第34話 何のために

「……あの、この間は、本当に、もうしわけございませんでした」


 気まずい沈黙の後、ようやく言葉を絞り出せた。

 ベルムさんは相変わらず苦笑を浮かべたまま、首をかしげた。


「まあ、あの件のことはもう気にするな。俺が痛覚無効系のスキルを持ってると、勘違いしてたんだろ?」


「……はい」


「なら、仕方ないさ。それに、結局は我が身可愛さに、パーティーから逃げ出したんだ。お前が無責任だと憤るのも、当然だ」


 苦笑が、どこか淋しげなものに変わってく……。


「ただ、一つだけ弁解させてもらうと……、まさかソベリが俺の後任を誰かにさせるとは、思ってもみなかったんだ。あいつ、事なかれ主義だから」


「そう、ですか……」


「まあ、今さらそんなことを言っても、言い訳でしかないんだけどな」


「……」


 自嘲気味な言葉に、思わず目を反らした。

 なんて言葉をかければいいか、分からない……。

 なにか話題を反らせればいいんだけど……、ん?

 

 不意に、テーブルに置かれた本のタイトルが目に入った。「ダンジョン探索者のための、効果的なリハビリ方法」に、「心的外傷の克服」に、「離脱症状の乗り越え方」……、この本ってまさか……。


「ああ、その本、気になったか?」


 気になるも、なにも……。


「ひょっとして、あのパーティーに戻るつもりなんですか?」


 そんなことをしたら、ベルムさんはまた……。


「いや、さすがにそれはないよ。マリアンにも『もしもパーティーに戻るなんて抜かしたら、半年は続く状態異常をかけてやる』って言われてるしな」


 半年続く状態異常って……。でも、マリアンさんなら、そのくらいのことできるだろうし、やりかねないかもしれないか……。

 いや、マリアンさんの怖さは、ひとまず置いておいて……。


「よかった。戻るつもりはないんですね……」


「はははは、心配してくれるのか?」


「当たり前ですよ! でも、戻るつもりがないなら、なんでそんな本を読んでたんですか?」


 やっぱり、最強パーティーのリーダーっていう評判は、そうそう捨てられないんだろうか?


「そうだな……、フォルテ、この辺りにもいくつかダンジョンがあるのを知ってるか?」


「え……、そうなんですか……?」


「うん! キラキラした宝物があるところが、六カ所あったんだよね!」


 リグレが得意げな表情で話に入ってきた。


「ああそうだ。リグレは物知りだな」


「えへへー!」


 ベルムさんにほめられて、リグレは嬉しそうに笑った。

 この近くにも、六カ所もダンジョンがあったのか……ん?

 六カ所も


「あの、ベルムさん。あった、っていうことは、もう攻略は終わってるんですか?」


「ああ、そうだ」


 ダンジョンの攻略の目的は、最奥地にある核とよばれるものを破壊したり、持ち帰ったりすることだ。

 核の形状は宝石だったり、鉱物だったり、主と呼ばれるモンスターだったりと様々だ。

 でも、核がどんな形状をしていても、破壊したり持ち去ったりすれば、ダンジョンの機能は停止する。

 罠が即時停止するのはもちろん、モンスターも消滅していく。


 それなら、わざわざ話題に上げることもないんじゃないか?


「……攻略をしたといっても、モンスターが完全にいなくなるまで時間がかかることもあるし、核の処理が甘くて機能が完全に停止していないこともあるだろ?」


「ああ、たしかに、そうですね……」


 言われて見れば「魔の森」だって、主を倒した後もかなりの数のモンスターが残ってたもんな……。


「まあ、この辺りではそういった報告はないみたいだが、万が一ということもある。そんなときに、身体がまともに動かなかったら嫌だからな」


「それは、つまり……、もしものときにこの街の人たちを守るためにリハビリをしてる、ってことですか?」


「まあ、守るというのは差し出がましいかもしれないが……、この街の人たちには世話になってるから、なにかの役に立てたらと思ったんだ」


 ベルムさんは、照れくさそうに頬を掻いた。



 この人は、また自分以外の誰かのために――



「私も!」



 ――突然、リグレの大声が耳に入った。



「私もね! いっぱい練習して、強くなって、フォルテちゃんを守るの!」


 ……いきなりなにを言い出すんだろう、リグレは。


「だから、安心して大丈夫だからね!」


「安心もなにも、子供に守ってもらうほど弱くないから……」


「またまた、照れちゃって-!」


「照れてるわけじゃない!」


「大丈夫だよ! 照れてるフォルテちゃんも可愛いから!」


 ……本当にリグレは、僕のことを一体なんだと思ってるんだ?


「はははは! ルクスにも聞いていたが、本当に頼もしい弟子なんだな!」


「……笑わないでくださいよ、ベルムさん」


「いや、そうだな。すまない」


 ベルムさんは謝ると、小さく咳払いをした。


「リグレに守られるのが嫌なら、お前がちゃんと守ってやらないとな」


 ……僕が、誰かを守る?

 たしかに、魔術の才能があるっていっても、リグレはまだまだ子供だ。


 

 でも、僕は――


 

  僕は有能だから。

  失敗は全部周りのヤツらのせいだ。

  あいつらが弱いからいけないんだ。

  あいつらが僕に合わせればいいのに。


  

 ――ずっと、それが正しいと信じ込んでた。




「フォルテ、どうした?」


「………………ょうか?」


「ん? すまない、聞こえなかった」


「僕なんかが……、誰かを守ることなんてできるんでしょうか?」



 今まで自分中心の考えしか、してなかったんだ。

 しかも、実際の実力から、目を背け続けてきた。

 そんな僕が、誰かを守るなんて……。



「できるにきまってるでしょ!」


「ふわっ!?」


 再び耳をつんざいた声に、思わず変な声がでてしまった。


「だって、フォルテちゃん、虫さんから私を守ってくれたじゃない!」


 リグレは腰に手を当てて、頬を膨らませる。

 えーと、虫さん?

 ……ああ、家庭教師初日のあれか。


「でも、あれはとっさのことだったし……」


「とっさでもなんでも、フォルテちゃんのおかげで、虫さんにかまれなくて済んだんだよ!」


「そうなのかもしれないけど……」


「もう、自分をおヒゲにしちゃだめだよ!」


 ……おヒゲ?

 ああ、卑下、のこと言ってるのか。


「ああ、リグレの言うとおりかもしれないな」


 不意に、ベルムさんが穏やかに微笑んだ。

 リグレの、言うとおり?


「そう、なんでしょうか?」


「そうなんでしょうか、もなにも、お前はリグレのことを助けたんだろ?」


「たしかに虫からはかばえましたが……、僕の実力なんて、大したことなかったみたいですし、他の危険から守るなんて……」


「お前は……、どうして、そう、自己評価の振れ幅が極端すぎるんだ?」


「……極端すぎる?」


「ああ。大体な、お前の魔術の腕は、あのパーティーでも歴代トップクラスだったんだぞ」


「……え?」


 僕の魔術の腕が、歴代トップクラス……?

 でも、僕はクビになって……。


「だが、前にも言ったとおり、固有スキルに頼りすぎて、周りはおろか自分の命まで危うくなるような闘い方をしていたから、規程違反ということでクビにしたんだ」


 ああ、そうだ。

 マリアンさんも、そんなことを言っていたっけ……。


「ただな、その件に関しては、俺も悪かったと思っている。もう少し早いうちに一緒に行動して、危険な行動を取る前に注意してやるべきだったな。すまなかった」


 ベルムさんは、深々と頭を下げた。

 ちょっと前までなら、いい気味だ、とも思ったんだろう。でも……。


「でも……、ベルムさんも、いろいろと大変だったわけですから……」


 王宮とのあんな交渉をたった一人で引き受けながら、高難易度の依頼をこなしていたんだ。新入りをフォローする余裕なんてなくても、責められるはずないじゃないか。


「そうか……」


 ベルムさんはゆっくりと頭を上げて、苦笑を浮かべた。


「そう言ってもらえると、助かるよ」


「いえ……、僕の方こそ今まで、すみませんでした……」


「なに、気にするな。新人の生意気なんて可愛いもんだから。どこぞの最強弓術師の、マイナス思考の発作にくらべたらな。ははは……」


「ははは……、さすがに、ルクスさんのマイナス思考とくらべないでくださいよ……」


 ルクスさんの話題が出た途端、どちらともなく力ない笑いが口からもれた。


「フォルテちゃん、フォルテちゃん」


 突然、リグレが袖を引いてきた。


「うん、どうしたの? リグレ」


「これで、ベルムちゃんと仲直りできた?」


 ……子供って、なんでこう、本人前で答えづらいことを聞くんだろう?

 えーと、どうやって答えようか……。


「ああ、おかげさまで、仲直りできたよ」


 戸惑う僕をよそに、ベルムさんが穏やかに微笑みながら答えた。

 途端に、リグレの目が輝き出す。


「本当!? よかったね、フォルテちゃん!」


 そう言って笑いながら、リグレは足をバタバタさせた。


「うん、そうだね……」


 力なく返事をするのがやっとだけど……、たしかに、胸のざわつきは完全になくなったな。

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