第2話 学食に降り立つ
その女の子はすれ違う全ての人の視線を奪うのではないだろうか、と思えてしまうほどに可愛らしい容姿をしていた。
事実、後ろの席を案内されてそこへ行くまでの間にクラスの男子全員の視線をかっさらって行った。
さらさらと歩くたびに微かに揺れる長い黒髪、大きな瞳を縁取るまつ毛、小さな鼻も唇も、そしてピンと伸びた背すじも、あるいは小ぶりな胸元やきゅっと引き締まった腰や太ももでさえ、全てが彼女の持つ完璧を表していた。
まさに大和撫子という言葉がピッタリと当てはまる。
「……月島、結」
俺は彼女を知っている。
八神幸太郎と月島結の関係を一言で完結に言い表すならば幼馴染である。
親同士が知り合いだったらしく、物心がついた頃には既に知っていた。家族ぐるみでいろんなことをしたし、幼稚園なんて常に一緒にいた気がする。
それくらいに仲が良かった。
小学二年生の時にあちら側の親の転勤により別れることを余儀なくされた。
それ以来、会うことはなかったし、連絡を取り合うこともなかった。
「それじゃあホームルームを始めますよー。時間もないので、ちゃっちゃと進めていくからね!」
先生が教卓で元気よく連絡事項を読み進めていく。堅苦しい男の先生寄りは全然聞けるな。
やっぱり当たりだ。
「……」
俺の席は廊下側一番隅の一番後ろ。極稀に珍しい名字の奴と遭遇するけど、八神はだいたい最後尾かそれの一つ前くらいなのだ。
結の席は真ん中辺り。
ちらと横目で彼女の様子を伺ってみる。真面目なのか緊張しているからか、先生の話をしっかり聞いている。
俺に気づいている感じはない。
それとも、俺なんかはもう記憶から既に消去されているかもしれないな。
あそこまで綺麗になられるとどうしても気後れしてしまう。
俺達はもう、月とスッポンだ。
「昼はどうする?」
しっかり四時間目までの授業を行い、ようやく昼になったところで栄達が俺の席までやって来た。
「え、今日昼までじゃないの? 始業式だよ? ぶっちゃけもっと早く帰れると思ってたんだけど」
宿題の提出とかがあって、ちょっと遅くなる可能性は考慮していたけどまさかしっかり昼までかかるとは思わなかった。
しかもなに、昼からも何かあるような言い方だったけど。
「昼からは新入生歓迎会に向けたミーティングだ。事前に伝えていたはずだが?」
「ああ、部活……」
そんなもんすっかり忘れてた。
そういえば去年もあったなそんなん。部活動一つ一つがプレゼンして新入部員を獲得しようとするやつ。
「僕としては先輩面したいから後輩は欲しいところなんだよ」
「理由がクズ野郎なんだよなあ」
「できれば男で、僕よりカースト低そうなやつね。陽キャが映研のような陰キャ部活に入るとは思えないけど一応警戒しておかないと」
「陰キャ部活とか言うな!」
こいつの偏見は筋金入りだな。拗らせているにも程があるぞ。去年一年間で何がこいつをこうさせたんだ?
「今日は昼には帰れると思ってたから何も用意してきてないぞ?」
「フム。そういうことなら学食に行こうぞ。ちょうど僕も持ち合わせていないのでな」
「そうだな。腹減ったし、そういうことならさっさと行くか」
決まったのならさっさと移動することにした。混んでたら席座れないからな。
「今日なんかは混んでないのかな」
「どうだろうな。全大幕生の味方だからな、うちの学食は。飯だけ食って帰ろうと言う生徒も少なくないだろう」
学食に向かいながらそんな話をする。
栄達の言うとおり、うちの学食は生徒の味方だ。というのも、うちの学食の評価は『安くて量が多くてそこそこ美味しくてついでに速い』だ。高くないし、量はあるし、不味くないし遅くない。俺達が求める条件が揃っているのだ。
「……混んでやがる」
俺達が学食についたときには、ほとんどの席が埋まっていた。さすが、相変わらず繁盛してやがるぜ。
とりあえず席を確保しなければ食事どころではない。栄達と手分けして空いている席を探し出す。あと少し遅ければ座れなかったかもしれない。
席の確保に成功したので二人で料理の注文に向かう。券売機で食券を買って、その半券を渡して暫し待つと料理が出てくる。
俺はきつねうどん。栄達はカツカレーの乗ったトレイを持って席に戻る。
「またきつねうどんか」
「お前こそまたカツカレーじゃねえか」
栄達が学食に来ると二回に一回はカツカレーを食っているような気がする。
「美味いからな。カレーは僕の好物なのだ」
「きつねうどんは一番安いんだ。それでいて上手くて量もある。コスパがいいんだ」
バクバクと席に座るや否やカツカレーを頬張る栄達を見ながら、俺もきつねうどんを啜る。
「ん?」
少しすると、学食の中が騒がしくなった。
入口の方に人集りができていた。まるで大人気アイドルの取り巻きのようだ。
「なんだあれ」
「さあな。超人気声優でも訪問してきたのではないか? ほらあるだろ、隣の昼御飯みたいな番組」
「あるけど学校の食堂には来ないだろ。そもそもあの番組に超人気声優は出てないし」
「なら知らん」
「もうちょい周りに興味持てよ」
「幸太郎に言われたくはないな。お前は興味ある風に見せてないから余計に質が悪いだろう」
「うるせえ」
俺が興味ないのは興味のないことに対してだけだ。好奇心とかを刺激されれば俺だっていろいろ気にするぞ。
「月島さん! ここが学食です!」
「ここの日替わりランチはいいですよ!」
「何言ってんだ! この学食のオススメはコスパ最強のきつねうどんだ!」
「バッカお前、月島さんにあんな貧乏くさい飯提案すんじゃねえよ!」
「カレーもオススメです!」
「ここの回鍋肉がまた絶品で!」
男子共の声が飛び交う。
その全てが、恐らく中心にいるであろう月島結に向けられている。取り巻き多すぎて彼女の姿は見えないが。
あときつねうどんのこと貧乏くさいとか言ったやつ犬のフン踏んで転けろ。
「おお、例の月島嬢か」
「なんだその言い方」
「親しくない相手はこう呼ぶというのが今のマイブームなのだ。カッコイイので使っていいぞ?」
「カッコよくないから遠慮しとく」
しかし。
あんな大勢で来ても席はないだろう。結局バラけて座るしかない。注文を済まし、先に料理を受け取ってしまった男子は渋々空いている席に座る。
受取口でたむろして迷惑をかける男だとは思われたくないのだろう。
学食のテーブルは四人席、二人席、一人席がある。彼らに残された手段は四人席を確保しそこに呼び込むこと。
ほぼほぼ初対面の人と二人席ってのは嫌だろうしな。お互いに。
「お、月島嬢がトレイを受け取ったぞ」
栄達も気になったのかスプーンを持つ手を止めて結の動向を伺っている。といっても、こいつはほぼ食い終わっている。
どんだけかき込んだんだよ。
「探しているな」
きょろきょろと辺りを見渡しながら席を探す。既に席を確保した男共が居酒屋のキャッチの如く呼び込む。
そこかしこから呼び込みを受けて、結も少し困り顔だ。
そんな様子を見ていると、席を探す結と一瞬目が合った。一瞬、というのは目が合った瞬間に俺の方が目を逸らしたからである。
しまった。
バレたか?
いや、でも一瞬だったし俺も結構成長してるし分からないか。
そうだよな。結が知ってるのは子供の俺で、今はもう高校生。結があれだけ見違えたように、俺だって変わってる。
だから大丈夫だ。
「こーくん?」
大丈夫じゃなかった。
俺は恐る恐る顔を上げると、俺の目の前までやって来た結がこちらを見下ろしている。
いや、そもそも、何で俺はバレるのを恐れているんだよ。別に、ただ昔の知り合いと再会しただけじゃないか。
「お、おう。久しぶりだな、結」
という、俺の考えは実に甘かったことをこの後知ることになる。
きっと俺は本能的に危険を察知していたのだと思う。
何のかって?
「わあ、本当にこーくんだ! え、この学校なの?」
「じゃなきゃ、ここにはいないでしょ」
「確かにね! え、わー、おどろいたー」
テンション高めに驚きを顕にする結。彼女はもう周りは見えてないのだろう。
「たまたま転校した先に、こーくんがいるなんてこれはもう奇跡だよね。ううん、違う。これはきっと運命だよ! 運命の赤い糸がわたし達を引き寄せたんだね!」
「……あ、ええっと」
俺が恐れていたのは、この四方八方から向けられる無数の殺意のこもった視線である。
俺、まじで殺されるんじゃないだろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます