第7話 夕暮れ時の告白


 夕暮れを背景に、俺と結は二人向き合う。

 時間のせいか、あるいは場所の人気によるものか、俺達がいる公園には他に人がいない。

 今回はそれが功を奏しているわけだが。

 話をするにはもってこいの状況だ。


「それでこーくん、話って何かな? この感じだとほぼ九割の確率で告白される気がするんだけど」


「残念ながら残りの一割の方だ」


 俺が言うと、結はあまり悔しそうな感じは出さずにちぇーと唇を尖らせた。

 学校帰りということで俺達は二人とも制服のままだ。キャメル色のブレザーに紺色のチェックスカート、膝上までのハイソックスの結。俺は紺色の学ランだ。苦しいのでホックまでは留めていない。


「じゃあなにかな? あの綺麗な女の子の説明でもしてくれるの?」


 先日、月島結と白河明日香が昇降口で顔を合わせ、そして何故かちょっと睨み合うという事件があった。

 事なきを得たというか事なきを得る方向に持っていったというか、その日は結と帰るという方法で解決した。

 帰り道は白河には触れず、普通に昔話に花を咲かせたのだ。別の話に話題を逸らすと結は無理に聞いてこない。


「あー、まあ、説明するほどのことでもないと思うんだけど。同じ部活のメンバーってだけだよ」


「ほんとにそれだけ? 彼女さんだったりしないの?」


 俺の方にぐいぐいと詰め寄ってきながら結が聞いてくる。どうしてそこまで言うのかが逆に疑問だ。


「するわけないだろ。あいつは俺のことをそんな風に思ってないよ」


「……そう、かなあ」


 辛口だし扱い雑いしやけに厳しかったりするし、逆に嫌われてるのかなと不安になるまであるぞ。

 と思って返事をしたのだが、結の言葉はやけに歯切れが悪かった。


「こーくんがそう思ってるなら、それでもいいんだけど……。もしあの子が好きだって言ってきても、付き合ったりしない?」


「それは……あ、当たり前だろ」


「ちょっと考えた! たぶん告白されたら付き合っちゃう人の間だった!」


「ち、違うぞ! あまりにも想像できない光景だったから考えてしまっただけだ! それ以外には何もない!」


 白河が俺に告白なんて、そんなことは天地がひっくり返りでもしないと有り得ない。いや、ひっくり返っても有り得ないだろ。


「……ほんとに?」


「ああ、本当だ」


「じゃあ、なんでこの前逃げ出したの?」


 急にぶっ込まれて俺は一瞬固まってしまう。

 結の言うこの前が、いつのことを指しているのかは聞き返すまでもない。なぜなら、俺が結の前から逃げ出したのはあの時の一回だけだからだ。


「その辺の話をきちんとしようと思って、今日は誘ったんだ」


「そうなんだ。こーくんから誘ってきたときは思わず心臓が口から飛び出そうになるくらいに嬉しかったけど」


 その表現はたぶん嬉しいときに使うものじゃないと思うよ?


「この雰囲気、なんだか別れ話を切り出されるみたいでモヤモヤするよ」


「別に付き合ってないんだけどな」


 別れるも何も、それ以前の問題であるがそんなことをいちいち気にする結ではないか。


「何で付き合ってくれないの? わたしのこと嫌い?」


 しゅんとした顔をされると弱い。

 こいつは無意識だろうけど、子供の頃にもよくこの顔をしてきた。そして俺はそれをどうにかしようと優しく接していた。

 そして最後には結は笑った。


「そんなんじゃない。逆に聞くけど、お前は俺のこと好きなのかよ?」


「好きだよ」


 即答だった。

 恥ずかしいくらいにまっすぐで、照れるくらいに迷いなく、これでもかというくらいに気持ちを込めて、結はその答えを口にした。


「それは、子供の頃の延長だろ? 俺も結も、もうあの時とは違う。俺はもうあの時のじゃない!」


「それでも好き。あのときのこーくんも好き。でも今のこーくんも好きだよ。それは自信を持って言えるし、その気持ちはずっと変わらない」


 結の瞳はまっすぐ俺の目を捉えている。彼女の目を見ると、戸惑う自分の顔が写っている気がした。


「まだ会って数日、お前は今の俺の何を知ってるんだよ?」


 結が言っていることは結局詭弁でしかない。


「俺はお前が思っているようないい人じゃないんだ。高校生になって、成長して俺は変わった。今の俺を知ったらお前は俺を嫌いになるかもしれない」


 直接は言えないが、結はずいぶんと綺麗になった。それこそ誰もが振り返るほどに、誰もが憧れるほどに可愛くなった。

 俺と今のこいつじゃ、釣り合わない。


「んー」


 俺の言葉に、結はけろっとした調子で唸る。言葉を一から考えているのではなく、気持ちをどう言葉にしようか悩んでいるようだった。


「そういう不安を感じるようなら言い方を変えるね。確かにわたしはまだ今のこーくんのことはそこまで知らないよ。こうして話していても変わったなーって思うもん。昔はそこまで卑屈じゃなかったよね」


 くすくす、と笑いながらそんなことを言う。最後の一言は余計だろ、と俺は不満げな顔をする。


「昔みたいな可愛げはなくなったーと思うし、面倒くさい性格になったなとも思う」


 うるせえ、と俺は心の中でツッコんだ。

 分かっていたことだ。

 全てそのとおりなのだから、否定することもない。それが今の俺であり、つまり結の知る昔の俺はもういない。

 そんな部分を知っていけば自然と幻滅し、俺から離れていってもおかしくない。


「でも、嫌だなんて少しも思わないよ? もちろん嫌いにもならない。そんな部分を知れて、嬉しいって思うもん」


「嬉しい?」


 なぜそこで嬉しいという感情が出てくるのか分からなかった俺は、その疑問を口にした。


「うん。だって、そうでしょ? 好きな人の、新しい部分が知れたんだよ? こーくんがその嫌な部分を見せてくれたってことじゃない。それってすごく嬉しいことだと思うな」


「……はあ」


 俺は結のその思考に、考え方に思わず溜め息が出る。それが不思議だったのか結はきょとんとして首を傾げた。


「いや、お前のその超がつくほどのポジティブ思考がおかしくてな。何も変わってない」


 俺が言うと、結はええーっと不満そうに唸った。


「変わったよ。自分で言うのもなんだけど、綺麗になったと思わない? スタイルだって……胸はちょっとだけまだあれだけど」


 最後らへんはもにょもにょと言葉にならないような言葉になっていたが、何て言ったかは分かった。


「……まあ、ずいぶんお綺麗になったなとは思いますけど」


「でしょ? いつこーくんと再会してもいいようにいろいろと頑張ってたの。結果的に言えば、頑張っててよかった」


「なんで頑張ってたんだよ?」


「え、だって再会したときに可愛くなかったらゲンメツするでしょ? 男の子は可愛い女の子が好きって聞いたし、髪だってほら……こーくんが長い黒髪が良いって言ってたから伸ばしたんだよ?」


「マジか……」


 男の子は可愛い女の子が好きというのは確かにその通りである。可愛いは正義だし、可愛ければ何もかもが許される。

 黒髪ロングが好きとか言ったっけな、俺。まあ、この感じだと言ったんだろうなあ。好きか嫌いかなら好きだし。


「再会したとき、一番綺麗なわたしを見せたかったんだ」


 彼女がどれだけ俺を思っていたのか、想像するに余りある。俺が何も考えずに過ごしている間も、俺を思い、努力を重ねていたというのか?

 敵わないな。


「一応、はっきり言っとくね」


「なにを」


「わたしはどんなこーくんでも受け入れるし好きなままでいられる自信がある。わたしがこーくんを嫌いになることなんて絶対にない」


 結のまっすぐな瞳が俺を捉える。まるで二つの目が引き合っているように俺は目を逸らせなかった。


「だから、わたしを恋人にしてくれない、かな?」


 これは恐る恐る。

 さっきまでの自信はどこへ行ったのかと疑問に思えるほどに、弱々しく。

 それでも確かに、はっきりと彼女は口にした。


「……俺は」


 結の今にも泣き出しそうな、不安そうな上目遣いが俺の気持ちを揺さぶる。

 ダメだ。

 ダメなんだ。

 嫌いとか、そんなんじゃない。結の気持ちも十分分かった。俺だって結のことは好きだ。

 でも、これは恋愛感情なのか?

 そう自分に問いかけてしまう。


「まだ、ダメだ」


 必死に言い訳を考えるしかなかった。


「……なんで?」


「お前の言ってることは分かったよ。お前がそう言うんだから、きっとそうなんだろう。でも、俺もまだ結を知らない。お互いにもっと理解し合って、その時気持ちが変わらなければ、その時は違う答えが出せると思う」


「でも――」


「今の俺じゃ! まだ、お前の横には立てないよ。自信がない」


 輝かしくて眩しくて、きらきらしてる結が遠く感じた。

 こいつが努力してる間、俺は何もしなかった。何というか、そこが引っ掛かったのだ。

 俺は何も誇れない。

 何か一つ、胸を張れる何かが欲しい。そうすれば、俺はきっと結の隣に立てるはずなのだ。


「……わかった。こーくんがそう言うなら、こーくんの気持ちが変わるときまで待つね」


「ああ」


 俺は酷いことを言っていると自覚しているつもりだ。

 何様なんだと言われれば返す言葉はない。

 でもダメなんだ。

 今の俺じゃ、結の隣に立てない。


「わたしはずっと待ってるからね。それまでは、とりあえずはいいお友達ってことでいいんだよね?」


「ああ、それはもちろんだ。でもできればこーくんってのは止めてほし――」


「それはだめ」


 即答された。

 高校生にもなって、こーくんと呼ばれるのはやっぱりちょっと恥ずかしい。

 だけど、それくらいは我慢するか。それ以上のことを俺は強いているのだから。

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