第8話 朝のお迎え


「おはよー」


 それは金曜日の朝のこと。

 朝っぱらからインターホンが鳴り、どこのやる気マックスな配達員だと思いながら表に出ると、満面の笑みの結がいた。


「なに、どうしたの?」


 寝起き、ではないけどまだぼーっとした頭で俺は言う。


「迎えに来たの。一緒に学校行こうと思って」


「……早いよ」


 普段俺が家を出る時間より三〇分ほど早い。当然だが準備どころか目覚めてすらいない。


「楽しみすぎて待てなかった」


「子供か」


 昨日の放課後に結といろいろと話をして、とりあえず関係は友達というところで落ち着いた。

 そのことでスッキリしたというか、開き直れたのか結の調子に変化はない。むしろ元気な気がする。


「まだ準備もできてないから、とりあえず上がれば?」


「え、いいの?」


 外で待たすわけにもいかないし、かと言ってすぐに出る気にもならないのでそう提案すると、結は待ってましたと言わんばかりの笑顔を浮かべる。


「……いいけど。作戦通り?」


「いやいや、買いかぶりすぎだよ。偶然の産物だよ?」


 どうだか。

 とはいえ確認する手段もないのでここはスルーすることにした。

 結を中に入れてドアを閉める。


「あと、今日はたまたま母さんいなかったからよかったけど、朝のインターホンすげえ嫌ってるから止めてくれ」


「ええー、じゃあ大声で呼べばいいの? 昔みたいに」


「いや携帯があるだろ」


 んなもん恥ずかしいっつの。


「わたし、こーくんの番号知らないもん。教えてくれないから」


 ぶう、と子供のように唇を尖らせる結に言われて確かにと俺は思い至る。


「忘れてた。あとで教えるよ」


「そーして。そしたら毎朝電話できるしね」


「しつこいと着拒すんぞ」


「なにさ、ケチンボ」


「言い回しが古いんだよなあ」


 呆れながら言って、俺は横目で結を見る。

 改めて見ても綺麗な容姿をしていると思う。

 どれだけの手入れをしていればあそこまでサラサラな黒髪を維持できるのだろうか。

 クラスにいるギャルのようにバッチリ化粧を決めているわけでもなく、あくまでも素材を活かすナチュラルメイクは素の可愛さを教えてくれる。

 ブレザーもチェックスカートも結が着ると別物のようなオーラを感じる。

 全てが完璧。

 そんな女の子が俺の横を歩いているのは、やっぱり違和感があった。


「ちょっと変わったね」


 リビングに入った結はキョロキョロと部屋の中を見渡す。変わったといってもマイナーチェンジ程度で大きくは変わってないと思うのだが。


「おばさんはまだお仕事なの?」


「仕事は終わってると思うけど、休んだり用事あったりで帰ってくるのが遅い日があるんだよ」


 俺が言うと、結はふーんと興味あるのかないのか分かりづらいリアクションをしてくる。

 しかし、ふとこちらに向けた顔はにんまりといたずらな笑顔になっていた。


「なに?」


「ということは、今はわたしとこーくんの二人きりというわけだ?」


「まあ、今はな」


 結から感じる不思議な迫力に圧されて、俺は思わず固唾を飲み込んだ。


「ふーん」


 いたずらな笑顔のまま、結は俺にじりじりと詰め寄ってくる。その表情はまさしく獲物を食らう雌豹のようだ。


「ちょ、ちょっと待て結! 俺とお前はまだ――」


「朝ご飯作ったげる」


「へ?」


 先ほどのいたずらな笑顔から打って変わって子供のような笑い方をする。

 笑顔一つ取っても、様々な感情を込めてくる奴だ。


「朝ご飯まだでしょ?」


「ああ、まあ」


「だから、作ったげる。その間に準備済ませてきなよ」


「そういうことなら、よろしく頼むわ」


 小学生の頃の話だが、結は料理ができなかった。得手不得手があるがとにかく手先が不器用だったのだ。

 それは性格が関係していたところもあったのかもしれない。幼い頃の結はとにかく細かいことをあまり気にしなかった。


 ……大丈夫だろ。実は料理はできませんでしたみたいなオチは使い古されているし、今の時代料理できないキャラは人気出ないと思う。

 それに、朝ご飯だ。

 特別料理が得意なわけではない俺でさえそれっぽいものは作れるのだから問題ないはず。


 という、希望的観測を胸に俺は奥の部屋へ戻り制服に着替える。

 一応二人の部屋ではあるけど、ほぼほぼ俺の部屋のようなものだ。

 母さんは基本的にモノを持たない。必要なものはその場で買い揃えるくらいの気持ちを持つ人だから家にも最低限のものしかない。

 それに加えて朝に光を見たくないという理由で寝るのは押入れの中なのだ。

 なのでこの部屋に置いてあるものは俺のものばかり。


 着替え終えた俺は荷物を持ってリビングへ戻る。結はキッチンであちらこちらと動き回りながら料理を進めているので、俺は座って待つことにした。


「俺も何か手伝うか?」


 することもないので聞いてみた。

 が。


「んーん、大丈夫!」


 らしいので、俺はテレビの電源を入れてニュース番組を流す。いつも観ているものだ。だいたいこの時間はピックアップニュースが流れており、これをチェックしておけば簡単な時事ネタにはついていける。


「お待たせ。といっても、簡単に作っただけだけど」


 運ばれてきたのはトーストサンドだった。


「食パンがあったから、こーくんは朝はパン派なのかなと思ったんだけど違った?」


「いや、正解だ」


 別に白米が嫌というわけではないが選べるならパンを選ぶ。特に理由はないが強いて言うなら昔からそうだったのと、手間がかからないから。


「お前は食べてきたのか?」


「もちだよ」


「そっか」


 いただきます、と手を合わせてから俺はトーストサンドを手にする。

 サンドイッチではなく、パンを一度軽く焼いたことにより口にしたときの食感がサクサクしていて食べごたえがある。

 ほのかな温かさのトーストに挟まれているのはスクランブルエッグときゅうりだ。マヨネーズの味とマッチしていて美味である。

 もう一つの方にはハムとレタス。シャキシャキしたレタスの食感とハムのほどよい塩っ気が特徴的でこれまた美味い。


 これらを用意しパンに挟むのは簡単だが、そのパンをトーストすることでサンドイッチとは違った食感を出す。

 これだけで料理が出来ると判断するのは安直すぎるが、少なくとも昔のように微塵もできないということはなさそうだ。


「美味い」


「それはよかった」


 そんな感じの朝を過ごし、時間になったので家を出た。いつもと違う朝の風景に、新鮮さを感じた俺だった。

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