第4話 映像研究部


「……はあ、はあ……はっ」


 ようやくたどり着いたその場所の扉を開けて中に入り急いで閉じる。

 どうやら、俺は何とか生きてここまで来れたらしい。


「なしたん。さっきの今でそこまで展開変わることある?」


 ここは映像研究部部室。

 長机が二つ、そこにパイプ椅子がセットされている。部屋の奥には一人用の椅子と机があり、そこにはノートパソコンが置かれている。

 入って左手には本棚があり、動画編集などの参考書に加えて漫画やラノベが並べられているのは栄達の仕業だ。

 右手には大きな黒板があるが特に何も書かれていない。ミーティングのときに使うとそれっぽいという理由で何度か使ったことはあるけれど。


「いろいろあったんだよ」


 膝に手を置き、息を整える。

 暫くそうしているとようやく呼吸が安定してきたので、俺は最後に大きく息を吐いてから顔を上げる。


「…………」


「…………すごい汗」


 顔を上げると真正面に顔があり、俺は思わず言葉を失った。

 眠たそうな顔というか、興味なさそうな顔というか、ともかくぼーっとしたような顔で俺を見る彼女の名前は白河明日香。


「何か?」


「いや、何でもないわ。ただ体育でもそこまで汗かいたことないから何があったのかと思っただけよ」


「命の危機だったからな。お前も死の危険を察知するとこうなるから覚えときな」


「なにそれ。ばかみたい」


 銀髪のセミロング。碧色の瞳はまるで宝石をそのまま入れたように綺麗だが、若干覇気がない。雪のように白い肌、モデル顔負けのスタイルは男子生徒の視線を否応なしに奪ってしまう。


 白河はそう言うと自分の席に戻る。

 別に決まった席はないが、何となくここはこいつの席という風潮は出来上がる。

 白河は左手にある本棚に近い椅子に座る。栄達はノートパソコンの前、俺は右側の椅子に適当に座る。

 去年までは先輩もいたが、今では部員はこの三人なので自然とこういう位置で安定した。


「揃ったところで早速ミーティングを始めようかと言いたいところだけど、僕はまだやることがあってね。もうちょっと待っててもらえるかな」


「……どうせゲームだろ。学校のパソコンでエロゲーするなんてリスキーすぎるだろ」


「エロゲちゃうわ」


 言いながら、栄達はパソコンをカタカタといじり始める。ゲームはあんなにタイピングしないし、ゲームじゃないというのは本当らしいな。


「ま、俺もちょっと休憩したいからちょうどいいや」


「ちょうどよかったわ。漫画読むのにも疲れたところだったから暇なら私に付き合って」


「今聞いてた? 俺一応休憩したいって言ったんだけど。息は整ったけど体力ゲージまだ赤いんだけど」


「そうなんだ。でもそれだと私が暇を持て余しちゃうと思わない?」


「知らんがな」


 俺のツッコミが不服だったのか、白河はムッとした顔をして俺の足を蹴ってくる。

 どうしてそうすぐに手が出るの? 違う、足が出るの?


「分かったよ。で、何かあんの?」


「暇を潰せれば何でもいいわ。することもないし、何か面白い話でもしてもらおうかしら」


「芸人殺しの話の振り方なんだよなあ。その振りされて爆笑取れた試しがねえよ」


「そう? こう見えて、私コータローの話好きよ。どんな話でも笑える自信があるわ」


「嘘つけ」


「本当よ」


 白河はクールビューティーという言葉がよく似合う女の子だ。よく言うとそうだけど、悪く言えば表情が固く感情が読み取りづらい。

 だから冗談とか分かりづらくて困る。


「……じゃあ一つだけ話そう」


「あるんだ」


「この前観たいテレビがあったから急いで家に帰ったんだよ。当然駅からは走ったんだけど、家についたら喉が乾いててさ、冷蔵庫の中を見たらコップにお茶が入ってたからイッキ飲みしたわけ。そしたらそれが実はジンジャーエールだったから思わず吹き出しちまったんだよな」


「へえー」


「笑わないのかよ!」


 表情筋がピクリとも動いてなかったぞ。

 しかし、俺がツッコミを入れると、白河は口角を上げてふふっと笑うのだった。


「楽しそうにしてるところ悪いが、やること終わったのでさっさとミーティングを始めてもいいかな? あまり目の前でイチャイチャされると出て行きたくなる」


「お、おう」


「待たせておいて随分な物言いね。土下座くらいしたらどう?」


「僕のときのツンは刺々しい気がするんだけど気のせい?」


「…………」


「否定してあげて」


 悲しそうな顔をする栄達だったが気を取り直して黒板の前に立つ。俺は黒板が見えやすいように白河と本棚前の椅子に移動した。


「今回のミーティングで決めるのは明後日にある新入生歓迎会についてだ。我々かこの新歓で新入部員を獲得する」


「別に必要ないんじゃない? そんな活発に活動してるわけじゃないし」


「まあ集まっても漫画読んだりしてることが多いもんな。大きな活動って文化祭のときくらいだし」


 俺と白河が否定的な意見を言うと、栄達はバンっと黒板を叩く。その音に、というよりは熱量に驚いてしまう。


「笑止! 笑止よ笑止ッ! 我が映像研究部の大きな活動は確かに文化祭だ。ならばその文化祭、我々は何をした?」


「映画を撮った」


「それは毎年恒例みたいね」


 そう。

 どうやらそれは映研の伝統のようなものらしい。

 日頃の活動内容こそ違いはあるが、文化祭の映画撮影は毎年必ず行われるものらしい。

 それが伝統というのであれば、それは守らなければならない。


「そう。その通りだ。去年は先輩方がいたから問題なかったが、今年の撮影を我々三人だけでできると思うか?」


「あー」


 そう言われると確かに厳しい。

 まず撮影する人が必要だ。三脚という手段もあるが、そうするとどうしてもカメラワークが単純になる。

 人の手によって撮影するなら、アクターは二人ということになる。不可能ではないけどシナリオの幅が狭まるのは確かだ。


「厳しいか」


「なので、我々映研は少なからず部員を獲得する必要がある」


「お前意外と考えてんのな」


「部長なのだから、幸太郎ももう少し考えるべきだと思うが」


「てっきり小樽はアニメのことだけを考えて生きているのかと思っていたわ」


「アニメのことは考えているがさすがにそれ以外にも思考は巡らせるわ」


 俺達にツッコミを入れながら、栄達は黒板に何かを書いていく。


「ということで、僕は一つ君達に提案したいわけだ。それが何かと言うと、これだ」


 バンっと再び黒板を叩く。


「動画投稿?」


 黒板にデカデカと書かれた文字を俺は読み上げる。見たあとに栄達を見るとドヤ顔が中々に鬱陶しかった。


「どういうことか説明してくれるかしら?」


「新歓で行うのはアピールだ。アピールに必要なのは活動実績だろ。だからその実績を作るのだよ」


「別に文化祭で映画撮りますって言えばよくね?」


「パンチが弱いだろう。私達は普段こういうことしてますという話をしたいのだ」


「嘘っぱちじゃない……」


「これから活動するから嘘にはならない。今巷で流行っているマイチューブに動画を投稿するのだ。マイチューバーになるのだよ!」


「ああー、聞いたことあるな」


「私はないわ。何なのそれ?」


 説明しようとすると難しいな。

 俺が悩んでいると出しゃばってきてくれるのが栄達だ。


「マイチューブという動画サイトは知っているだろ?」


「知らない」


 マイチューブを知らないとは驚きだ。女子高生なら普通見るだろ。


「そ、そうか……。そういうサイトがあるのだが、今の時代は誰でも好きに動画を投稿し観てもらえるのだ。視聴数が増えると人気にもなるしテレビに出る人もいる」


「ふーん。そんなのがあるのね」


「そう。それをするのはどうだろう。実はそれを想定して最近動画編集を勉強しているのさ」


 部室に来てもパソコンで何かしてると思ったらそんなことをしてたのか。


「まあ、映像研究部らしい活動かもしれないな。急に映画撮るとか言われてもハードル高いしな」


「私達も去年渋ったものね」


「お前はそもそもに入部させられたんだろ?」


「……まあ、そうね」


 当時のことを思い出してか、白河は憂鬱そうにこめかみを抑えた。

 今でこそ漫画読んだりして馴染んでるけど、最初はだいぶ戸惑ってたもんなあ。


「その案は悪くはないかもしれない」


 俺が言うと、栄達の表情が分かりやすく明るくなる。しかし、俺が「けど」と言葉を続けると一気に不安げな顔をする。


「やっぱり新歓は去年のダイジェストでも流しながら説明するスタイルでいこう」


「な、何故だ? 僕のアイデアはやっぱりダメだったか?」


「いや、わりといい案だと思ったのは本当だよ。ただ未経験だからこそ慎重にするべきだろうし、だとすると明らかに時間が足りない。下手に中途半端なクオリティで投稿したら逆効果になりかねないだろ」


「むう、確かに」


「小樽にしてはいい案だと思ったわ。たまには有意義な発言をすることに驚いたわ」


「いちいち悪く言わないと気が済まないの? もうちょっと僕に優しくしてもよくない?」


「小樽に優しくする理由が思いつかないわ。その理由についてのプレゼンなら聞いてあげるから次回までにまとめておいて」


 そんなプレゼン聞きたくないし、話してる栄達を見たくもない。

 かくして、俺達は明後日の新歓に向けてとりあえず去年の映画を編集しつつ説明文を考えることにした。

 動画編集するのは栄達だし、説明文考えるのも栄達だった。

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