第1話 転校生は幼馴染


 懐かしい夢を見た。

 

「ねえ、こーくん。わたしね、こーくんとけっこんしたいの」


 一人の少女が言う。

 体はまだまだ発展途上。当時の彼女は小学二年生だっただろうか。

 

「んー、でもそれはおとなにならないとできないことだし」


 黒髪ショートの少女に対して、その時の彼は少し髪が長かった。といっても男と女の短髪の基準は違う。

 少女の方が髪は長い。


「ええー、じゃあ……おとなになったら、わたしをおよめさんにしてくれる?」


 夕暮れ時の、誰もいない公園だった。


「うん。いいよ。だって、おれもゆーちゃんのこと好きだし」


「ほんと? それじゃあやくそくだよ? おおきくなったら、けっこんしようね」


 そして、二人は小指を結び契りを交わした。

 契り、なんて大層なものじゃないけれど。ただの子供の口約束。でも、このときの俺は本気で彼女のことが好きだったし、彼女も俺のことが好きだったに違いない。


 好きだった。

 それは過去の気持ちだ。

 その日、彼女はこの町を出ていくことになった。

 今はもう、会うこともないのでそんな気持ちは薄れて、もしかしたら既に消えてなくなったのかもしれない。


 だから。

 これは、そう。

 懐かしい、ただの思い出だ。


「……」


 ピピピピピピ、と自らの存在を主張するように、目覚まし時計が今日も元気に仕事に勤しんでいた。

 俺は布団から手を出して、目覚まし時計の場所を無差別にまさぐる。が、中々見つからないので諦めて顔を出す。


「うるせえ」


 ボタンを押すと目覚まし時計は音を止める。毎朝聞く音だけど聞き慣れない。何度聞いても不快でストレスが溜まるのは何故だろうか?

 もういっそのこと音を変えればいいのでは? 最近だとアプリのアラームがたくさんある。可愛い女の子に優しく起こしてもらえるアプリだって中にはある。

 それに変えれば、もう少し気持ちのいい朝を迎えれるのではなかろうか。


「……いや」


 その女の子の声に、今度は鬱陶しさを感じ始めるだけだな。この結果からは逃げられまいよ。

 嫌われようとウザがられようと、それでも自分の仕事を全うする。目覚まし時計という存在に、人はもっと敬意を払うべきなのかもしれない。


「起きるか」


 体を起こし、軽く伸びをする。

 目が覚めてきたところで制服に着替える。布団を畳み、リビングへと向かう。

 1DKのマンションの一室だけど、二人で住むには十分だ。両親は俺が幼い頃に離婚し、今は母親と二人で暮らしている。

 夜の仕事をしているので、この時間に帰ってきたりこなかったりする。今日は姿が見えないので、まだ店にいるのだろう。


 キッチンに立ち、朝食を作る。といってもトーストを焼いている間にスクランブルエッグを焼くだけだ。

 今日はレタスとプチトマトを添え、色合い的には悪くないモーニングプレートが完成する。


「いただきます」


 コーヒーにミルクを入れて特製カフェオレを作り、さっと朝食を済ます。

 朝は特別興味があるわけではないけどニュースをぼーっと眺める。星占いが終わる頃が、家を出るのにちょうどいい時間なのだ。

 準備を済ませて家を出る。


 俺の通う大幕高校までは電車で五駅。どうして近くもなければ遠くもないそんな学校を選んだのかというと、担任の先生に勧められたからという、ただそれだけの理由だ。

 入学し、一年が経った今、これといった後悔はないので間違いではなかったのだと思う。


 駅を降り、坂道を登ると学校が見えてくる。周りは建物というよりは自然が多く、静かなのがこの辺りの良いところだろう。


 校門から中に入ると小さな広場がある。そこに新しいクラスが張り出されている。

 そう。

 本日より、新学期が始まるのだ。


「おはよう、幸太郎」


「おう、栄達」


 新しいクラスは二年三組。

 教室に入り、自分の席につくと一人の男子生徒が席にやって来た。


「今年も同じクラスで安心したぞ」


「俺以外にも友達作ればいいだけだろ?」


 俺が呆れたように言うと、そいつはハンと鼻を鳴らして笑う。


「友達くらいおるわ。ただ、僕の同志は幸太郎だけで十分なのだ」


「理由になってねえし理由にするには気持ち悪いな」


「褒めるでない」


「褒めてない……」


 小樽栄達。

 小太りメガネでさらにはちまきのようなヘアバンドを頭に巻く、いわゆるオタクである。

 このオタクのような容姿を持ち、アニメや漫画といった文化をこよなく愛するのだから、中身が見た目を裏切っていない。


「見渡してみると知ってる顔がちらほらあるな」


「去年同じクラスだったか、合同授業で一緒だったか、少なくとも同じ部活の生徒は見当たらん」


「俺とお前を除けば同じ部活の生徒はあと一人なんだよ。目立つし、あいつがいないのは一目で分かる」


「先輩が引退したからな。新入部員が入ればいいのだけれども」


「そうだな」


「興味なしか。一応、部長であろう」


「名ばかりだって」


 教室の中は新学期特有の少し不思議な空気感が漂っていた。

 去年に比べれば随分マシだけど、それでも慣れない教室とクラスメイトに戸惑い半分、期待半分といった感じの雰囲気がある。

 まあこれも、一週間もすれば薄れてなくなるんだろうけど。


「そういえば聞いたか?」


「なにを?」


 思い出したように栄達が聞いてくる。今来たばっかなのに聞いてるはずがないだろ。


「うちのクラスに転校生が来るらしい」


「どこ情報だよ」


「さあ。噂を立ち聞きしただけだからな。ソースも何もないが、ただ噂してたのは陽キャだから信憑性はある」


「なにその理論」


 言われてみると、教室のあちらこちらからそんな話が聞こえてくる。ここまで広まっているということはガチか。


「皆が口を揃えて、可愛い女の子がいいと言っている」


「男子の意見だろ」


「しかし中にはイケメン男子がいいという意見もある」


「女子の意見じゃねえか」


 転校生に対して抱く期待なんて誰もがそんなもんだろう。勝手にハードル上げられて、転校生もたまったもんじゃないだろうな。


「お前的にもやっぱり可愛い女の子がいいか?」


「いや、そうでもない」


 俺が聞くと、意外にも栄達は首を横に振った。


「そりゃまたどうして?」


「可愛い女の子が来ても、僕と関わりができるとは思えないし」


「悲しい理由だ」


「ぶっちゃけ何であれ関係なさそうだからどうでもいいんだけど、強いて希望を上げるなら正体が魔法少女のロリっ子がいいかな」


 正体が魔法少女のロリっ子とは関係を持てるとでも?

 思ってないか。


「幸太郎は?」


「そりゃあ美少女であるに越したことはないだろ。同じ空間にいるだけで目の保養になるしな」


「浅ましい理由だな」


「浅ましくはねえよ」


 そんな話をしているとチャイムが鳴る。少しすると担任の先生が入ってくる。

 担任はわりと重要だ。この担任教師ガチャ、当たりよ来てくれ。


「皆さん席についてますかー? 私が二年三組を担当する成瀬奈央ですよ。よろしくー」


 当たりか?

 当たりなのか?

 成瀬先生は英語の担当教師で生徒からの(特に男子)人気は絶大だ。主に容姿的な意味で。若さもあって絡みやすい先生としてあげられる。

 茶髪の巻毛。化粧も恐らくナチュラル程度だろう。スーツ姿により浮き出る体のラインに男子は前屈み必至(嘘)。

 当たり、だよな?


「ホームルームをさっさと始めたいところだけど、みんなのそわそわした気持ちを先に解消したいと思います」


 先生の言葉にクラスメイトのテンションが上がる。


「皆さんももう知ってるんだろうけど、このクラスに転校生が来ます。といっても新学期だし、あんまり転校生って感じはしないかもしれないけどね」


 冗談めかして笑う先生は教室の外で待機しているであろう転校生に合図を送る。

 するとガラガラとゆっくりドアが開いて、転校生が中に入ってくる。


 教室の中は静かだった。

 それは転校生に気を遣って、というわけではなさそうだ。どちらかというと言葉を失っている感じ。

 気持ちは分かる。


「それじゃあ月島さん。自己紹介をよろしく」


 やって来た転校生がめちゃくちゃ可愛いのだから、男子は思わず固唾を飲み込んだことだろう。

 だけど何だ、どこかで見たことのあるような顔な気がするけど、生憎あんな美少女は知り合いにいない。

 一度会えば忘れないだろうし。


「皆さん初めまして。親の転勤でこの春、大阪から引っ越してきました。といっても、昔はこっちの方に住んでいたので戻ってきたことになるんですけど。月島結です。よろしくおねがいします」


 そう言って、彼女はぺこりと頭を下げた。


「月島、結……?」

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