第9話 ご機嫌な結


 今思い返すと、今日は朝から随分ご機嫌だった気がする。

 もちろん俺ではなく、結がだ。

 朝のお迎えに始まり、登校中や学校についてから、昼休みまで、ずっと一緒にいたわけではないが、どこか浮足立っているというか、とにかくテンションが高かったように思える。

 その理由を、俺はその日の放課後に知ることになる。


「こーくんは今日は部活動に行くのかな?」


 放課後、終わりのホームルームを終えた教室内はざわめきを取り戻す。その中で結が俺の席までやって来る。


「そうだな。普段毎日は集まらないけど、来週から始まる体験入部について話し合うって栄達が気合い入れててな。今さら何しても遅いと思うんだけど仕方なく付き合うことにした」


「そかそか」


「そういや、お前は部活入んないのか?」


 そういえば。

 こうして結と二人で話していても、先日のように殺意をぶつけられることはない。

 というのも、以前起こった俺と結に関しての男子からの敵意の集中砲火はあの後程なくして収束したのだ。

 俺と結は幼馴染、そしてあれはただの子供の頃の約束でしかない。結の公開告白はただのおふざけ、という話がすぐに広まった。

 そもそもそこまで興味がなかったのか、それ以上に相手が俺だからそこまで話題にならなかったのか。

 まあ、こんな冴えない男が完璧美少女たる月島結に好かれているとは誰も思わないわな。

 理由が思いつかないもの。


「んー? 考えてるよ。いろいろとね」


「そうなのか。やっぱりバスケ部とかテニス部とかか?」


「なんでそう思うの? お胸が小さいからやりやすそうとか思ったのかな?」


 笑いながら言ってくるが目が笑ってない。

 ボケなんだろうけど、笑えねえんだよ。ボケれてないんだよ。


「進んで自虐してくるスタイルなんなの……? 違うよ、お前体動かすの好きだったろ?」


 子供の頃はよく外で遊んだものだ。学校でも、家に帰ってからでも。お人形遊びというよりは鬼ごっこやキャッチボールの印象が強い。


「いや別に好きじゃないよ。特別嫌いというわけでもないけど」


「え、そうなの?」


「うん。今となってはほんのちょびっとだけ苦手だったりするもん。転校してくる前だって運動系じゃなかったんだよ」


「何部だったんだ?」


「バスケ部のマネージャー」


 ええー。

 運動系の部活のマネージャーってだいたいその部活のキャプテンと付き合うやつじゃん。部活後に部室に残ってイチャイチャするやつじゃん。

 なんて姿を少しだけ想像してしまいモヤッとする俺だったとさ。


「あ、心配しないでね。バスケ部って言っても女バスだから。キャプテンと付き合ってイチャイチャとかしてないよ」


「……エスパーか何か?」


「顔に書いてるよ。卑屈で捻くれた面倒ちゃんだけど分かりやすいんだね、こーくんは」


 悪態つかなきゃ褒めれないのか。いやそもそも褒められてないな?

 俺の腑に落ちない表情が面白かったのかケタケタと笑う結を俺は睨みつける。


「それにしても、俺はてっきりスポーツしてたのかと思ってたからちょっと意外だ」


「そもそもわたしにスポーツ少女のイメージがあることに驚くよ」


「子供の頃はよく外で遊んでたじゃないか。お人形遊びって柄じゃなかったろ」


「それはこーくんが外で遊びたがるからだよ。わたしとしてはお人形遊びがしたかったのに」


 ぶうと抗議するように複雑な表情を見せた結だったが、すぐににかにかと笑顔に戻す。


「まあ、わたしとしてはこーくんと一緒なら何でも楽しかったんだけどね」


 そんな恥ずかしいことをよくもまあ何でもないように言えるなこいつは。聞いているこっちが照れてしまう。

 が、照れるとからかわれてしまいそうなのでポーカーフェイスを決める。


「じゃあ文化系に入るのか? それともまたマネージャー?」


「さすがにこの時期に二年生のマネージャーは求められてないでしょ」


「男子サイドなら大歓迎されるだろうよ」


 何なら土下座されるぞ。それか金を渡されるまである。結のマネージャー権を巡って争いまで起こりそうだ。


「んー、でも男の子の部活に入るとこーくんが心配するから止めておくよ」


「しねえよ」


「また目を逸らした」


「……」


 何をしても裏目に出てしまう気がする。これ以上相手をしていても俺の弱み的なものを握られるだけな気がする。


「まあいいや。俺はそろそろ行くよ」


「えーもう行くの? もっとお話したいのに」


「別にいつでも話せるだろ。あまり遅くなると白河がうるさいんだ」


 それは本当である。遅刻とかにえらい厳しいんだよなあ。その辺は栄達には甘いのに。

 ついでに栄達も俺にはうるさい。けどそれはスルーするから問題ない。


「ふーん。まあ、そういうことなら仕方ないね。お友達待たせるのはよくないし」


「そういうことだ。じゃあな」


「うん」


 手を振って俺を見送る結は終始笑顔で、だから俺は油断していたというか気を抜いていて、最後の彼女の言葉を上手く聞き取れなかった。

 聞き取れなかったけど。

 あいつ、「またね」と言わなかったか?

 別に別れ際としては変でもないその言葉が何故か引っ掛かったのは何故だろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る