第23話 どうせなら、ここで

 なんだろう、身体がすごく温かい。


「おーい」


 さっきまで、すごく寒かったのに。 


「ねえ、ねえ」


 ひょっとして、力尽きて天国にいたりするのかな?


「まだ、寝てるのー?」


 それだと、この声は天使なのかもしれない。


「ご飯ができたよー?」


 ご飯、か。


  ぐぅぅぅぅぅぅ


 ……天国に来ても、空腹は感じるものなのか。


「だから、起きてー」


 ひとまず、起きよう……。



「あ! 起きたー!」

 


 目を開くと、茶色の長い髪をした、緑色の目の幼い女の子が覗き込んでいた。


 

 へえ、天使ってやっぱり、可愛いんだ――



「よかった! 生きてた!」



 ――え?



 生きて、た?


 上体を起こしてあたりを見渡すと、狭い部屋にあるベッドに寝かされていた。


「おはよう! お兄ちゃん!」


「お、おはよう……」


「いま、お父ちゃんとお母ちゃん呼んでくるから!」


「あ、え、ちょっと待って。君は一体……」


「待っててねー!」


 女の子は僕の言葉も聞かずに、走り去っていった。

 ひとまず、状況を整理してみようか……。


 マリアンさんの店を出てから、雨に降り出される。

 強い雨の中、つまずいて転ぶ。

 空腹と疲労で、立ち上がれなくなる。

 もう、どうでもいいと思って、そのまま意識を手放す。


 ……うん。

 思い出したくもないけど、こんなかんじだったはず。

 でも、ここは海沿いの道じゃなくて、どう見ても屋内だ。ぱっと見える照明や家具は質素な造りだし、天国でもなさそうだけど……、一体ここはどこなんだろう?

 

 あれ? そういえば、なんだか身体が軽いような……、ん?



 なんで、下着だけになってるんだ?



 そういえば、倒れる前に誰かの声が聞こえた気がしたな……。

 ということは、追いはぎにあったんじゃ……。


「よう! 兄ちゃん、目が覚めたって!?」

「よかった! 起きなかったら、どうしようかと思ったよ!」


 突然聞こえた大声に顔を向けると、質素な服を着た口ひげの生えた男性と、同じく質素な服を着た長い髪の女性の姿があった。

 


 それから――



「お兄ちゃん! お父ちゃんとお母ちゃん連れてきたよ!」



 ――二人の前で、さっきの女の子が得意げな表情を浮かべていた。



「兄ちゃんのローブは、ずぶ濡れになってたから、脱がして干してあるぜ!」


「乾くまでの間、父ちゃんの服貸してやるから、着替えたら夕飯にするよ!」


「今日はね! シチューなんだよ!」


 三人は、楽しそうに笑っている。

 どうやら、追いはぎというわけじゃなさそうだ。


「ありがとう……、ございます……。あの、貴方たちは一体……」


「おお! すまねえ、自己紹介がまだだったな。俺は、カリダスだ。で、こっちがカミさんのエタレオで。こっちが、娘のリグレだ」


「よろしくね!」


「よろしくー!」


 カリダスさんに紹介され、エタレオさんとリグレがニコリと笑った。


「それで、兄ちゃんは?」


「あ、えーと、僕の名前はフォ……」


  ぐぅぅぅぅぅ


「……すみません」


 なんで、このタイミングで腹が鳴るかな……。


「はははははは! 気にすんな兄ちゃん! まずは、飯にしようぜ! 着替えはそこのタンスに入ってるやつを、適当に着てくれ!」


「そんじゃ、着替えたらおいで!」


「お母ちゃんのシチュー、すっごくおいしいから、はやくきてね!」


 三人は楽しそうに、部屋から出て行った。

 ひとまず、着替えを借りて食事に向かうことにしよう。


 タンスに入っていた質素なチュニックに着替えてドアを開けると、シチューとパンが乗ったテーブルを囲む三人の姿が目に入った。


「おう! 兄ちゃん、こっちこっち!」


「さ、あったかいうちに、早くおあがり!」


「はやくはやくー!」


 とりあえず、歓迎はしてくれてる、のか。



 席に着くと、カリダスさんが胸の前で指を組んだ。


「それじゃあ、今日も家族そろって無事に夕飯が食えることを、神様と母ちゃんに感謝します! いただきます!」


「いただきまーす!」


「たーんと、めしあがれ! ほら、兄さんも遠慮せずに!」


「どうも……」


 エタレオさんに勧められるまま、シチューを口に運んだ。その途端に、カリダスさんとリグレが得意げな表情を浮かべた。


「どうだい、母ちゃんのシチューは、美味いだろ?」


「お母ちゃんのシチューは、世界一なんだよ!」

 

 正直なところ、このシチューより美味いシチューを出す店は、王都にいくつもある。でも、今そんなことを口に出して、このなごやかな空気に水を差すのも悪いか。


「はい、とても美味しいです。今まで食べてきた中で、一番」


 しまった、ちょっとわざとらしかったかな……。


「あらあら、それは嬉しいねぇ。まだ沢山あるから、どんどんおかわりしておくれ!」


 心配をよそに、エタレオさんは目を細めて笑った。

 ……ここは、お言葉に甘えることにしようかな。


「ありがとう、ございます。では、ぜひ……」


「ねえ、ねえ」


 不意に、隣に座っていたリグレが、袖を引っ張った。


「お兄ちゃんのお名前は、なんていうの?」


 そうだ。

 まだ、自己紹介をしてなかった……。


「申し遅れました。僕は、フォルテといいます」


「フォルテ……、古い言葉で『勇敢』か。うん、いい名前だな!」


 カリダスさんは、笑顔でそんなことを口にした。

 ……いい名前、か。

 たしかに、この名前に恥じないようなダンジョン探索者を目指して、固有スキルを活かした戦い方をずっとしてきたつもりだった。

 

 

 でも――



「その場にいた全員を危険にさらした」


「勇敢と無謀は、全然違うのにねー」


「下らない見栄のために」



 ――結局は、全部ひとりよがりだった。



 それどころか――



「俺がまたパーティーにもどれば……」



 ――ずっと悲惨な状況で戦っていた憧れの人を、また追い詰めるようなことをした。


 

 一体、僕のなにが勇敢なんだろう……。


「お、おい? フォルテ、大丈夫か!?」


 軽くにじんだ視界の中に、カリダスさんの慌てた表情が浮かぶ。


「すみません……、大丈夫です……」


「ならいいけどよ……。そ、そうだ、フォルテ、着てたローブ見て思ったんだけど……、お前って魔術師だったりするか?」


「はい、そう、ですが……」


「本当か!!」

 

 突然、カリダスさんの目が輝いた。


「母ちゃん! 今の聞いたか!」


「ああ! 聞いたとも!」

 

 エタレオさんの目も輝きだす。

 一体、急にどうしたんだ?


「魔術師だと、学校の先生か? それとも、ダンジョン探索者か?」


 カリダスさんが、目を輝かせたまま、テーブルに身を乗り出してきた。


「あ、はい。ダンジョン探索者です。今はちょっと、休業状態ですが……」


「それなら、なおのこと都合がいいぜ! な、母ちゃん!」


「ああ! まったくだねぇ!」


 都合が、いい?

 本当に、一体何の話をしてるんだ?


「もう! お父ちゃんもお母ちゃんも、ちゃんと、じょーきょーせつめーしないと、フォルテちゃんが困ってるよ!」


 リグレに叱りつけられ、二人はようやく我に返った表情を浮かべた。


「コイツはすまねぇ……、つい……」


「悪かったね、フォルテ……」


「あ、いえ。別に構いませんが、僕が魔術師でダンジョン探索者だと何の都合がいいんですか?」


「お? 話を聞いてくれるかい?」


「そいつは、ありがたいねぇ」


 二人はそろって、満面の笑みを浮かべた。


「実はな、リグレは俺たちと違って、魔術の才能があるっぽいんだよ」


「そうなんだよ。この間なんて、遊んでた積み木をぷかぷか浮かせてねぇ」


「積み木を浮かせた……」


 ということは、風属性の魔術か、重力属性の魔術を使ったってことか……。


「しかも、大きくなったら宝探しをしたいって、ずっと言ってるんだ! だから、魔術とダンジョン探索の授業をしてくれる幼稚園に入れてやりたかったんだが……」


「そういうのを教えてくれるところは、授業料が高くてねぇ……」


 たしかに。

 僕も通ってたところも、貴族とか大商人の子供ばっかりだったもんな……。


「そこで、お願いなんだが……、リグレの家庭教師になっちゃくれねぇか?」


「あんまり高いお礼は出せないけど……、その代わり、ご飯と寝る場所は提供するから!」


 住み込みの家庭教師か……。

 たしかに、王都に戻っても、職がすぐ見つかるわけじゃないし、いい話なのかもしれない。

 でも……。


「……いいんですか? 道ばたに倒れてたようなやつに、大事な娘さんの家庭教師を任せても」


 しかも、そうなったのも、認めたくないけど、自業自得だった。



 倒れていた理由を知れば、二人もあきれるはず――



「なんだ、そんなこと気にすんなよ!」


「行き倒れの一回や二回なんて、若いころは誰でもするもんだよ!」



 ――なのに、事情を聞くことすらしなかった。



「まあ、なんか失敗しちまったのかもしれないけどさ、そんなの若いうちはよくあることだって」


「そうそう。みんな、そうやって年取っていくんだからさ」


 ……そう言って、もらえるのなら。


「それなら……、僕でよければ」


 どうせ行く当ても、新しい勤め先の当てもないんだ。しばらくの間ここで世話になるのも悪くない。


「本当か!? フォルテ……、いや、フォルテさん……、いや、フォルテ先生! ありがとうな! よかったな、リグレ!」


「ありがとうね、フォルテ先生! リグレ、これで、魔法のお勉強ができるよ!」


 二人に声をかけられて、リグレは満面の笑みを浮かべた。


「うん! ありがとう、フォルテちゃん! これから、よろしくね!」


「あ、うん。よろしく……」


 正直なところ、子供の扱いには、自信がない。

 でも、居候させてもらうんだから、できるかぎりのことはしよう。

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