第5話 一触即発


 話し合いが終わったところで本日のところはこのまま帰宅することになった。

 本番は明後日なのだからできるだけ作業を進めるべきではないだろうか、という意見(主に白河)があったが栄達が首を横に振った。

 というのも。


「今日はこのあと新発売のゲームを買いに行かなくてはならないのだよ。一秒でも早く手に入れてすぐにでもプレイがしたい」


「またエロゲか」


 この熱量は恐らくだけどエロゲ。栄達の行うゲームの七割は恋愛シミュレーション。たまに普通のゲームしてるときは驚く。


「今作は前作を超える感動の超大作と謳われているのだ。これを初日にプレイしてクリアせずにファンは語れん。というかネタバレ怖い」


「エロゲではあるのね……」


 否定しないのでそうなのだろう。

 とはいえ、別にエロゲを否定しているわけではないのだ。それは栄達も分かっていることだろう。


「ということで今日は帰る」


 栄達が帰るのであれば俺達が残っても作業は捗るまい。ということで俺と白河も帰ることに。

 鍵を返しに行った栄達と一度別れて俺と白河は先に昇降口に向かう。


「しかし意外だよ」


「何が?」


 階段を降りながら俺が言うと、白河は眉をぴくりと動かしながら俺に質問を返す。


「お前が映研に残ったことだよ」


「なによ、ダメなの?」


「そういうんじゃないけどさ。てっきり部長の引退のタイミングで一緒に辞めるもんだと思ってたから」


 白河は前部長の熱烈なスカウトにより入部している。そして、その前部長は去年の終わりに引退したのだ。


「別にそんなつもりはなかったわよ。どちらでもよかったといえばよかったけど」


 手すりを軽く撫でるように触りながら階段を降りる白河は、その手先に視線を落とす。


「だから、どちらでもいいのなら残ろうかと思っただけ。まだ読んでない漫画もあるし」


「それが本音じゃないのか……」


 映研部室には栄達の持ってきた漫画がわりとがっつり置いてある。シナリオ作りなどにおける参考資料という名目で。

 しかし今では、一番シナリオ作りとは関係のない白河が読みふけっている。


「違うわよ」


 言って、白河は俺の方をじっと見てくる。彼女の瞳の奥には何かが秘められているようだが、それを見つけるのは今の俺には難しい。


「……まあいいわ」


「てことは今年もお前がメインヒロインってことでいいのか?」


「別にそれは構わないけど、言っておくけど小樽を主人公にするなら恋愛ものは勘弁ね」


「そりゃまたどうして」


「あれと恋愛シーンなんてギャグシーンにもならないわ。笑えなくて撮影にならないもの」


「笑ってないならいいじゃん……。でも、きっと恋愛ものになると思うけどなあ。CGとかは使えないし」


「小樽がいるでしょ」


「さすがに厳しいんじゃないか? それにロケーションとかもあるし、伝統じゃないけど結局毎年恋愛ものに落ち着くみたいだしな」


「……――んたがやれば――ない」


 ぼそりと、白河が言葉を吐いたがそれを上手く聞き取ることができなかった。

 俯く彼女に俺は聞き返す。


「今、なんて?」


「なんでもないわよ」


 なんでもないことないだろうに、その後の白河は質問を聞きつけるスタンスじゃなかったので俺も諦めた。

 そんな話をしているうちに昇降口にたどり着く。俺達は先に靴を履き替えるため各々の靴箱へと向かった。


 白河は二年一組なので靴箱の場所も俺のところから離れている。一度別れて自分の靴箱に行くと、そこに人影が見えた。


「結?」


 月島結だ。

 靴箱にもたれ掛かりながら、ぼーっと天井を見つめていた。俺が名前を呼ぶと、ゆっくりとこちらを向いてにこりと笑う。


「あ、こーくん」


「どうしたんだよこんなとこで。誰か待ってんのか?」


「うん、まあ、待ってるというか待ってたというか」


「ん?」


 あはは、と笑いながら言った結は背中の方に力を入れて靴箱から離れる。


「つまり、こーくんを待っていたのです」


「俺を? なんでまた……約束なんてしてないだろ」


「してないから待つしかなかったんだよ。連絡手段もないし」


「ああー」


 昔は電話なんかしなかったしな。とりあえずお互いの家にいけば遊べたし。

 そもそも携帯を持ってなかった。


「とりあえずアドレスを交換しよう」


「ああ、そだな」


 スマホをポケットから取り出す。

 アドレスを交換するといっても久しくそんなことしていないのでやり方が分からない。

 赤外線通信とかできんのか?


「分からん」


 俺は諦めてスマホを結に渡した。そのことに結はすごく驚いている様子だったことに驚いた。


「なに?」


「いや、何の躊躇いもなくスマホ渡してくれるんだなと思って」


「見られて困るもんは入ってねえよ」


「ほんとにー?」


 俺を試すように、あるいはからかうように見てくる結だったが、それに関しては胸を張って言える。


「本当だ」


「そかそか。それならそれでいいんだけどね。そもそも何が入っててもわたしは受け入れる所存だからね」


「心が広いこと」


「何といっても未来のお嫁さんですから」


 はにかむように頬を染め、少しだけ恥ずかしそうに結はそう言った。

 そうだ。

 そういえば学食での発言がまだ解決していなかった。


「そうだ結、さっきの――」


 言おうとした時、気配を感じた。

 ハッとしてそちらを見ると、白河が何やら恨めしそうに俺達を見ていた。


「白河……」


「ずいぶんと仲良さそうなことで」


 あれ。

 よく分かんないけど怒ってる? いやいや怒られるようなことは俺してないよ。してないよな?


 白河がふと結の方を見る。二人は目を合わせた瞬間に硬直した。一体何を感じ取ったのだろうか?


「あなたは? 見ない顔だけれど」


「わたしは月島結。こーくんの幼馴染であり彼女であり未来のお嫁さんです」


「あ゛あ゛?」


 白河さん?

 聞いたことない声出してましたけど大丈夫ですか? あなたのファンに聞かせられないような声出てたけど?


 そしてこちらを睨む。

 え、なんで睨まれてんの俺……。


「それはそれは初めまして。私は同じ部活の白河明日香です。コータローとは一年間同じ部員として仲良くさせてもらいました」


「コータロー……」


 あ、あれー?

 結さん? どうしてあなたも俺を睨むんですか? 今までの流れで俺が悪いところありました?


「何だ幸太郎。追いついてみればエロゲの主人公みたいな状況に陥っているじゃないか」


「栄達……笑いごとじゃねえよ?」


「罪な男よ」


 そう言って、栄達が俺を小突いてくる。にやにやした顔を見ただけでこの状況を面白がっていることが伺える。

 今こそアンチリア充の力を発揮しろよ。とりあえずこの空気壊して悪者になれ。


「こーくん?」


「コータロー」


「……はい」


 ぎろり、と眼光の鋭い四つの目に睨まれて俺は蛇に睨まれた蛙のように縮こまる。


「どういうことか」


「説明してもらえるかな?」


 笑顔が怖い。

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