第11話 休日のご訪問


「……腹減った」


 土曜日。

 呟きながら、俺は壁に掛かった時計に視線を向ける。

 まもなく一二時。普通に起きて普通に過ごせば普通にお腹が空く時間である。

 何のやる気も起きないので、起きたはいいものの寝転がりながら時間を過ごして今に至るのだが、こんなことなら布団にいればよかったと後悔した。

 昼まで寝ることもあるけど、あれはあれで一日を無駄にしてしまった感に襲われるしなあ。

 でも起きたけど結局無駄に過ごしたんだよなあ。

 

 とはいえ、今さらそんなことを言っても遅い。

 そしてどれだけ何を言おうと腹は膨れない。この空腹を満たすには何かを食べるしかないのだ。


 別に料理ができないことはない。簡単な料理なら作れるし味にこだわりや熱意を注がなければネットでレシピ調べたりすればどうとでもなる。

 だが。

 面倒くさい。

 今日は特に何もする気にならない。外で食べようにも外に行く気もしない。


「カップ麺とかあったかな」


 一応非常食として数個のストックは置いてあるはずだ。晩のことは考えず、とりあえず昼はそれで凌ごう。


 ちなみに。

 今日は母さんはいない。普段ならこの時間はガッツリ押し入れの中で惰眠を貪っているところだが、珍しく朝に少しだけ仮眠程度の睡眠を取り、俺が起きたくらいの時間に家を出ていった。

 理由を聞いたが急いでいたらしく「説明してる暇はないわ!」とだけ言われた。

 相当急いでいたようだ。


「……あれ」


 キッチンに移動し戸棚を漁ったがカップ麺が見当たらない。奥の奥、戸棚周辺を探すがやはりない。

 どうやらこんな時に限ってストックを切らしているらしい。

 俺はがっくりと肩を落とす。

 よりにもよって、なんで今日なんだよ。なんて考えていてもカップ麺が転がってくることはない。

 仕方ないから買い物に行くついでにどこかで飯食うか。


 と、自分の中のやる気スイッチを探してみるが中々起動しない。ぼーっと立ち尽くしているとインターホンが鳴った。

 この時間のインターホンなんて宅配便か何かのセールスくらいしか鳴らさない。どっちでもいいから食い物を持ってきてくれないだろうか。

 もし食べ物を売りに来たのなら、セールスにも寛大な心で向き合える気がするぜ。


「はいはい、どちらさんですか?」


 ドアを開いて外に顔を出す。


「あ、こーくん。こんにちは」


 そこにいたのはセールスのおばさんでなければ宅配便のお兄さんでもなく、幼馴染の月島結だったので俺は驚きのあまり言葉を失った。

 そりゃあ失うよ。

 思わず失っちゃうよ。


「どうしたんだ?」


 何とか言葉を絞り出す。

 結は手に持っていた鍋を掲げる。


「おすそ分けに来たんだけど」


「……はあ」


 こいつの家、昔と同じ場所なのかな。だとしたら一〇分はかからないだろうけど五分以上はかかるぞ。

 鍋持っておすそ分けはマンションとかの隣の人がするやり方だろ。恥ずかしいとかなかったのかな。

 エプロンしたままだし、何なら手には鍋つかみをしたままだ。それで五分は歩けねえよ。


「お昼もう食べちゃった?」


「いや、まだだけど。何なら何も食うもんなくて途方に暮れてたくらいだけど」


 すると結はほっと胸を撫で下ろすように小さく息を吐く。


「よかった。もしかしたらお昼作るのが面倒でカップ麺とか適当に食べようとしたらストックが切れてて困ってたりしてるかなと思って来たんだけど余計なお世話にならなくて」


「そこまでいくともう怖いよ」


 エスパーというよりストーカーを疑うレベルの把握力なんだけど。

 まあ、有り難いことに変わりはないのでいただくけれども。


「とりあえず上がれよ」


「ありがとー」


 俺はドアを開いて結を中に入れる。緊張しているのか、結は妙にそわそわしているというか頬が微かに朱色に染まっている。

 しかし。

 普段制服姿しか見ていない女の子の私服というのはどきどきしてしまうものだ。見たことあるといってもあれは子供の頃。今とは全くの別物といっていい。


 髪はいつものようにストレートなのかと思ったがよく見るとハーフアップでまとめてある。

 白のロンTにワンピーススカートと春らしく清楚な印象を受ける可愛らしいコーディネートだ。

 頭にはベレー帽のような帽子が乗せられている。


「えっとね、こーくん」


 キッチンに鍋を置いた結が俺の方をちらちらと見ながら言いづらそうに口を開く。

 依然として頬は赤く、緊張しているのも伝わってくる。

 一体、何を考えているんだ?

 まさか……いやいやそんなことはない。そんな急にエッチな展開に突入するようなエロ漫画的スピード展開はないない。


「なんだよ」


 自然とこちらも緊張してしまう。俺は生唾を飲み込み、恐る恐る聞き返す。


「服を……着てくれないかな」


「へ?」


 言われて、俺は自分の格好を確認する。そして全てに合点がいった。

 休みだし怠かったから着替えたりしていなかったので、俺は寝間着のシャツにパンツの状態だった。

 これ、インターホン押したの結じゃない女性だったら問題になってたかもなあ。


「悪い、着替えてくるわ」


「う、うん……。その間に、準備しとくね」


 何故かラッキースケベでも起こったあとのような微妙に気まずい空気の中から脱出しようと、俺は早足でリビングを後にした。

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