第6話 新入生歓迎会
新入生歓迎会当日。
昨日一日で動画の編集と台本の製作を何とか終わらせた俺達は、こうして無事当日を迎えることができた。
このタイミングで一つの問題が浮上する。
「誰がこの台本読むの?」
全ては、白河のその一言から始まった。
既に俺達は体育館に移動しており、二階から下を見下ろしていた。一年生が並んで座っており、舞台やその前のスペースを使って各部活が紹介を行う。
順番が近づけば舞台裏まで移動し待機するという流れだ。
「……」
俺はとりあえず栄達の方を見る。
すると栄達は嘘だろ!? という表情を分かりやすく見せてきた。
「今回の作業、贔屓目なしにしても九割は僕が行ったと言っても過言ではない。その上発表までさせられたら堪らんぞ」
確かに。
動画の編集から台本の製作に至るまで今回はほぼほぼ栄達が終わらせている。
その間、俺と白河は漫画を読んで雑談したりしていただけに言い返せない。
俺達がしたことと言えば動画を編集する栄達の後ろから軽く意見を言ったのと、出来上がった台本のチェックをしたくらい。
「コータロー。あなた部長なんだしそれくらいやったらどうかしら?」
白河が俺に先制攻撃を仕掛けてきた。
当然の物言いだ。
だいたいの部活は部長あるいはキャプテンが中心となってパフォーマンスなりをしている。
立場的なことを加味すると俺がやるべきなのかもしれない。
けど、それは避けたい。
何故なら、あんな大勢の前で演説とか恥ずかしくてゴメンだからだ。めちゃくちゃ目立つじゃねえか。
「そうだな。ここは順当に幸太郎がいいだろう」
栄達も白河の意見に乗り気なのを感じ、白河は微かに勝ったと確信したような笑いを見せた。
そう。
これは俺と白河の勝負ではあるが、勝敗の鍵を握るのは俺達ではなく、この小樽栄達なのだ。
彼を味方につければ数的有利になる。そうなれば圧力で押し通せる。
それが分かっているから、白河は今勝利を確信したのだろう。
それが、甘いのだ。
「いやちょっと待て栄達、よくよく考えてみろ」
「む?」
栄達は俺の意見に耳を傾ける。
今回の勝負、勝つためには白河に読ませた方が部員が集まると栄達に思わせる必要がある。
逆に言えば、思わせさえすれば勝ちは決まったようなものだ。
「俺みたいな地味な男が映像に合わせて台本を読んでも大した成果は得られないぞ? この場を終わらせるだけならそれでいい、でも今回はちゃんとした目的があるよな?」
「ウム。部員獲得、であるな」
「そうだ。それなら、白河に読ませた方がいいと思わないか? 理由なんか今さら言うまでもないだろ」
俺が言うと栄達は唸る。
どうやら俺の言わんとしていることは理解してくれたようだ。
形勢が傾いたことで白河の表情に焦りが生じる。
「ちょっと待って小樽、普通に考えてここは部長でしょ?」
甘いぜ白河。
それじゃあ弱いんだよ。
こんなこと自分で言いたくもないが、俺に読ませたところでメリットがない。
しかし、白河に読ませれば少なくとも男子生徒は興味を示すだろう。しっかり聞いてくれる上に、もしかしたら釣られてやって来るかもしれない。
白河明日香は学園屈指の人気を誇る女生徒だ。
去年の文化祭で行われたミスコンでも一年生ながらに二位を獲得している。
俺が読むより、圧倒的な結果を得ることができるのは明白だ。
「確かにここは白河に任せた方がいいかもしれんな」
「なっ、そんな勝手に決めないでよ! 男二人で女の子をいじめるとかダサいわ」
「急に理不尽なこと言い始めたぞこいつ。自分が優位なら絶対言わないであろうことを言ってる」
「ここは公平に勝負といきましょうか」
自分が俺の立場なら、絶対に受け入れないくせに。俺の勝負の提案なんて鼻で笑ってスルーするに違いない。
だが。
ここは敢えてその勝負に乗る。
このまま言い合っていても白河は恐らく折れない。
だが自分がけしかけた勝負で負ければさすがに言い訳は出来まいよ。
この作戦は負けたら俺が読まなきゃいけないというリスクがあるが、その程度のリスクを負わずして勝利は手に入らない。
「いいだろう」
「さすがはコータローね。ここで逃げ出さないあなたのそういうところ、嫌いじゃないわよ。代わりと言ってはなんだけど、勝負の内容は決めさせてあげるわ」
「……」
といっても、ここでできることなど知れている。
トランプとかはないし、そもそもそんな悠長に勝負を楽しんでいる時間はない。
今、下ではバスケ部が跳び箱のジャンプ台を使ってダンクシュートを披露している。インパクトあって格好良くて、思わず俺もしたいと思わされるパフォーマンスだ。
運動部が終われば文化系の部活の順番になる。映研はわりと早い段階で呼ばれるからそこまで時間の余裕はないだろう。
ものを使わず手軽にできて、すぐに決着がつく。それでいて不正などが働きにくく、敗北に対してイチャモンがつけづらい公平な勝負。
俺は握った拳を前に出して言う。
「じゃんけんで勝負だ」
「……そんな運任せな勝負でいいわけ?」
「じゃんけんほど公平で、文句のつけようのない勝負はこの世にないだろ」
「いいわ」
ごくり、と喉を鳴らした白河は微かに笑みを浮かべる。緊張、不安、恐怖、そんな感情が入り交じる中に微かでも楽しさを覚えているのだ。
「いくぜ、じゃんッ」
「けんっ」
この勝負に関して、もはや作戦もなにもない。
白河のじゃんけんの癖など知らないし、心理戦になるほどの駆け引きはしていない。
本当に運任せ。
ただ、神が微笑んだ方が勝つ。それだけだ。
「「ポンッ!!」」
一瞬、時間が止まったような錯覚が起きた。あるいは世界の全てがスローモーションに動いているようだった。
俺はグーを出そうとして手を繰り出した。その刹那、白河のチョキがパーに切り替わるのが見えたのだ。そう、白河は俺のグーを見て咄嗟に自分の手を変えた。
だが。
甘いぜ。
お前の動体視力ならそれくらいしてくると予想していた俺にとって、その変更は想定内だ。
手を出す寸前に、俺はグーの手をチョキに切り替えた。
結果、俺はチョキで白河はパー。この勝負、俺の勝ちだ。
ついつい白河を見るときに口元が緩んでしまった。白河はものすごく悔しそうな顔をしていた。
「……」
言葉にならない感情が顔に現れている。さぞ悔しかろうが、自分が言い出した勝負に文句はつけれまい。
「俺の勝ちってことでいいんだよな?」
確認するように言うと、白河は盛大な溜め息を吐き散らかした。
「仕方ないわ。今日のところは私の負けを認めてあげる。さっさと台本をよこしなさい」
若干不機嫌なまま小樽から台本を受け取った白河はそれに目を通す。やるとなればきちんと役割を全うしようとしている。
白河のこういうところは嫌いじゃない。
「コータロー」
まもなく順番が回ってくるということで俺達は舞台裏に移動する。立ち上がったタイミングで白河が俺の方を振り返った。
「なんだ?」
「今度、ケーキでも奢りなさいよね」
まあ、それくらいならいいかと思い俺は頷いた。それを見た白河は納得したように舞台の方へと歩いていく。
ご機嫌、とまではいかないが機嫌を直してくれて助かった。
そして白河明日香は、完璧なスピーチをして早々に一年生男子のハートを掴んでいた。
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