第二章 表裏ドーム奇襲作戦

file10 開戦


2026年5月3日 PM18:19

特別管理区域4

旧愛知県名古屋市

県境検問所

コールサインエックスレイ140とそのチームはチームメイト捜索のため名古屋に入る。


名古屋市内を覆う巨大なドーム前の検問で信二が運転する黒のワゴン車は停止し信二は車の窓を開けた、名古屋へ向かう車列の大半は大成学会のエンブレムである赤い逆三角形の中心に描かれた白い正方形の紋章がペイントされている黒いトラックか囚人護送車であり普通車は稀である、そのため多くの警備兵が信二のSUVに睨みを利かせている。


「停まれ、ここより先は特別管理区域だ、大成学会会員証と通行許可証若しくは在住許可証を見せろ」


一人の警備兵が運転席を覗き込んで右手を信二の前に差し出した、信二は修二が前かがみに座る助手席のダッシュポートを開けて二枚のファイルを警備兵に渡した。


「ふむ、吉野淳太郎21歳、会員ナンバー2007S9813232...」


警備兵は呟くとファイルを信二に返した。


「快適な滞在を」


「ありがとう」


信二は作り笑顔でそう返事して徐行して発進し街中へと入っていった。巨大なドームに覆われた街は、何も知らない者たちにとっては楽園のようだった、安定したインフラや娯楽の数々、この国でのごく普通の幸福は国家を崇拝する者たちだけが得られる特権だった。


「最悪な場所だ。ディストピアそのものだ」


修二はダッシュボードに足をあげたまま両側に建つビルを眺めながらそう呟いた。


「でも、会員にとってはユートピアだ」


信二は道路標識に目を配りながら車を進ませる。ここは常に監視されている地区のためわずかでも法に触れれば即座に治安部隊が出動しあちこちに張り巡らされたカメラや上空から街を見守るドローンに追跡されてしまうのだ。


「一部の人間に搾取され続け、絞り取られたら捨てられる生活。第二次世界大戦や蜂起戦争で戦った奴らは、本当にこんな世界を望んだのか?」


「少なくとも、俺の父はそうだった」


後部座席から恵一が修二にそう返した、恵一は一時期このような特別管理区域で生活していた為この街の風景は見慣れた物だった。


「それで、これからどうすんだ?」


修二はそんな風に問いかけた。


「協力者と接触する、1930にこの付近のバーで落ち合う事になっている」


「誰だよ?」


尚人は外の様子を見ながら問いかける。


「警察機構のデカだ、仕事はきっちりやるが傭兵には優しい奴でな」


「信用できんのか?」


「一応はな、だが何が起こるか分かんねえから俺たちは警備に回るぞ」


修二が二人の会話に割って入りそう答えた、しばらく車を進ませてビルとビルの間に佇む立体駐車場へと入って行き2階の端の方に駐車した、カメラの死角になるからだ。


「荷物を全て持て、行くぞ」


信二はトランクを開けてボストンバッグを次々と手渡した。各々はバッグを担ぐと50m離れたエレベーターへ歩いて行った。

エレベーターに乗り込むと信二は5階、1階、4階、4階の順番でボタンを押した。


「異世界にでも行くのか?」


恵一はそんな風に問いかけてみる。


「まあそんなところだ。否定しなければ肯定もしない」


信二はそんな風に言ってエレベーターの壁に背中を預け気を抜いた。


「到着したぞ」


修二がそう言うと我先にとその部屋へと入って行った、エレベーターは地下へと繋がっておりそこから先はこじんまりとした隠れ家だった。掘立工事で作られている為コンクリートに囲まれている無機質な場所であったが、この街最後の隠れ家だ、しかし今となってはこの街に入る傭兵は滅多にいない。


「荷物はその辺に置いておけ、さっさと行くぞ」


信二はそう伝えながら荷ほどきをしてエレベーターに乗り込んだ、他のメンバーが続くと彼らは扉を閉めて1階へと向かった。

鉄筋で囲まれた暗い駐車場に入り車両の出入口から街へ出た。

管理地区は一見すると戦前の暮らしがそのまま残っているような場所だった。食事に困らず安全が担保されているが、それには多額の税金が必要だった。つまり富裕層たちにのみ安寧が許される、それが大成学会が作り上げた日本だ。


「腐った街だ、親父を思い出す」


「ネガティブなこと言うな、警察の耳に入ればマークされる」


恵一は街を俯瞰し嘲るように笑ったが、修二が彼に耳打ちした。


「さあさあさあ皆さんよってらっしゃい見てらっしゃい!こちらはパージで捕らえられた傭兵です!今なら5分2000円で殴り放題!さあさあさあアイスピックやスラッパー、警棒の貸し出しもございます、こちらは無料で行っておりますので、是非ともこの機会に家族を殺された恨み、ご友人を殺された恨み、発散して行きませんか?」


奇抜な服を着た色眼鏡の男が外灯に括り付けられ後ろ手に拘束された男を大広げにしてそのような宣伝を行っている。信二はその男の顔に見覚えがあったが余計な騒ぎを起こしたくないため顔を伏せて歩いたが修二はそれに気がついていた。


「信二、あいつ」


「ああ、古い知り合いだな」


信二はそんな風に小声で会話しながら何くわぬ顔を作りながら通過しようとした、しかし歩行者用の信号はそんな信二の思いを阻むように赤にライトを点灯させる、交差点横の小汚いビジネスを嫌でも対面しなければならなかった信二は目を逸らそうとするが彼の本能が視線を移動させる。


「すまない」


信二は助けてくれと言わんばかりの男の視線を見つめながらそんな風に小声で呟いた。次第に色眼鏡の宣伝を聞いていたうちの一人が彼の前に立ち2000円を払う、そして拳を握り締め無抵抗の男を殴り始めた。


「お前のせいだ!お前ら傭兵がいるから!あいつは死んだんだ!てめらが死ねよ!」


信二の隣でひたすら殴られ続ける男の顔は醜く腫れ上がり言葉も覚束ない、何かを言っているようだが折れた歯とズタズタになった舌のせいで全く聞き取れない。

次第に男の周りには傭兵に多くの恨みを抱えた者たちが列を作って並び始めていた。


「行くぞ」


信二は我先に交差点を渡り切り拳を握りしめたまま集合場所へ向かい歩いていた。


「畜生、醜いのはどっちだよ」


「どっちもどっちだ、もうこの世に綺麗の二文字は存在しねぇ」


尚人の独り言に修二はそう返して彼の肩を掴み早歩きするように諭す。

しばらく歩き続けて彼らは一つの路地裏に入って少し進み、店の入り口前で信二は集合のハンドシグナルを出した。


「修二、店内で俺の護衛を。恵一と尚人はペアだ、裏口で見張れ、怪しい動きがあれば報告しろ」


信二は指示を出しながら右耳に小型のインカムを装着し店の扉を開いた。


「いらっしゃいませ」


バーの店員とドアベルの音が同時に店内に響く、信二は協力者を探す為に視線をあちこちに配る。


「待ち合わせですか?」


「ああ、あそこのテーブルに」


信二はそう言ってYシャツ姿の壮年の座るテーブルを指さした。


「どうぞ」


店員の声を無視するように歩いて行き、壮年の正面に腰を下ろす。

それと同時に修二はそれとなく店に入りカウンターに座った、カウンターの後ろにあるテーブルに信二がいる為、取引相手を射撃できる位置取りをした。


「よう坊主、久しいな」


「ああ、ところで例の物は?」


「ン、ほらこれだ」


男は封筒を渡そうとするが、信二は一度手を前に出してそれをやめさせた、店員が来たのだ。


「いらっしゃいませ、何をお飲みになられますか?」


「とりあえずコーラを」


信二はそう伝えると店員は一例してカウンターへと戻っていく。


「飲まないのか?」


「アルコールは判断力が鈍る、そのせいで死にたくはない。大体警察のお前がガキに飲ませて良いのかよ?」


「俺もお前みたいな頃はヤンチャしてた、プライベートじゃ人にどうこう言う権利なんて無ぇよ。それよりほらこれだ受け取れ」


壮年は一枚の封筒を彼に渡す、信二は封筒をリュックサックの中に仕舞い込んで大きく息をついた。


「間違っても吐くなよ?傭対法の締め付けが厳しくなったせいで、お前がゲロすれば俺も死刑だ」


「俺はプロだ。ヘマして誰かにケツ拭きさせるほどの人間じゃ無い」


「まあ、お前が言うなら信用するよ」


男はそう言ってテーブルのグラスを口元に運びゆっくりとウィスキーを喉に流し込んだ。


「ああ封筒の中身だが建物全体のマップとブツの所在地が記されたプリントだ。偽の社員証も入ってる」


「感謝するぜ」


「それとこいつはあくまで噂程度に聞いて欲しいんだが」


男はそう言うとスマートフォンを取り出して信二の方へ向けた。


「諜報部から全体に連絡があった、2、3日以内にユナイテッドリベレーターズがここに全面攻撃を仕掛けると」


「ユナイテッドリベレーターズ?」


信二は念のため白を切る、組織との関連性を勘ぐられないために。


「なんだ知らねぇのか?非公式の多国籍軍だ、国連や保安連合もその存在を認めていない」


「そうか」


「激しい攻撃が予想される、動くなら早えうちが良いんじゃねぇの?」


男はそう言ってポケットから葉巻を取り出しガスライターで葉巻の先を炙りながらそう助言した。


「お待たせいたしました」


「ああ、ありがとう」


信二は店員からドリンクを受け取りそれに一口つけてテーブルに置いた、それも少し遠くに。


「なあ、素朴な疑問なんだが、なんで大成学会のお前がここまで俺に協力してくれるんだ?」


「傭兵対策法が嫌いなだけだ。契約、報酬の発生する武力行為を行使した場合、無条件で人と見做されなくなる、バカバカしい。街じゃ当たり前のようにリンチされてるだろ?悲しくなるよな、人間タカが外れるとあそこまで凶暴になるなんてよ」


「本当は嫌なんだろ、あんなとこにいるの」


「当たり前だ。兵隊の中にも俺みたいな奴は沢山いる、だがそれなりに安全で豊かな生活には変えられねぇ」


「2回殺されかけたくせに安全か、ねぇ」


「それもお前に、まあ昔の話はやめようぜ?」


男は少しだけ口元を笑ってみせる。


「だな、じゃあそろそろ行くぜ」


信二はそう言うと席を立ち卓上に置かれたグラスを腕に載せて、コーラを喉奥に流し込んだ。


「ごちそうさん、じゃあな」


「おい坊主」


男は葉巻を灰皿に置くとそう呼びかけた。


「俺はよ、いつかあんたみたいな若いのが、こんな世の中を変えてくれると信じてる、頑張れよ」


「それは行き過ぎた妄想だよ、墓の中で新しい秩序を考えても実行には移せないさ」


「あんま死に急ぐなよ、じゃあまたな」


信二は口角を上げて見せると店を後にした、それを後目にみていた修二も共に退店し裏口へと回る、しかし信二は裏口のある通りへと向かう、しかし信二は通りを覗いた瞬間即座に元いた路地裏に体を隠し、後方に続く修二にハンドシグナルを送った、待ての合図だ。


「信二どうした?」


「見てみろ」


修二が覗いた先には武装した警察4名に囲まれる尚人と恵一の姿があった、更に周辺には緊張感が漂っている。


「マークされたか」


修二は頭を抱えた。

迂闊に動けば命の危険がある、出来ることは思い付かずただ時間が過ぎるのを待つだけだった。


「そうか、親のズボンを穿いていたんだな?それで偶然これが入っていた、と?」


プレートキャリアとヘルメット、そしてピストルカービンを携えた警官は恵一が持っていた煙草を手に取っていた。


「え、ええ、そうなんです。だから没収してもらって構わないんで、見逃して欲しいかな、なんて。あはは」


恵一は緊張感を必死に隠しながら気さくに話す、警官は煙草を恵一に戻すと手を前に出して指を曲げた。


「許可証を、君の父に連絡させてもらう」


「え?マジっすか...」


その一言は恵一を絶望させた、身分証は張りぼてだ、調べられれば後が無いのは明白だった。


「早く出しなさい、そうすれば帰って良いから」


催促の声がやたら遠くに聞こえる、駆け引きになれない恵一は増幅する心拍数によりパニックに陥りかけていた、思考が回らない。


「そんなにビビんなよ?兄弟」


それまで沈黙を決め込んでいた尚人は砕けた表情で恵一の肩に腕を載せて言った。


「お巡りさんごめんなさいね、コイツ身分証家に忘れて来ちゃってて、後日届けに行くんで免除してもらえません?一応僕のコピー取っておいて良いので」


「そうは言ってもな、規則は規則だ」


「じゃあ、住所だけ言うんでそこに直接連絡してくださいな」


尚人はにこやかに警官に接していた、大成学会の管理区域で一番長く生活していたのは尚人だ、だからこそ彼らへの対処法も心得ていたのだ。


「まあ良い、今度親のズボンを借りるときは、しっかりとポケットの中を調べるんだぞ?それと、煙草が吸いたいなら医者で身体検査と検定を受けろよ」


警官はそう伝えると後方に連れていた二人と共にパトカーに乗り込みその場を去っていった。


「危なかったァ...助かったぜ尚人、さんきゅーな」


恵一は両手で腿をついて息を溢す、心拍数は段々と下がりつつあるが手足の震えがまだ残っていた。


「向こうはなんとかなったみたいだ、合流するぞ」


「あいよ」


信二は路地の影から体を出して修二と二人型を並べて恵一の元へと向かっていく。


「情報は取れた、一旦帰るぞ」


「そ、そうかソイツは良かったぜ。こっちは何も異常無しだ」


「残念だが、職質対象になっている時点で異常だ。次は上手くやれ」


信二は微笑んで嘲るように言った、彼が嘲笑するのは癖のうちの一つであって決して本心ではない。


「次があれば良いけどな」


修二も続いて恵一を揶揄って信二の横に立って立体駐車場へと歩き出す。


「うっせ」


恵一は二人の皮肉と戯言を軽く受け流し後に続いた。


「それで、どうやって切り抜けたんだ?」


信二は恵一に向かってそう問う。


「尚人が助けてくれた」


「へぇ」


修二は背後の尚人に視線を配った、少し驚いたような顔つきで。


「管理地区で何年も過ごしてたんだ、同じ巣穴の連中を騙す事なんざ造作もねぇ」


「スパイの素質があるんじゃねぇの?」


修二はそう伝えるとまた正面を向き直して歩を進めた。


「さあな、でもやれる事なら何でもやるぜ」


「もう人も殺せますって面構えだな。悪くねぇ、ちょっと好きになったかも」


修二は背を向けたままそう言った。

尚人は信二たちの行動に否定的だったが、先日の処刑を目撃してから信二たちを受け入れるようになっていた。彼なりに悟ったのだろう、自分が最も嫌う暴力に立ち向かう手段は暴力しか無いと。

醜いことであるが、暴力を受け入れたことによって4人の絆は深くなって行ったのだ。


「ン」


信二は息を飲んで空を見た、ドームに投影されている空に僅かだが歪が見える。


「何か変だな」


信二は神妙な顔つきで空を見る。


「ああ」


同じ気配を感じ取っていた修二はそう返事した。

そして、ドームに投影されていた空が爆音と共に破裂し、一部のホログラムに歪みが生じる、そして炎を纏った破片が地上へと降り注ぐ。


「ヤバいぞ走れ!」


信二は全員に合図し叫び声を上げる民衆をかき分けて駐車場へと走り出す。

更に爆風は至る所で起こり空が裂けていく。


「破片に気を付けろ!当たったら1発で即死だぞ!」


信二は全員に警告する、次の瞬間信二の真横に特殊な加工が施されたガラス片が墜落し周囲の民間人を肉塊に変えた。


「ほらこれが良い例だ!」


修二は汚物を払うように腕についた血液を拭いながら後方の二人に伝える。

パーキングの入り口が見えた、しかし次の瞬間大成学会の戦闘機が立体駐車場に墜落し激しい炎を上げ始める。


「伏せろ!」


恵一がそう叫んだ、信二は防御姿勢を取ってから再び走り出す、立体駐車場は戦闘機の爆発から車両へ延焼し炎を上げ続けている。


「入ったらマズいんじゃ?」


尚人が信二に問いかける。


「入れる!荷物を取ったら即座に移動するぞ、着替えは後だ!」


信二は口元をタクティカルジャケットの襟で抑えると一番に内部へと侵入しエレベーターの扉をこじ開けて内部へと侵入した、エレベーターの天井部分に降りると非常用のハッチを開いて中に降りる。

非常時のためのガスマスクを一番に取ってエレベーターのハッチから顔を覗かせる修二に手渡した。


「全員に届けろ!急ぐぞ」


修二は後方にいる尚人にガスマスクを二つ手渡す。


「窒息したら終わりだぞ!」


「わかってるよトーシロ!」


恵一は尚人にそう返すとガスマスクを装着、そして尚人のガスマスク装着を補助した。


「まずこれ恵一のだ」


信二は次々とボストンバッグを渡す。


「恵一早く取れ!」


エレベーターの乗り口に向けてバッグを上げる、恵一は手を出してそれを拾い上げた。


「次に尚人、これは修二のだ!」


全員分を外に投げると最後に自分のバッグを担いで修二に向けて手を伸ばした。


「クソ、重てぇ」


修二はそんな風に愚痴を言いながらも彼を拾い上げた。


「走れ!急ぐぞ」


信二がそう指示した次の瞬間だ、後方で車両が爆発し、炎が周囲の車両に向かう。


「畜生、引火してやがる。さっきから響いてた爆音もこれが原因か」


恵一はそんな風に言いながら迫ってくる火炎から逃れるために我先にと走り出した。


「単独で動くな!畜生、行くぞ!」


信二は全員に指示を出して立体駐車場から出る、そして出来る限り遠くへ向けて走り出した。空を見ると何十機ものVTOL輸送機が滞空している。更にそこから人影が人影が降下しているのが見えた。


「あの野郎、何が2、3日以内だ。数分以内の間違えだろうが」


信二はそんな風に協力者の愚痴を零す。


「畜生、こっちだ!こっちへ来い」


信二は全員に指示を出して、混乱の中路地裏に向けて走り出す。


「なんだあれ!あぶねぇぞ!」


恵一はコントロールを失って墜落して来る戦闘機を指差した。


「早くこっちだ!伏せろ!」


地面を這う戦闘機が迫る中修二は叫んだ。







2026年5月24日 PM17:13

太平洋 静岡付近 愛知県から65キロメートル地点

ユナイテッドリベレーターズ第2艦隊旗艦 天照艦橋


髭と白髪を生やした壮年は壇上になっているブリッジの一番上に設置された艦長席の目の前に立ち、ブリッジの窓に設置された大型のモニターに映る金髪の小太りの老人と金髪の少女に目を向けている。


「ついにこの時が来たな」


ブリッジの壁に吊るされた大型モニターから金髪の小太りの老人が言う。


「我々の最初の反撃、そして解放の第一歩」


その左隣のモニターにも金の長髪をした18歳ほどの少女も続けて言う。


「ええ、ついに我々も本格的に攻撃を始める事が出来ます」


そのモニターの前で両手を後ろに組んだ眼帯をした壮年がモニターを見上げながら応えた。


「これはレジスタンス共の抵抗運動のような物でもなく傭兵どもの金目当ての汚れ仕事でもない、戦争だ、それは分かっているな?」


小太りの老人が指を指して脅迫するような口調で言う。


「存じております、ロナウド最高司令官殿」


「よろしい、戦果を期待する」


そう言うとロナウドを映したモニターは真っ黒な画面に変わった。


「我々は世界最大の常設軍となる存在だ、今は小規模であるがこの一歩が我々の全てを決めると言っても過言ではない、忘れるな大事は小事からだ、武運長久を」


そう言うと金髪の少女のモニターも黒く染まった。


「はぁーふぅ」


壮年は一度目を閉じ深く息を吸い込んでから艦内のメインコンソールから拡声器のアイコンが描かれたスイッチを入れて口を開いた。


「諸君、注目!」


その一言にブリッジ内のクルーはモニターや艦の制御装置から目を離し視線を壮年に向ける。


「これより我々は壮大な反撃を開始する!これより我々はこの国をクソッタレカルト団体と薄汚い共産主義者の支配から解放するために戦う、ここにいる者一人一人の心情や戦う理由等は私は分からないが我々の敵は一つだ!諸君らの尽力に期待する」


艦内に壮年の声が響き渡りあちらこちらで拍手喝さいが巻き起こっていた、しかし唯一甲板の小さな輸送用コンテナに座り込んだ6人ほどの黒のシャツとチェストリグという軽装に包まれた集団は放送に一切の興味を示さずAR-15のマガジンに5.56ミリ弾を装填していた。


「あんな演説で湧くなんてバカも良いところだぜ」


バラクラバをした男が言う。


「仕方ないでしょう、ここにいるの正規の訓練も受けていないのに一丁前に軍人面してるミリオタどもだけだもの」


そのバラクラバの左隣の口元だけ覆うタイプのガスマスクをした赤いショートボブの女性が言う。


「そんな事よりよ、この作戦どっちが勝つと思うよ?俺は勝つ方につくぜ、負けた奴は一杯奢りでなんてどうよ?」


バラクラバの右隣のフードを被った男が一度手を止めて左手を大きく上げて声を大にして賭け勝負を申し込んだ。


「負けるね」


赤髪の女性は右手を挙げて言う。


「俺は勝つ、だって俺らがいるからな」


バラクラバは得意げに胸に手を当てて言った。


「おっけ、じゃあ純子ちゃんは?」


フードの男は俯いて手を止めている黒のポニーテールの20代ほどの女性に問いかけた。


女性は眼を開いてフードの男を見た。


「私は勝つ方かな?まあ私たちが死ねば負けると思うけど」


女性は足元に置いた特別なカスタムをされたAR15を抱いて応えた。


「フッ、俺たちが死ななければ勝てる、か」


バラクラバ自嘲気味に言うとAR15にマガジンを装填した。


「おい、そろそろ出撃だぞ!」


背後からヘッドセットとオレンジのベストを着たメカニックがその集団に向かって叫んだ。


「よし、任務は頭に叩き込んであるな?」


「当然」


「ええ」


「問題無いわ」


「分かってる」


バラクラバの男が聞くと他の隊員はそれぞれ返事を返した。


「よし、じゃあVTOLまで競争だ!」


バラクラバは言って甲板に待機しているVTOLまで足早に駆け始めた。




同時刻 第一格納庫


ヘッドセットとゴーグル、立体的なフェイスマスクに黒のタクティカルヘルメットとアーバン迷彩のBDUの上にバックパックを装備した黒のプレートキャリアの数十名ほどの集団は上空から見て綺麗な正方形になるように整列しAR15をその手に握っていた。


「涼太お前震えてるぜ?ビビってんのか?」


その最前列に仁王立ちする10代後半くらいの兵士が右隣の兵士に聞いた、右隣の兵士はガスマスクを外して息を切らしたように呼吸をしながら彼を見つめる。


「いいや、武者震いって奴だ」


「本音は?」


「クソほどビビってるぜ」


涼太というその兵士は少し申し訳なさそうに自分のAR-15を眺めた。


「この日のために訓練してきたんだ、やってやるぜ」


10代後半の兵士は言って誇らしげに前を見る、その眼は決意に溢れていた。


「なあ上内」


涼太は上内というその10代の兵士に目を向けた。


「なんだ?」


「クラスの陽子ちゃんって覚えてるか?俺が死んだら好きだったって伝えてくれよ」


上内はその一言を聞くと鼻で笑い涼太の肩を叩いた。


「だな、そんでその後俺が陽子ちゃんをいただくって算段でどうよ?」


上内は涼太の顔を覗き込むように言った、涼太は反論をしようとしたがその時彼らの目の前に小走りで現れた涼太らと同じ歩兵が彼らの前に立って「全員注目!」と叫んだ、その声を聴いた涼太と上内は姿勢を正してその兵士を見る。


「俺たちの任務は名古屋市内の主要進軍経路デルタの確保及び制圧だ、我々がこの経路を確保すれば大量の大型兵器の進行が可能になる、失敗は許されんぞ!」


「イェッサー!」


「よし、自由のために!」


戦闘に立った兵士が大きく拳を挙げると数十人規模の部隊も手を挙げたり拍手をして「自由のために」と口ずさんでいる。


「では作戦開始だ、分隊ごとに甲板に待機するVTOLへ搭乗しろ!上内、小杉先導しろ!」


兵士が言うと二人は互いの顔を見てガスマスクを装着すると甲板へ続く無機質な通路を駆け足で駆けていく、数多の足音と装備品が擦れ合う音に視界が歪みそうになるも涼太はとある決意の元一点を見つめて走った。





2026年5月24日 PM17:11

東京都お台場 地下32階

大成学会中央防衛領域 通称SDF

地下司令室



司令室の中心に置かれた椅子に座った黒田は二回ほど左の指を鳴らした。


「ここにいる」


髪が肩まで伸び黒いスーツを身に纏ったシナプスは言って黒田の右隣に立つ。


「諜報機関から例の組織が動き出したとの情報だ、奴らはそこに私がいると信じ込んでいる」


「そう」


「シナプス、君のいう条件は全て揃った、これで君の言う作戦とやらが実行できるのだね?」


黒田が眼を光らせてシナプスの目を凝視した、シナプスは興味なさそうに黒田の目を一度見た後目を背けて右腕を眺めた。


「実行だけじゃないよ、この戦いは勝てる」


「ほう、ならば期待しよう」


黒田が言うとシナプスは司令室から退出しスーツの内ポケットよりスマートフォンを取り出して耳に当てた。


「私だ、ああこれより即座に現地入りする、プランD-5を準備しろ」


電話の向こうへ指示を出すとシナプスはスマートフォンをもう一度内ポケットにしまって歩き出した。


「さあて、楽しい対局にしましょうか」


シナプスは呟いて通路を歩いて行った。

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