようかなあ」
「いいんじゃないか。お前ならだいたいのことは卒なくこなしてしまうだろ」
「それはこーくんもでしょ。何でもできるじゃない」
「まあ、言い方的には正しいけど意味は全然違うけどな」
「?」
俺の言っている意味は伝わらなかったようだ。それならそれでいいんだけど。
俺の場合は器用貧乏。ある程度のことはできるが突出したものはない。結はあらゆることが高クオリティでできる。
謂わば俺の上位互換だ。
「ほんとだ。美味しい」
さっきの会話はもう終わりと言わんばかりにケーキを口にして感想を漏らす。
「だろ」
「うん。ケーキ屋さんで買うのより美味しいかも」
「ショートケーキ一択なのがこの店の惜しいところだ。他にも種類があれば尚の事いいんだけど」
「確かにないね」
結がメニューを見ながら言う。
チョコケーキとか、ミルクレープとか食べたくなるんだよなあ。ショートケーキのクオリティで種類を増やすのは大変なのだろうけど。
「まあそれを差し引いても通うに足る良さがあるんだけどな」
「うん。こーくんの言っていたこと、よく分かったよ。近くにこんないいお店があったなんて知らなかった」
と、そんな感じで他愛ない雑談をしながら過ごした休日の午後はそれなりに充実したものと言えた。
その後、スーパーでカップ麺のストックその他もろもろの買い物を済まし、俺の休日は終わった。
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