第3話 公開告白


「そこ、座ってもいいかな?」


 俺と栄達が座っていたのは四人席なので空いている席がある。別に断る理由もないから俺は頷く。


「おじゃましまーす」


 結が座ろうとしたその時だ。

 目の前に座っていた栄達が突然立ち上がった。その手にはトレイがあり、カツカレーは完食してある。


 こいつ、まさか……。


「僕はこれから食後のルーティンがあるのでね、お先に失礼するよ」


「おいちょっと待て! お前の食後のルーティンなんか聞いたことないぞ?!」


「食後はランニングをしないとね。健康に気を遣うというのは大変だよ」


「健康に気を遣えてない体格のやつが言うな!」


 俺の言葉をスルーして、栄達はそそくさと言ってしまう。

 あいつ、絶対に結から逃げただろ。

 ていうか、二人きりはさすがに気まずいというか何というか、という気持ちで結を見ると走り去った栄達の方を不思議そうに見ていた。


「お友達?」


「まあ、そうだな」


 恥ずかしながら、友達です。

 ふーん、と小さな声を漏らしながら結はさっきまで栄達が座っていた俺の正面に腰を下ろした。


「面白いお友達だね。でも、こーくんと二人きりになれたからラッキーだ」


「あ、普通に座るんだ」


 ちょっと気まずいからまた今度ね、とかにはならないか。ならないよね。だって、こいつはあの月島結なのだから。


「あとできればそのていうのは止めていただけるとありがたいんだけど」


「なんで?」


「いや、だって俺もう高校生だし。この歳になってこーくん呼びはさすがに恥ずかしい」


「やだなあ、わたしとこーくんの仲じゃない。こーくんも昔みたいに、って呼んでくれてもいいんだよ?」


「遠慮しときます」


 小学生の時はよくもまあそんな恥ずかしい呼び方を躊躇いなくしていたもんだ。

 大人になったなあ俺。


「遠慮しなくていいのに」


 ぷう、と頬を膨らませる結は、仕方ないといった調子で箸を持つ。

 彼女が頼んだのはどうやら日替わりランチらしい。通称『おばちゃんの気まぐれランチ』であり、その日になるまでメニューが明かされない。

 五〇〇円で提供されるこのランチは気まぐれでメニューが決定するがハズレなことは早々ない。これもトメさん(学食のおばちゃん)の腕が為せる技だろう。

 今日のメインは肉じゃがらしい。


「でも本当に驚いたよ」


「そりゃ俺だってそうだよ。一瞬見ただけじゃ分からなかったしな」


「ほんとに? わたしはすぐに分かったよ」


「俺そんなに変わってないか? これでも変わったと自負してるんだけど」


「んー、変わったかどうかで言うなら、見た目はちょっと変わったかな。何ていうか、男の子になってる」


「褒められてんのかそれ」


「え、褒めれてなかった? すごくカッコよくなってるって言ったんだけど」


「言ってはなかったよたぶん」


 小さな口でランチを咀嚼しながら、俺との会話をこなす。食べるなら先に食べればいいのに。


「でも中身はちょっと変わったかな。話してて思うけど、ちょっと卑屈ちゃんになった?」


「なってないよ。そう思うのは気のせいだ」


 子供の頃は何も考えずにいれた。

 でも成長して、いろんなことが分かってくると人と比べたりしてしまう。そうやって自分の価値を理解してそれに見合う振る舞いをする。

 他者と比べて自分を下に見る、というのは確かに卑屈なのかもしれない。


「まあ、何でもいいんだけどね」


「何だよ、それ」


「それより、こーくんはわたしに何か言うことないの?」


 じーっと俺の目を見つめてくる結。彼女の中身が昔のままであるならば求めている言葉は一つか。


「お前はだいぶ変わったな。何ていうか、その可愛くなった」


 ちらと結の方を見ると、まだ俺を見つめていたので思わず視線を逸らす。


「あ、目を逸らした。こーくんはやましいことがあるとすぐ目を逸らす癖があるんだから、嘘ついた?」


「ついてない!」


「ちゃんと! わたしの目を見て言って! 本心のままに言葉を紡いで!」


「何その新しい詰め寄り方!?」


 結は身を乗り出して俺の顔を両手で持って、無理やりに自分の方へ顔を向けた。

 俺と結の顔の距離は急に近くなる。


「……」


 俺だけでなく、結も頬を赤らめる。

 俺達はもう子供じゃない。見た目もそうだけど、思考も大人になったのだ。あの時のように、無邪気に触れ合うようなことはできない。

 

「……照れるなら止めろ」


「こーくんだって、顔赤い」


 唇を尖らせて言う。

 そんな顔を見ると、彼女が俺の知っている月島結であることが分かる。

 こいつは何も変わってない。


「可愛い女の子とこんな距離で見つめ合えば、普通の思春期男子なら顔は赤くなるし目だって逸らす」


「……そか」


 小さく言って、結は手を離して自分の席に座り直す。照れ隠しなのか、ぐしぐしと頭を掻いている結を見て、俺は笑ってしまう。


「なに?」


「いや、なんかすげー変わってて驚いて、ちょっと敬遠してたけど、こうして話すと何も変わってなくて安心したっていうか。それが何かおかしくて」


「笑わないでよー!」


 笑われるのは気持ちよくはないのか、結は頬を膨らませて言ってくる。ころころと表情が変わり、感情が分かりやすいのは結のいいところだ。

 何というか、裏表がないから気を遣わずに済む。


「まあいいや」


 こほん、と結はわざとらしく咳払いをする。それが一度話の流れを切るためのものであることは容易に察することができた。


「久しぶりの再会でいろいろ話したいこともあるけど、それはこれから話していけばいいし、とりあえず一つだけどうしても話しておきたいことがあるんだけど、いいかな?」


 すっと口角を上げて、改めて俺の方をじっと見てくる。何だか真面目な雰囲気だ。


「あ、ああ」


 何だろう。

 と、少し頭を回して考える。

 結は昔と全然変わってなくて、大事な話で、友好的だし少なからず好意はあって……。

 その辺まで考えて、俺は一つの答えにたどり着く。


「ちょっと待て、結――」


「子供の頃に約束した、大人になったら結婚しよって話だけど、結婚はまだ早いと思うの。年齢的にもそうだし、あれはそもそも子供の頃の話でしょ?」


「あ、おう」


 なんか意外と分かってらっしゃる?

 てっきりこの場で公開告白というか公開プロポーズでもされるのかと思ったけど、大丈夫そうか。

 もしそんなことされれば周りの男子が一斉に飛びかかってきてもおかしくない。


「あの時はそこまで考えてなかったからとりあえず結婚って言ったけど、そのためにはいろいろと問題があると思うの。なかなか現実的じゃないというか」


「そうだな。あれはただの子供の頃の話ってだけだしな」


 俺が言うと、結はにこりと最大級の笑顔をこちらに向けてくる。


「うん。だからね、段階を踏むという意味でも、とりあえず付き合おっか」


 あ、やばい。

 ここまではっきりとした殺意を感じたのは人生でも初めてかもしれない。


「ごめん、結。またあとでな!」


「え、ちょっとこーくん!?」


 俺はその場から逃げ出す。

 その瞬間、まるで泥棒を摑まえる警察のごとく、周りの男連中が俺に襲いかかる。


「トレイの片付けだけ頼むわー!」


 それだけを言い残し、俺は全力で学食を走り去るのだった。

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