第33話 言わなきゃいけないこと

 なんとかリグレを捕まえて、はぐれないように手をつないで駅前に向かった。

 ルクスさんに詳しい場所は聞けなかったけど、駅舎の外壁にある地図のおかげで、迷うことなく図書館までたどり着いた。


「フォルテちゃん、ここに、じしょがあるの?」


「うん。辞書だけじゃなくて、色んな本を読んだり、借りたりできる場所だよ」


「そうなんだね!」


「ただ、中に入ったら静かにしないといけないからね」


「うん! 分かった!」


 リグレは大きな声で、勢いよく返事をした。

 本当に分かってるのか不安になるけど……、まあ、授業中もムダに騒いだりはしないから大丈夫、かな。


 そんなこんなで、口をギュッと閉じたリグレと一緒に、辞書のあるコーナーまで移動した。

 えーと、子供向けの辞書は……、あった。


「リグレ、見つかったから、閲覧コーナーに移動しようか」


「うん」


 リグレは小声で返事をしながら、大きくうなずいた。

 動作の勢いがよすぎる気はするけど、騒がしくする心配はなさそうだ。これなら、トラブルは起きないだろう。




 閲覧コーナーに移動すると、ちらほらと人の姿が目に入った。

 平日の昼間でも、結構利用してる人がいるんだな……。


 ……あれ?

 あの隅の席に座ってる、銀髪で目つきが鋭い人って……。



 間違いない。ベルム、さんだ……。



「フォルテちゃん、どーしたの?」


「あ、ごめん。別の席に行こう」


「え? どーして?」


「うん、ちょっと知ってる人がいて……」


「知ってる人? あ、さっきまで見てた、あの髪が銀色のお兄ちゃんのこと?」


「うん」


「知ってる人なら、あいさつにいかなきゃ」


「いや……、ちょっとそういうわけにはいかなくて……」


「えー、どーして……、あ、ケンカしちゃったから?」


「うん、まあ、ちょっと違うけど、そんなかんじかな……」


「それじゃあ、ちゃんと『ごめんなさい』して、仲直りしなきゃ」


「それはまあ、そうなのかもしれないけど……」


 ……子供って、こういうときに正論を言ってくるから厄介だ。

 素直に謝れれば苦労はしない……。

 というか、謝ったって許してもらえるはずなんてない。


「じゃあ、私がフォルテちゃんが『ごめんなさい』したいって、言ってきてあげるね」


「あ、こら! リグレ……」


 待て、という間もなく、リグレはベルムさんのそばに駆け寄っていった。

 

 それから、ベルムさんの袖を引いて、勢いよく頭を下る。

 ベルムさんは、困惑した表情で首をかしげる。

 リグレは笑顔でうなずいてから、僕の方を指さす。

 当然、ベルムさんは困惑した表情のまま、こっちに顔を向ける。


 

 そして――



「えーと……、その……、どうも……」



 ――僕は小声で、ベルムさんに気まずい挨拶をすることになった。



 ……二週間くらい前にも、ルクスさんと同じようなやり取りをした気がする。


 なんでリグレと行動すると、こういう目にあうんだろう……。当のリグレは、なんか得意げな表情で、こっちに向かって手招きしてるし……。

 ひとまず、事情を説明しにいかないとだめか……。

 

「……お久しぶりです」


 意を決して挨拶をすると、ベルムさんは苦笑を浮かべた。


「ああ、久しぶりだな。ここで話し込むと周りに迷惑がかかるから、談話スペースに行こうか」


「あ、はい。そうですね……、ほら、リグレも行くぞ」


「うん、分かった!」


 そんなこんなで、ベルムさんは数冊の本、僕は辞書を持って談話スペースに移動した。ベルムさんはため息を吐きながら、簡素な造りの長椅子に腰掛けた。


「二人も、気にせずかけてくれ」


「あ、はい。どうも」


「うん、分かったー!」


 勧められるまま、リグレと一緒に向かいの長椅子に腰掛ける。

 ベルムさんは長椅子の間に置かれた小さなテーブルに本を置くと、また苦笑を浮かべた。


「この子が、最近できたっていう弟子なのか?」


「うん! そうだよ! リグレっていうの!」


「そうか、俺はベルム。フォルテの、元上司だ」


「そうだったんだね! うちのフォルテちゃんが、大変お世話になりました」


「ははは、これはご丁寧にどうも」


 深々と頭を下げるリグレに、ベルムさんが穏やかに笑いかける。

 えーと、打ち解けてもらえたのは、いいんだけれど……。


「ん? フォルテ、どうした?」


「あ、いえ。なんで、リグレのこと知ってたのかな、と思って……」


「ああ、ルクスとヒューゴから聞いてな」


「そう、ですか」


「最近、二人して頑張ってるそうじゃないか」


「うん! 私もフォルテちゃんも、毎日かけっこと魔法の練習、すっごく頑張ってるよ!」


 僕の代わりに、リグレが返事をする。ベルムさんの顔が、またほころんだ。


「ははは、そうか、それは偉いな!」


「うん! 私もフォルテちゃんも偉いんだよ!」


 リグレは得意げな表情で、胸を張る。



 なんだか、このまま世間話を続けられそうなかんじになってきたけど――



「それで、さっきリグレが言ってたんだが、俺に謝りたいことがあるんだって?」



 ――やっぱり、そう甘くはないよな。



 ベルムさんは苦笑をしながら、首をかしげてるけど……、なにを謝りたいかなんて、もう分かってるんだろうな……。

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