第2話 無能と異能



いち早くこの礼儀も可愛げもない目の前の女とおさらばしたいがそうは言ってもいられない。


女は虚無を見上げて何やらぶつぶつと言っているのをみてやはりというべきか、おかしくなっていたのだと思った。



人間は暗闇に閉じ込められると精神がおかしくなるらしい。俺は洞窟探検や遺跡へ行くことがあるから、この空間にそこまでストレスを感じていないが、彼女は違うのだろう。


見た感じ高校生くらいの女の子で、持ち物は懐中電灯のみ。

いつ電気が切れるかも分からない。


もしかしたら俺よりも前からここにいるのかも知れない。


彼女から聞こうと思わないし、深くも関わろうと思うほどお人好しではないので想定することしか出来ないが、もうあの少女にまともな精神は残されていないのだろう。


「とは言ってもな……」


壁に手をつきながら部屋に何かないか探ってみるが何も見当たらない。

罠があって槍が飛び出して来たり、矢が飛んでこないだけマシだったと言うべきか。


「……え?……どこ」


天井をライトで照らしながら独り言を言っている少女を不審な目で見た後、今度は床を探る。


「あ、ほんとだ」


何が。


「あーなるほど」


何がなるほどだ。

気になるし気に触るな。


「何か見つけたのか?」

どうせ幻想でも見てるのだろうと思いつつ問いかけて見れば、彼女は懐中電灯でポッカリと空いた穴の中を照らした。


「ん?」


「リク、見て。レバーがある」


たしかに腕が通るか通らないかわからない小さな穴の奥にはレバーらしきものがあった。

しかし天井までの高さは俺が彼女を肩車しなければいけないような高さだ。

普通の地面なら良かったが下はヌメヌメとしていて誰かを支えて立てるようには出来ていない。

とはいえ、この部屋から出る取っ掛かりとなりそうなものはあのレバーしかないというならば、不安定な足場でもやってみる価値はあるだろう。


そう決心して話しかけようとする俺を前に少女が虚無を掴み手を動かすとレバーはチカリと音を立ててながら下り、やがて大きな振動が部屋全体に伝った。


「あ、ふーん」


少女はそうなることが自然であると言わんばかりに落ち着いているが、俺の心臓はバクバクと脈打っていた。


「いやいや、いや!なんだあれ。おいあんた超能力者だったのか!?すごいなおいでその勢いで外壁も破壊してくれ」


「興奮しすぎじゃない?ただ手でレバーを動かしただけでしょ」


そうはいうが、俺は初めて見た超能力だ。いやマジックだったかも知れない。

しかし凄いことには変わりはない。


「いや、あんたこう、くいっと空を掴んで動かしたらレバーが動いただろ。あんなの始めて見たぞ。凄えなぁ」


「そう……かな?」


少女は目を泳がせて頰をかいていた。

なんだか言いくるめられそうだ。


「凄い!本当に凄いぞ。

なぁ、ここを出たら俺と芸能界デビューしないか?俺こう見えても芸能界に伝手があるんだが、超能力少女って肩書きでデビューなんていいと思わないか」


とは言ってもトレジャーハンターとしてテレビ番組にアドバイスをしただけで、出演したわけではないが、伝手はあるといえばある。俺がもちろん取り分は8割彼女が2割だ。



「ふーん、まあ悪くはないわ。まあ貴方がここを生きて帰られたら。だけど」


「なんだ、自信満々だな。俺は死んでもお前は一人で生きてここから出られるって?」


そういうと少し悲しそうな顔をした少女は懐中電灯の明かりを受けて神秘的に輝く青と赤の瞳を向けて、俺をじっと見つめて来た。


「な、なんだ……」

俺のことが好きになっちまったんかとおちゃらけるような空気ではなかった。


「私は必ず生きる。それに死なないし、だから私のことを考えなくてもいいから。

何も考えず貴方は私の後をついてくればいいわ」


なんだか丁寧な言葉で足手まといだと言われた気がする。


「はっはっは!いや、遠慮させて貰おう。俺はこう見えてもトレジャーハンターってのをやっていてな。こういう暗闇とか遺跡には詳しいわけよ」


辛気臭い流れは終わりにしようとわざと大きな笑い声をあげついでに自己紹介をした俺に少女は目を細めて俺を探るような視線を向けた。


「ふーん、遺跡に詳しいトレジャーハンターさん……この無知な私に教えてくださいな」


「おうよ」



「ここはどこ?」


「えっ……」


どこって。そんなもの俺が知りたい。

起きたら突然こんなところにいるんだ。わかるはずがない。

遺跡は入り口から入るから、何処だかわかるがこんな起きたら遺跡にいましたなんて状態でわかるはずがない。もっと宗教的なシンボルとか風土的な模様が見つかってからならともかく。


「わからない?」


「まだわからないが、もっと他の部屋を探索出来ればわかるはずだ」


「そう……なら、この部屋何か変わったのはわかる?」


「変わった……か?」


確かにレバーを動かした時に石が擦れたり、水が流れるような音がしたが少女が懐中電灯で照らした床や天井、それに壁を見た感じ何かが変わったようには見えない。


お手上げだ。全く見当もつかない。


いやしかしあれだけ大きな振動がしたのだから何かが変わったのだろうが、わからんな。まさか閉じ込めておいて唯一の手掛かりらしきレバーはただ部屋を振動させ中の人間に希望を持たせるための機構という……いや、どんな悪魔だそれは。こんな出入り口のない部屋に人間を閉じ込めるやつは悪魔のようだが、しかし閉じ込めた人間はどうやってここから出たのかという話になる。


何か機構があって出たに違いない。


と言うのもここの壁を見た感じ人が通れるほどの穴を開けると石組みが崩れるのだ。となれば人が出た後、石を嵌めて閉じたと言うよりは外に出る場所が屋根か床にあるということになる。


しかし全くその手掛かりとなるものがわからない。


「わからない?」


「わからん」


「私はわかったけどね」


いやいや、そんな。

嘘だろう。何処だ?


「本当か?」


疑心的な目で問いかければ少女は、石畳の床を指した。


何をと思っていると、壊れて水の溜まって石畳をいくつか指で指し、再び天井のレバーを作動させた。


ゴボゴボと言う音と共に水が流れて行き水は引いて行った。

再びレバーを動かすと部屋の振動と共に石が擦れる音がした。そして壁から水が僅かに染み出して壊れた石畳に溜まっていった。


なるほど、おそらく石が動いていることと水のたまり具合に何か法則があるのだろう。


「……わからない?」


「いや、これは……」


「これは?」


「水が溜まっている量が関係ありそうだ」


「それで?」


「わからん」


それ以上はどうにも分からなかった。

水の溜まり方にヒントもなければそれをどうしろと言うのか。

見つめてくる少女にわからないと言わねばいけなくて気まずくなって俺は笑った。



俺と少女は壁から染み出す水の音を聞きながら向かいあった。









「ほら何もわからない。さっきだって私が天井を探している時、床にへばりついて私のパンツを」



「心外だ!心外だぞ、そんなことは断じてない!」


なんてことを言い出すのかと俺は肝を冷やした。




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傾斜の迷宮 ぺよーて @GRiruMguru

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