第12話 デートじゃない


「普通に美味いな」


 テーブルの上に並べられたカレーを一口食べて、俺は正直な感想を漏らす。

 もっと言うと、少し警戒していたところがあるので思わず漏れ出たといってもいい。

 俺が二口目を口にしていると、前に座る結がにへらっと表情を歪める。


「えへへ、それはよかった」


「これはあれか、実はおばさんが作ったみたいなパターンか?」


「わたしが作りました」


 即答された。

 しかしカレーというのは逆に不味く作る方が難しいとさえ言われている料理初心者にもってこいの一品。

 これを作れたからといって料理が上手い、ということにはならないが今回のところは素直に褒めておこう。


「ほんとに美味いわ。カップ麺でも食おうと思ってたからマジ助かった」


「えへへ」


 照れながら結もカレーを食べる。

 そんな結を横目に俺はサラダを口にした。サラダはこっちに来てから結が冷蔵庫の中の野菜を適当に切ったものだ。


「ていうか、お前も昼飯まだだったのか?」


「うん。どうせならこーくんと一緒に食べようと思ってね」


「俺が済ませてたらどうしてたんだよ」


「その時は仕方ないからわたしが食べてるところを見ててもらってた」


「なんだよその時間……」


 わざわざ来てもらっただけに断りづらい状況だ。しかもこいつ冗談じゃなくてマジで頼んでくるから笑えない。


「こーくんとお昼食べたかったっていうのもあるけど、両親が家にいなかったっていう理由もあるんだ」


「どっか行ってんの?」


「うん。お買い物」


 結の両親といえば凄く仲のいいイメージがある。結婚してから何年も経つだろうに新婚のようなバカップル感が溢れていたのは子供ながらに感じていた。

 あれから結構経つが、その辺は変わってないのか。


「なんかね、お父さんが出張しなきゃいけないみたいでその準備だって」


「へー、大変なんだな。まあ出張っていえばタダで旅行できるくらいのイメージしかないけどな」


「わたし達からしたらそんなもんだよ。実際ちょっと楽しそうだったし、案外悪くないものなのかも」


「そういうことならお前もついていけばよかったのに。そしたら豪華なランチでも食べれたかもしれないぞ?」


「んー、でもわたしは特に欲しいものもなかったし、お父さんとお母さんはデートだーってはしゃいでたから邪魔しないでおこうかなって」


「……やっぱり相変わらずなのか」


 娘に気を遣われてどうする。

 二人のお出掛けにはしゃぐおじさんとおばさんの姿が容易に想像できてしまう。

 うちの母が仕事で忙しいこともあり、小さい頃はよくお世話になったものだ。

 今度挨拶にでも行こうかな。


「それで一人でご飯食べるのも味気ないなあと思ってやって来たのです」


「鍋つかみして鍋持ったまま?」


「うん。だってタッパーとかに入れ替えるの面倒だったんだもん」


「俺をそっちに呼べばよかっただろ」


「呼んだら来ないかもしれないじゃん。ちょっと動くのかったるい、とか言って」


 芝居がかった口調で怠そうに言った結はくすくすと笑う。

 確かにあの体の怠さだともしかしたら適当に言い訳つけて断っていた可能性もあるか。いや、でも昼飯なかったしなあ。


「んなことないよ。ちゃんと行ってました」


 うん。

 きっと行ってた、と思う。たぶん。きっと。

 そんな俺の言葉が信用できないのか、結は疑うように半眼を向けてくる。

 しかし、暫く睨まれていると、おかしくなったのかくすりと笑い出した。


「ふふ、そういうことなら今度は招待するね。来るまで電話かけてあげるんだから」


「怖いよ。しつこいと着拒するって言ったろ」


「あらゆる電話からかけるから心配しないで。町中の公衆電話を駆使するよ」


「絶対止めてくれ……」


 んなもん、ある種のホラーだぞ。

 なんて話をしながら昼食を済ます。洗い物くらい俺がやると言ったのだが、わたしがやるの一点張りだった結に任してリビングでテレビを見る。

 といっても特に観るものもないので適当につけたワイドショーを眺めているだけだ。


「こーくんは昼から予定とかあるのかな?」


 キッチンの方から声をかけられた。


「いや、ねえよ。今日は一日中家でダラダラする予定だったからな。そういう意味では予定はあることになるけど」


「その予定は変更可能?」


「ああー、まあ、提案次第では」


 着替えたし、飯も食ったし、こうして誰かと話していると目も覚める。何なら体の怠さもなくなってきた。


「それじゃあお出掛けしない?」


「どこに?」


「えと、そう言われるとパッとは出てこないけど。どこかに」


「……まあ、別にいいけど」


 最近春休みもあったけど、ロクに出掛けてなかった気がするし、たまには外に出てもいいだろう。


「わーい! こーくんとデートだぁ!」


「別にデートとかそういうんじゃねえよ!」


 キッチンではしゃぐ結に俺はツッコミを入れる。


「ええー、デートだよ? これがデートじゃないなら、一体何がデートだと言うのかな?」


「そりゃ、お前あれだよ、彼氏彼女が出掛けることを言うんだよ」


「でも恋人になる前にもデートはすると思うけど。デートを重ねてお互いを知り合って、そうして仲を深めるんじゃないの? あれはデートだよ?」


「……恋人になりうるならデートかもしれないけど」


「じゃあわたし達のもデートと言って差し支えないよね」


「そういうことじゃなくて」


 デートとか言われると何か急に照れるんだよな。もっとラフな気持ちで出掛けたいのに何故か構えてしまうというか。


「気持ちの問題なの。俺がデートじゃないって思ってるからデートじゃないんだよ」


 もう自分でも何言ってるか分からない。


「じゃあわたしはデートだと思ってるからデートだって思っとくね」


「……ああ、もうそれでいいよ」


 たぶんこれ以上言い合っても勝てない。なのでこの辺で折れておこう。だって、俺が間違えてるのだから。


「ああー嬉しいなぁー、こーくんとデートだなんて!」


「いちいち口にしないでもらえますかね?」


 やっぱり口にされるとこっ恥ずかしい。なにせ過去にデートなんてしたことないのだから。

 なので注意してみたが、その後も散々連呼してくる結は至極嬉しそうで、結局俺が諦めたのだった。

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