file11 二つの戦局
2026年5月24日 PM18:51
特別管理区域4
旧愛知県名古屋市
市街地
コールサインエックスレイ140とその部隊は名古屋へ侵入
信二らは炎上するビルが佇む十字路を進んでいた、上空では戦闘機のドッグファイトが繰り広げられる中信二はビルとビルの間に入り込んで左手首に装着したスマートウォッチを見た。
「研究所は!?」
修二が聞く。
「ここから100メートル先の摩天楼だ、ファイルは最上階のにあるゲンゴのオフィスだろう」
信二がスマートウォッチに映る地図の赤い点を睨んだ。
「遠いな、上でドンパチやってるどこぞのVTOLに乗せてもらうか?」
恵一が座り込んで煙草を蒸かしながら言う。
「それも素敵だが、俺はアナログに行くぜ」
信二は言ってハニーバジャーのチャージングハンドルを引いて足早に駆けだす、それに続いて全員が立ち上がりそれぞれ四方を警戒しながら駆け足で進んだ。
「コンタクト!」
40メートルほど進み左に道が続いているT字路に差し掛かった時信二の後ろに続いていた恵一が大声で叫んだ、信二はその声を聞くと条件反射のように左を向いて身体を倒しながらその道の向こうへ発砲を始めた、修二は一度路上に設置されたゴミ箱の裏まで疾走し応戦、恵一は直立で制圧射撃を開始し尚人は恵一の目の前でニーリング状態になってベレッタCX4を構えた、またそれと同時に道の向こうで移動していた12人編成の大成学会歩兵らも信二達に向かって発砲する。
「尚人、スモーク!」
「任せろ!」
信二が大声で指示を出すと尚人はタクティカルベルトの右側のホルスターに装備していた小型のグレネードランチャーを歩兵側に構えて引き金を引いた、ランチャーから発射されたグレネードは信二達の10メートルほど先で起爆し白い煙幕をまき散らす。
「移動、移動ッ全力で走れ!」
信二は立ち上がって摩天楼の方面へ全速力で走りだした、摩天楼に近づくのに比例して呼吸もままならなくなるが信二はいち早く情報を入手したいという思いが強く一切のペースを下げずにむしろ時間経過とともに上げるように走った。
「ドアが閉まってる!」
恵一は摩天楼の自動ドアを指さして言った、信二はそれを見るとタクティカルベルトに装備したフラググレネードを一つ取ってピンを抜きドアへめがけて投擲、グレネードは床を転がり自動ドアの前で起爆し強化ガラスを粉砕、信二はそのまま走りながらリロードして摩天楼に入り流れるように銃を構えて左側に銃を向ける。
「レフトサイドクリア!」
「ライトサイドクリア!」
信二が言うと続いて右側にMEUの銃口を向けた修二が叫ぶ。信二達は摩天楼の壁の角に張り付いて壁の向こうを覗き込んだ、通路の向こうにはエレベーターがあり信二は一度覗くのをやめて後方にハンドサインを送った。
「エレベーターを使う、尚人、先導しろ」
信二が言うと尚人はこくりと頷きベレッタCX4をタクティカルリロードしてから通路に飛び出し銃口を廊下の先に向けて早歩きで歩き出した。エレベーターに取りつくと恵一は上向きの矢印のボタンを押す、運の良いことにエレベーターは一階まで来ていたためすぐに乗ることが出来た。
「ビーコンは動いているか?」
恵一が聞くと息を切らした信二は面倒くさそうに恵一の顔を見て首を横に振った。しばらくの沈黙の後エレベーターのチャイムが鳴った、最上階だ。
「行くぞ、警戒しろ」
信二が言うと全員が銃を構えてドアが開くのを待った、いざドアが開かれるとそこには多数の兵士の死体が横たわり辺り一面は破片と血糊の海だった。
「おいおい、何があったんだよ?」
尚人は一言呟いてエレベーターの外に出た、そしてある兵士の前へ行き手首に指を2本あてた。
「漁夫の利と行くか」
信二は最上階に出てもう一度スマートウォッチを見た。
「おい!おい大丈夫か?」
恵一は兵士に向かって叫ぶが一切の返事はない、それを横目に信二は単独で最上階を調査しようとチームから離れていこうとするが修二が信二の肩を背後から抑えた。
「一人で動くな、俺も行く」
信二は修二の腕を振り払うとあちこちの棚やデスクを調べるが目当てのファイルらしき物は見当たらない、最後にエレベーターの裏にある扉の正面まで向かいドアを蹴破って突入した、ドアの先は小さな倉庫でそこには何も無かった。
「畜生、逃げられた」
信二は呟いて複数の兵士の死体の前にいる恵一らの元へ足早に戻っていった。
「おいどうなってんだよ」
恵一が言うと信二はハニーバジャーのセーフティレバーを180度回転させて背中に担ぎその場に座り込み頭を抱える。
「知るかよ」
信二は床に落ちた窓ガラスの破片を握って窓に向かって投げながら言った。
「信二、それで、ファイルは?」
「さあね」
「さあねって、どう言う事だよ!この作戦立てたのあんただろう!?」
「ああ作ったのは俺だよ、だからなんだ?俺の作戦は完璧じゃなきゃいけないのか?え?」
信二は立ち上がって恵一の正面に立って脅すように言う、身長は恵一の方が15センチほど大きいが信二から出る覇気に畏怖して恵一は一歩後ずさりした。
「そうじゃないけど、一銭にもならない仕事させといて成果ナシでしたはあり得ないだろ」
恵一が反論すると信二は舌打ちをしてにやりと笑った。
「金が欲しければやるよ、いくら出せば良い?」
信二が恵一の右肩を力強く掴んで言う。
「金はいらない、だけどこのまま何もせずに帰ったら俺らただのアホだろ」
「はいそっすね」
信二は諦めたような口ぶりでめんどくさそうに言ってエレベーターに向かって歩き出した、しかしその瞬間とある死体の無線が起動した。
「...答..ろ...こちら....ォ..タ..応答しろ、こちらウォッチタワー、こちらウォッチタワー」
信二はその無線からノイズの混じった声を聴くと一目散にその無線機の元へ走り出し死体のプレートキャリアから無線機をはがした。
「何者だ?」
信二は一言だけ無線機に問いかけた。
「レッドスコープの星野軍曹だ!現在名古屋中央大橋にて交戦中!敵の攻撃が激しい!援軍を!」
無線機から返事が返ってきた。
「ここにいる部隊は全員くたばった、一つ答えろ、お前は何者だ?」
「103中隊レッドスコープの星野だ!貴様こそ何者だ!」
無線機はしばらく沈黙を続けた後そう答えた。
「藍沢伍長から何も聞いてないのか?」
信二は呆れたように煽り口調で言う。
「我々は秘密裏に組織された軍隊だ、それ以上は言えない!ではこちらから質問させて貰う、貴様は何者だ?」
「お前の敵ではない、それだけは言っておく、だから俺たちを攻撃するな」
信二は言うとエレベーターを親指で指さして修二たちに乗るようにそれとなく伝える。
「そうか、分かった...ならこちらからも一つ頼もう、そのまま北上すると橋がある、そこで交戦している部隊の支援に向かって欲しい」
「いくらだす?」
「取引は俺の専門外だ!」
信二はその一言を聞いて鼻で笑う。
「もう一つ聞きたい、明常研究所で交戦した部隊がいるらしいが、機密ファイルは入手出来たのか?」
信二はわずかな望みをかけてファイルの所在を聞く。
「いや、そこまでは把握していない、こちらはそれどころでは無いんだ!」
「そうか、ならまた今度だな。自分のポケットマネーで俺を雇わなかった事、後悔すんなよ?」
信二は無線を切り無線機をタクティカルベルトの空いている場所に吊るすとエレベーターに乗り込んだ。
「これからどうすんだ?」
修二が聞いた。
「二択だ、大成学会に回収されたか、無線の奴らが持っているかだ。虱潰しにするしか無い、まずはユナイテッドリベレーターズから行くぞ」
「どうやって?」
修二が首を傾げて聞いた。
「VTOLを奪う、もしくは交戦中の歩兵を拉致するぞ」
そうして会話しているうちにエレベーターのドアが開く。信二は立ち上がって摩天楼の入口へと向かった、しかし入り口から外へ出た瞬間どこからともなく一発の銃弾が信二の右腕を掠った。
「信二、危ない!」
修二は咄嗟に信二に覆いかぶさりその場で押し倒した。
「ああクソ、なんだ!?」
信二と修二は立ち上がって入り口の前に飾ってある生垣の裏に隠れて身体を伏せた。
「恵一、尚人は別の出口を探せ!敵のスナイパーだ」
信二は右腕を抑えながら仰向けになり傷の容態を確認するために切れたマウンテンパーカーの切れ目を開いて傷口を凝視した。
「おい信二、怪我の様子は?」
「掠っただけだ!」
「これからどうする?」
「一度摩天楼に戻る、走るぞ!」
そう言って信二は体を起こそうとした、だがその瞬間信二はそれを見て衝撃を受ける。
「なんだよアレ!?」
信二の視線の先には二機の戦闘機、迅速に飛行していた為明確にフォルムを確認出来なかったが最新式のものによく似ていた。そしてその戦闘機はミサイルを全弾発射し摩天楼を爆撃した。
「尚人、恵一そこから出ろ!走れ!」
信二はそう言いながらスナイパーがスコープを覗いている方向へ向かって走り出す、斜めに走り地面を縫うように。
「クソ、行くしかないか」
そう零した修二も共に走り出した、恵一ら二人も修二を追う形で走り出す、次の瞬間摩天楼の窓ガラスが破壊され鉄筋やコンクリート、ガラス片を炎と共にまき散らし建物が激しく揺れる。摩天楼の崩壊も時間の問題かもしれない。
「畜生突っ込むぞ!」
4人は破片が降り銃弾が向かってくる中スナイパーに向かって一目散に走り続ける。
「信二、スナイパーは左斜め先のビルだ!」
修二が言うと信二はそのビルを避けるように正面の建物にとりつこうと疾走を続けた、がしかし戦闘機の僚機が発射したミサイルが地面に直撃し信二ら4人はそのまま爆風で吹き飛ばされていった、幸いな事に重傷を負うものは一人もいなかった。
「何が起こった...?」
信二は朦朧とする意識の中立ち上がると丁度10メートルほど離れた場所にその戦闘機は地面に限りなく近い状態で垂直飛行していた。
「J-36イーロン...分が悪いな」
「信二...逃げろ...」
右を向くとそこには下半身が瓦礫に埋もれた恵一が倒れていた。
「やりやがったなクソ野郎かかって来いよ!ぶっ殺してやる!」
信二はその様子を見て憤慨し左腿に装備したFN5-7を取り出してセーフティを外すとひたすらトリガーを引き続けて応戦した、コクピットのハッチを狙うが腕を地面に強打したせいか腕が震え、照準が定まらない。銃弾はコクピット付近の装甲の薄い部分を貫通するだけでダメージを与える事は無く5-7はついに弾切れを迎えた、信二は即座にリロードし発砲を続けるが戦闘機のパイロットは照準を信二に向ける。
「こんなところで死ねるか」
5-7が弾を切らし信二はリロードのためにマガジンポーチが付いているプレートキャリアの右側に手を当てるがそこにマガジンは残っていなかった。
信二が困惑している隙に機体のミニガンが回転する。対応策を練ろうとしても頭が上手く働かない、足も思ったように動かない。全てが終わった、そう思い込んだその時だった。
「坊主!頭下げてろ」
突如信二の腰に下げた無線からノイズの混ざった声が聞こえる、信二は右に振り向いてうつ伏せになり両手で頭を覆った、その瞬間戦闘機はどこからか飛んできたミサイルによって炎に包まれ炎上しながら地面に激突し激しく炎上した、数秒待つとコクピットの風防が外れパイロットの一人が後部のレーダー員を引きずり出し地面に落ちる、レーダー員は腹部から出血しかなりの重症のようだ。
「あの野郎、ぶっ殺してやる」
信二は呟き硝煙が立ち込める中よろめきながら身体を上げて足元のハニーバジャーを拾う、コクピット付近まで近づくとパイロットがレーダー員を介抱しているのが分かった、腰に下げた非常用のピストルは抜いていない、信二はそう判断し彼らを警戒することをやめ、どうやって処刑しようかと考え始める始末だ。
「交戦意志は無い、み、水を分けてくれないか?」
パイロットは近づく信二に右手を向けてそう頼んだ。
「ならまず武器を捨てろ、さもなければ撃つぞ!」
信二は形だけ銃を構えて適当に脅し文句を言う。
「あ、ああ分かった、ほらこれだ」
パイロットはレーダー員の分のピストルを抜いて地面に捨てた、信二はそれを足で遠くへ蹴とばしてから銃を下ろし彼らの目線までしゃがんだ。
「水が欲しいんだな?」
「あ、ああ、患部を消毒しないと」
「なら無理だな、俺も仲間の患部を消毒しないといけないんだ」
信二は指を二本曲げながら嫌味を言ってからハニーバジャーのストックでパイロットの顔面を強く殴打した。
「ぐふ!交戦意志は無いんだやめてくれ!もう何もしてないだろ!?頼む、やりたくてこんな事やってるんじゃ無いんだ!」
「もう何もしてないだと?今何もしていなければ過去にやったことは許されるのか?ええ!?」
信二は怒号を響かせてから腹部に前蹴りを食らわせる。
「てめぇが誰で!家族が何人とか!そんなのは!知った事じゃねぇ」
信二は怒りに任せ右の足裏を力強く腹部に打ち込む、パイロットも手負いだった、蹴りが入る度に吐血しその血を喉に詰まらせている、しかし信二にそんな事は関係無い。
「大事なのはお前が大成学会の一部だって事だ、殺す相手が大成学会、日本政府に組する者なら俺は喜んで嬲り殺しにしてやる」
信二がナイフを抜いてパイロットの喉に振りかざそうとする。
「やめろ!」
喉元寸でのところで尚人が叫ぶ、振り返ると彼は気を失っていた恵一を担いでいて、その横には修二がいた。
「そうだ信二やめろ!そんな事して何になる!」
修二も力強くそう叫び信二の隣に立つ、そしてゆっくりと彼の肩に腕を置いた。
「修二...」
「パイロットを先にやるな!殺すならまず副操縦士だ、そっちの方が気分良いぜ!」
「一理ある」
信二は修二を指差して作り笑顔で返答した、そして次の瞬間修二はレーダー員の頭部を撃ち抜きMEUピストルを信二に渡した。
「なあ信二、あったよな、ゾンビ映画で黒幕を撃ち殺すシーンの」
「バイオ4か?」
「そう、それだ」
二人はそんな会話を早口で終わらせると視線を互いの目からパイロットに移し銃弾が切れるまで発砲した。
「フゥ!気持ち良いぜ!カルト教徒共思い知ったか!俺たちのケツを突け狙えば逆にやられるって事をよぉ!」
信二は修二が死体を弄ぶ傍で上空のVTOLに目を配っていた、VTOLは徐々に速度を下げ信二らの付近に着陸した。
「派手にやったな」
VTOLの機銃手がそう言って側面のハッチから顔を見せた。
「今回は感謝するよ、じゃあまたな」
「ちょっと待てよ、お前ら大成学会のレポートが欲しいんだろ?連れてってやるよ」
「レポート!?それをどこから?」
信二はハニーバジャーを構える、照準は機銃手の太腿に定まっている。
「藍沢伍長が言っていたよ、傭兵集団が大成学会のレポートだかなんだかを探してるから拾って来いって、後ろに司令官も付いてるしいやいや来たの、ほら乗って、乗せて帰らないと伍長に怒られちまうよ俺」
信二はこの軟弱物に付き添うのは気が向かない、しかしレポートには代えられない上、負傷者を連れて戦場を渡り歩くのは面倒だ。
「お前を信頼できる証拠は?」
「互いの敵は大成学会だ、敵の敵は味方とよく言った物だろう?」
「信頼できない」
「藍沢伍長も言ってたよ、アイツらは信用できないから気を付けてって」
「じゃあ、敵の敵は味方だな」
信二はため息交じりに言って修二を呼びVTOLを指差した。
「乗るぞ、全員で」
信二がそう言うと尚人がまず恵一をハッチから内部に押し上げて次に尚人が機銃手の手を取った。
そして修二が入り後方を警戒していた信二が乗り込む。
「なあ信二良いのか?」
修二が問う。
「ああ、俺を信じろ。絶好のチャンスだ」
信二は一言そう返した。
「信用した結果がこのザマだがな」
修二は呆れた口調で言うと共にVTOLに乗り込んだ、そして信二はハニーバジャーの銃弾を確認しながら修二の耳元に口を運んだ。
「行き先はこいつらの本拠地だ、乗り込んで色々調べるぞ」
「味方にするって算段は?」
「その前にこいつらの味方にされる」
「悪くないが、信用できない」
「ああ、だがその時はそれなりの対応をするぞ」
「だな」
二人は拳を合わせてから背もたれに深く寄り掛かった、VTOLは離陸し空へと上がっていく。
「これで貸しひとつだ、とりあえず負傷者の治療が最優先だな、本部へ飛ぶから変な気は起こすな」
コクピットの操縦士は背後を見てそう信二たちに呼びかけた、大柄で大雑把な人間に見えるが彼の操縦は繊細で丁寧だった。
「あんた誰だ?」
「しがないパイロットさ、そう言うお前は?」
「通りすがりの傭兵だ」
「仕事か?」
「黙秘する」
信二はそう返すともたれかかりスキニーパンツのポケットからしわくちゃになった煙草を一本取り出し咥え火を付けた。
「お前に答える義理はねぇ、良いから黙って操縦桿握ってろ」
修二もそんな風に言いながら天井に吊るされた機銃を眺めた。
2026年5月24日 PM19:02
特別管理区域4
旧愛知県名古屋市
名古屋中央大橋
第103突撃中隊(レッドスコープ)13分隊
小杉涼太(コスギ リョウタ)三等兵
ユナイテッドリベレーターズは進路確保の為中央大橋の奪取を命令
「涼太!涼太しっかりしろ!」
耳鳴りが消えない中、誰かが涼太の体を揺さぶり必死に呼びかけている、バイザーにその者のコールサインが写った。
「あ、ああ」
「もう大丈夫だ!立てるか?」
「上内か?」
涼太はバイザーに投影されたコールサインを見て呼びかけていた人物が友人だと気が付いた。
「ああそうだ!どこかやられたか?」
数秒前彼は爆風に巻き込まれていた、彼自身も自分の容態を知らない。
「わかんねぇ」
「バイザーでチェックしろ!」
涼太はヘルメットに装着されたバイザーの右下部分に視線を移した、しかし負傷した際に表示されるアラートが投影されていなかったため彼は自身の無事を知った。
「大丈夫。バイタル正常、出血、骨折共に無し」
「良かった、まだ戦闘は続いているぞ!気張れ!」
上内はそう伝えると敵陣側に数発発砲した。
「立てるな?」
上内は涼太の腕を掴んで彼を起き上がらせると二人で破壊された装甲車を遮蔽にして制圧射撃を試みる。
次の瞬間涼太のバイザーの左下に警告が表示されアラームが鳴った。
「ミサイル接近!来るぞ!」
二人は身をかがめ爆風を回避した。50メートル先の敵の大型兵器からミサイルが放たれたのだろう。
涼太は遮蔽からわずかに顔を覗かせた、頭上に目標と表示された敵の大型戦車が見える。
大型戦車の正式名称は19式拠点防衛用戦闘車両、愛称はオロチと呼ばれ旧日本国末期に開発された戦闘車両だ。主砲の反動に耐える為、従来の車両とは異なりキャタピラ代わりに4足の脚が機体を支えている。
「畜生、あんなのどうやってぶっ壊せば良いんだ!」
戦場の喧騒が響く中涼太はそんな風に言ってバイザーを脱いで大きく息をついた。
「デモリッションチームに任せるしかねぇだろ!とにかく足回りまで潜り込まねぇと!」
「そうだな!畜生なんで俺がこんな目に合わなきゃいけないんだよ」
涼太はそんな愚痴を言いながらバイザーを再度装着した。
「ユーザー認証完了、小杉涼太二等兵、所属レッドスコープ4。HUD起動完了、バイタルチェック起動、ID同期完了、ウィルスチェック異常無し、現在起動中のモードはコンバットモード、ラジエルシステム、起動完了しました」
バイザーのアナウンス音声が両耳に透き通る。
「お前たちまだ生きてたか!」
「星野上等軍曹!ご無事で」
涼太は後方のバリケードを颯爽と飛び越えて彼の元にたどり着いた男に声をかけた。
「悪いニュースだ、我らがレッドスコープのデモチームは壊滅した、さっきの主砲で、車両丸ごとやられちまった」
星野は涼太の横でそう報告した。
「軍曹!代替え案は!?」
上内が応戦しながら怒鳴った。
「司令部がこっちにクルセイドを回してくれる!10分後だ」
「軍曹、お言葉ですがそんなに長く持ちません、次主砲が撃たれれば壊滅的な被害を受けます!」
涼太の言っている事は間違っていない。あの大型戦車には大成学会とURFが共同で開発した超電磁砲が搭載されていた、膨大なエネルギーと共に弾丸を撃ち出す特性上、周囲に熱波が生じ弾丸の半径十数メートル以内に入れば装甲車ぐらいであれば瞬時に溶解してしまうほどの威力がある。冷却が必要なのか5分に一回のペースで発射されるため、撃ち込む場所を間違えなければあと2回の発射で陣形が崩れる可能性は十分にあった。
「力量で押すだけじゃ勝てません!」
上内がそう捕捉した、あの大型車両には爆撃対策として接近するミサイルを破壊する装置が付いていた。
「分かってる、だがデモチームがやられた以上、堪えるしかないだろう!」
「軍曹、私に考えが」
上内は一度射撃をやめて星野の隣に座り込んだ。
「アイツの腹に潜り込んで直接エンジンを破壊します」
「可能なのか?」
「報告書にあったでしょう?構造上腹にエンジンが設置されているなら、装甲を破ってグレネードをぶち込めば勝てますよ!」
上内はガッツポーズをして見せた。
「誰が行くんだ?」
「私が行きます!分隊を集合させて私を援護してください!」
上内がそう言うと星野は渋々無線を開いた。
「チーム2、ネットワークに俺の位置を表示する、全員集合しろ、ありったけの銃を持ってな!」
上内は残弾を確認しAR15をリロードした、息を整えていると左肩にかすかな振動を感じる、涼太だ。
「俺も行く」
「良いのか?」
「どうせいつか死ぬんだ、なら今日が良い」
「分かった、軍曹!私と涼太で行きます!」
涼太は付近で倒れていた屍からマガジンを回収し自身のプレートキャリアに装備、そして腰部に吊るした銃剣を取り出してAR15のマズルに装着した。
「着剣!」
「こっちもokだ!」
上内は2丁のAR15に銃剣を装着しそう叫んだ。
「星野軍曹、鈴木一等兵以下3名到着しました!」
40秒の後、分隊が集合する。
「よぉし、上内と涼太があの戦車をぶっ壊す為に突っ込む!全員援護しろ!」
上内は気を伺い、数秒経過した後に手を下げて合図を出した。
「軍曹!制圧射撃を!」
「射撃開始!誤射に注意しろ!」
味方が一斉に射撃を開始した、その時上内は覚悟を決めてバリケードから身を乗り出す。
「行くぞ行くぞ!」
「クソ!」
二人は銃弾が飛び交う中決死の思いで大型戦車の腹を目指す。二人は3丁のAR15を暴れ撃ちしながら50m疾走の後、遮蔽から遮蔽へ移動し、最後のバリケードを飛び越え敵の前線に突入、暴れ撃ちで奇跡的に前線を壊滅させた、上内は銃剣を振り回し残っていた兵士を攻撃する、しかし次の瞬間背後に3回の衝撃が走った。
敵の銃撃を直接受け激痛と共に視界が灰色に染まる、しかしアドレナリンが気絶を許さない。
「上内!」
涼太は上内の止めを刺そうと銃を構える敵歩兵の首元を銃剣で切り付け大型戦車の後部から迫る敵兵に向けて発砲する。
「大丈夫か!?」
「問題ねぇ」
上内のバイザーの右下が赤く点滅し、警告音が響く。
しかしそんなことは気にも留めずにARを落とし左手を自由にすると足を引きずりながらも大型戦車の腹部に潜り込み装甲の溝にバールを刺し込み梃子の原理で装甲を破壊。
「涼太援護しろ!」
「やってる!」
しかし涼太の援護もむなしく上内は何発も銃弾を食らう。防弾プレートを突き破り彼の臓器を次々と破壊していくが上内は倒れ込む寸前にグレネードを大型戦車の機関部に投げ入れた。
「ぐはぁ!」
上内はその場に倒れた、視界がぼやけ、体温がコンマ一秒過ぎるごとに低下していくのが分かる。
「警告、バイタル低下、複数の臓器負傷を感知、警告、バイタル低下、出血量が規定値を超過、至急治療を開始してください」
耳も遠くなっていく中最後までアナウンスの機械音声が響いている。
「上内!」
唯一涼太の声が聞こえた、最後に聞く声が彼で良かった、そんな風に上内は思った。
「ダメだ!」
涼太はAR15を捨ててホルスターからハンドガンを引き抜いて応戦しつつ上内を引きずりだす。
涼太はハンドガンで応戦しながら上内を引きずっていく、若干の距離を取ると、グレネードが起爆、大型戦車は激しく炎上し爆風を巻き起こした。
「ああクソ!」
涼太もそれに巻き込まれた、数メートル飛ばされたが意識はある、しかし混乱している上バイザーも破損している、彼はバイザーを脱ぎ捨て上内の腕を担ぐと自陣側へと全力で疾走しバリケードを超えた。
「涼太!良くやった!良くやったぞ!これで橋を渡れる!」
「そうだぜ涼太!マシンガンの銃身がこんなになるまで援護した甲斐があったぜ!」
「アンタ最高だよ!良くやった」
分隊から賞賛されるのは何とも気分が良い事だった、しかし涼太は上内の功績であって決して自分が活躍したとは思わなかった。
「それを言うなら上内に...上内?」
涼太は上内を称賛しようと腕の先を見た。
「上内...」
涼太の視線の先、そこに上内の姿は無い、爆発に巻き込まれ体と腕が千切れたのだろう。二の腕から先に彼の姿は無く、切断面から酷く損壊した肉だけが見えていた。
「マジかよ」
涼太の反応は意外にも冷静だった。脳が麻痺していて上手く感情を整理出来ていないだけなのだろう。彼はそっと腕を置き、切断面から血液が流れていく様を俯瞰した。
「涼太、アンタは」
横でチームメンバーの一人がフォローを入れようとする、しかし涼太は片腕でそれを払った。
「大丈夫だ。彼を家に帰してやろう、きっと家族も喜ぶ、これだけでも喜んでくれるはずだ」
後方から自軍の兵士たちが突撃していく中、涼太はそう言って上内の腕を抱いた。重要な戦局一つ落としても、彼らの雰囲気は暗かった。
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