file9 再団結

2026年5月1日 16:31

首都東京

旧東京都浅草 某商業ビル3階

シェアハウス内部


「これが、私たちの意思だ!」


テレビに映った男は、昨晩信二が拉致した少年の首を切れ味の悪いナイフで切り付けていた、しかし修二はその男が語る大義が煩わしく感じた為チャンネルを切り替えた。


「こんなの見る必要無いだろ、時間の無駄だ」


修二は不満そうに呟くとテーブルの中心に集められた飲みかけの1Lペットボトルの集合体からカフェオレを取り出して口に含んだ。


「おいお前それ苦手な奴だぞ?」


信二は警告したが時すでに遅く修二は喉奥までそれを流し込んでいた、しかし苦手な飲み物であるのにも関わらず嫌悪の表情一つ見せないのは意外だった。


「不味い」


「だから言ったのに」


カフェオレのペットボトルを眺めていると玄関の扉が開いた、恵一が先にリビングに入りそのまま各自の部屋へ続く階段の方へ歩いて行き尚人は申し訳なさそうにリビングに入った、修二と居合わせるのが気まずい尚人は目を合わせないようにして自室へと向かって行った。


「よう」


「何だよ、昨日と打って変わってその態度」


尚人は不貞腐れたように修二にそう言うと階段を駆け足で昇って行く。


「ネチネチ引きずる輩よりマシだろ、クソガキ」


修二はまた不機嫌そうにそう呟いて別のペットボトルを取り出して喉奥に流し込むと信二に渡す、彼がピルケースを取り出していたからだ。


信二は錠剤を二つ飲んでからマジックキーを90度回転させて画面を修二の方へ向けた。


「名古屋だ」


信二は修二の真横に座り画面の赤い点を指さして言った。


「表裏ドームか、本気でやんのか?」


大成学会が政権を獲得した2020年9月、愛知県は日本の首都となり名古屋一帯は巨大なドーム状の天井と壁に囲まれ名古屋市内は一部の富裕層や大成学会の重要人物が暮らすようになった。また地下では強制労働が行われているため裏と表の表裏とそのドーム状の天井と壁から表裏ドームと皮肉られている。


「ああ、ゲンゴが言っていることが本当ならここに俺らが求めている情報がある」


「金銭の発生しない戦いになる、が久しぶりに目標に一歩近づけるな」


「そうであることを願う、黒田を殺し損ねてから2年近く何も出来なかったんだ。今回こそは報われて欲しいね」


信二はお手上げのポーズを取って見せて元々座っていた位置に戻り深々と腰掛けた後テーブルの中央にまとめられた飲みかけの炭酸飲料のペットボトルに口を付けた。


「まあ俺もそこに用がある、付き合うぜ。他二人は知らね」


信二は修二の提案を聞きながら炭酸飲料を飲み干しペットボトルをテーブルに押し付けた。


「乗り気だな」


信二は笑いが混ざった声で少しおちょくるように言う。


「当然だ、地獄の果てまで付き合うぜ。それで作戦は?」


修二は信二を見て両手でV字サインを作って見せた。


「情報がほぼ何も無い、当分は向こうに潜伏して偵察するぞ。それと今回は私的な用事で行くんだ、フリーネットからの支援は受けられない」


信二はそう言って手の甲を額に当ててもたれかかった、支援が無い以上全てが自力で解決せねばならない為、信二を悩ませる。


「なあ信二、今度は俺たちが依頼するか?」


「報酬払ったら皆で仲良く自己破産だ」


「それなら機会を改めてからでも良いんじゃないか?」


「ダメだ、別の奴らに取られる」


信二はそう言いながら起き上がってマジックキーのタブを切り替えて一枚の報告書を見せた。


「雛姫から聞いた。第三勢力が動き出した、ユナイテッドリベレーターズだ」


「聞いたことあるな、最近国籍不明の軍隊がどうとかこうとか」


「残念だがそれの正体はこいつららしい。黒田の首を撥ねるのは俺の役目だ、邪魔はさせないさ」


信二はそう述べて前のめりに座り直した。


「そうだな、やってやろう」


「何でそこまで自分の手で殺すことに拘るんだ?」


ペットボトルの口から唇を離した階段に座った恵一が問いかけた。


「お前にとっては話すことほど大事な事じゃないし、聞いて面白い話でも無い」


「そうかよ。まあ深くは聞かねぇ」


恵一は視線を逸らしまたペットボトルを口元まで運んだ。


「恵一、お前は来るか?金は出ねぇ、しかも減る、大きな危険だって伴う」


「大きな危険はいつもだろ?行くぜ、別にここに残ってもやる事なんて無いし。でも尚人は?」


「来ない。というよりは連れて行かねぇ、アイツとはこの辺でさようならだ」


修二が口を開いた、しかし恵一は納得が行かないのか修二の正面に座り彼を睨んだ。


「そんな目をするな」


「尚人は俺が面倒見る。ここで別れたらアイツ死んじまうよ」


「言ったな?」


信二は恵一に目線を送って確認する。


「男に二言は無い、頼む」


「尚人は何て言うかな?」


「俺が説得する、少し二人で出てくるよ」


「そうか、なら秋葉原でも見せてやれ」


信二からそれだけを伝えられると恵一は2階へと向かい4番と書かれた扉を開けた。


「尚人、いるか?」


「ああ、追放か?」


「いいや、少し出かけないか?」


「最後の交流か、それも悪くないな」


尚人はショルダーバッグに財布とスマートフォンを入れると立ち上がり恵一の横に立った。


「お前は何も持って行かないのか?」


「カバンなんて邪魔でしか無いからな、じゃあ行くぞ」


二人は階段を下り玄関と対になる方向に設置された防弾ガラス張りの扉を開け非常階段に出た。最寄り駅までは5分ほど歩けば到着する。



2026年5月1日 17:21

首都特定再開発地区エリア02

旧 秋葉原

中央通り


第二次世界大戦後の闇市から始まり、娯楽と文化に満ち溢れていた街へと進化を遂げていたが、今となっては絶望と死が漂う街だった。

数年前まで鳴り響いていたアニメの音楽や宣伝ラジオは大成学会の演説に変わり、路上では大成学会の兵士だけでなく死んだ目をして軍事施設建設のために労働をする日雇い労働者、過労で倒れ監督官である大成学会の兵士に殴られる者、息絶えた者に布を被せ担架でどこかへ運び出すボランティアの人間等で溢れかえっていた。


「この街は時代に合わせて進化してきた、まるで生き物みたいにな。そしてまた時代に合わせて進化した結果、ディストピアの出来上がりだ」


偽の大成学会特権層の会員証を付けた恵一は横を歩く尚人にそう語った。


「まるで地獄だ」


尚人は下を向いて応えた。


「でも死体が無いのは救いだろ?」


「ああ、ボランティア集団のおかげだな、大成学会はああいう連中は無視するんだな」


尚人は言って荒んだ道路に転がったコンクリートの破片を蹴った、その破片は右斜め前に飛び小さなアーケードの前まで転がっていった。


「おいアレ!」


破片を目で追っていた尚人はそのコンクリ―トが流れ着いたアーケードに視点を移した、そこのアーケードの前には数名の人々が仏像のように静止し店の中を凝視していた。


「ああ、処刑だな。あっちこっちで毎日のようにやってやがる。プロパガンダの一環かもな」


そう言うと恵一は一度足を止めてアーケードの方面につま先を向けて歩き出した、アーケードの真ん前に立ち恵一も同じく店内を見つめた、店内には白色の囚人服姿の男女5人が壁に張り付くように手足を拘束されそのうち中央の青年は泣き叫びながら破れるはずのない金属製の拘束具を取り外そうと必死に身体を激しく揺らしている。


「この者たちは自らをレジスタンスと名乗り我々の大いなる計画を阻害した悪人だ!我々の行動一つ一つは全人類救済のために行っている、それを阻もうとする彼らは即ち人類の敵である!それらは粛清されて然り!」


拘束された彼らの左隣に立っている軍服姿で七三分けの中年兵士はそう言うと右腕を大きく上げた、そして店の奥から複数の足音と共にプレートキャリアの胸部分に斧が描かれたワッペンを装着した大成学会の歩兵が横並びになって民衆の前に姿を現した、右側に立った兵士はドラムマガジンが装填されバレルが短く切り詰められたAK47を2丁肩に下げ左側の兵士は目隠しと手錠を嵌められた白の長髪をした小学生くらいの少女を連れている。


軍服の兵士は少女を捕虜の方に向けて目隠しを外しその少女の肩をしっかりと掴み目を開けさせる、少女の澄んだ青い瞳はその眼先に広がる光景を見て眼孔を大きく開く。


「お、お父さん?...嘘!?母さんもなんで!?」


少女は悲痛な声を漏らして身体を前のめりにしながら左端の中年の男女二人を見た。


「ごめんね絵理沙...お母さん達...も、もう、ぐす、ふん、すん、うわぁぁぁん!」


少女の母は声を震わせながら少女に何かを伝えようとするがそのまま涙を堪えきれなくなりその場で大粒の涙をこぼして号泣する。


「え、絵理沙!全部上手く行くっ!だから生きるんだ、お父さんたちはなんとかなる。ゆ、ユナイテッドリベレーターズって知ってるか?その人たちが助けに来てくれる!」


眼鏡をかけた少女の父は何かを取り繕うように必死で少女に向かって叫んだ。


「ふむ、残せる言葉は残したな?では執行しよう」


七三分けは少女の後ろに立ち右腕を大きく上げる。


「見ないで絵理沙!」


少女の母は声を枯らしながら少女に強く叫んだ、少女は目を固く閉じて下を向く。一方二人の兵士はそれぞれAK47のハンドガードの横のレールにマウントされたレーザーポインターのスイッチを入れてチャージングハンドルを引きポインターの先を5人の男女の腰より下に当てた。


「執行!」


七三分けが右腕を力強く下げ合図を出した瞬間に重い鉄を爆発させたかのような銃声と捕虜たちの悲痛の叫びが周囲に激しく響く。


「よく見ろ!君にはこの光景を見る義務がある!責任がある!」


また合図をした瞬間に七三分けは屈みこんで少女の頭を強く抑え正面しか見れないように固定し人差し指と中指で瞼をつまんで目を大きく見開かせて処刑を見せつけた。


「うぎゃあぁぁぁぁl!」


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「がぁぁぁぁぁぁ!」


少女は銃声の中でもはっきりと聞こえる自らの両親の悲鳴と周囲にまるでダムが決壊したかのように流れる大量の血液と銃弾により断ち切られた臓器の破片が飛び散る様を目に、耳に焼き付けられる。


「いやぁぁぁぁぁ!お母さぁん!お父さぁん!」


少女は声を枯らし大粒の雨のような涙を流して泣き叫び必死に目を伏せようと抵抗するが七三分けもまた力強く頭を押さえつけている。


「見るんだ!見るんだ!見て学べ!見て同じ過ちを繰り返すな!」


七三分けもまた少女に向かって唾を飛ばしながら力強く叫ぶ。


「お前の親は屑だ!でもそんな屑から生まれたお前でも立派に生きる道はある、大成学会に付き従え!ユーラシア赤連邦に付き従え!」


ドラムマガジンの弾薬が無くなるまで七三分けは何度も少女の耳元で親の罵倒と大成学会の賛美を繰り返した、そして最後の薬莢が地面に落ちてしばらくした後少女は解放された。


「お母さん?お父さん?」


しかし少女はもう目を背けはしなかった、むしろ銃弾によって下半身と上半身が断絶された自らの両親の遺体を見つめていた。


「お母さん、お父さん、お母さん、お父さん」


掠れた声で何度も父と母を繰り返し呼び続けるが彼女の両親からの反応は何一つとして無かった、まだ6つか7つの頃は両親を呼べば笑顔で答えていてくれたのに彼女の両親にはその笑顔すら無く二人の顔は恐怖と苦痛に歪んでいた。

微かに目を開け口は開きっぱなし、そして少女の状況認識力が徐々に戻り二人の顔は安らかな死に顔で無かった事に気づく。首枷に頭部がのしかかり顔の皮膚は歪み正気のない目は中を向いたままになっている。


「う、うぁぁぁぁぁぁぁ!」


そして少女は首を90度上に曲げて天井へ向かって叫び続けた、息が続かなくなると彼女は座り込んだまま下を向く、彼女の目に光は無く、壊れた車から漏れ出るオイルのように目から涙を垂れ流していた。

七三分けは怪しく赤色に点滅するランプと長方形の機械が埋め込まれた太いベルトのような金属の塊を右手に持ちその少女の正面に座り込んで少女の首に巻き付けた、少女の喉に2本の金属の棒が食い込む、男は両端を髪の後ろで止めた。


「大成学会はお前を救済する、お前が救われる道は必ずある、お前は私たちとこの人類の革新が約束された戦いに参戦する、君は戦士となることで救済される」


そう耳元で囁いた七三分けは地面に落ちていた鎖を少女の首輪のDリングに繋いで鎖を引いて店の奥へと入っていく、放心状態の少女は鎖が伸び切って自らの首が締っている事に気づいてからようやく四つん這いで手足を震わせながら奥へ奥へと進んでいった。


「うぷっ、うっ」


一方尚人は連続して起こる不愉快な現象に耐えきれずに強烈な吐き気に襲われる、そのまま右手で口を押えながら人集りを避けて路肩に出て吐いた。


「うぐぇ、うっ、うぇぇぇぇぇっ」


「おい、おい大丈夫か!?」


連続してあふれ出る吐瀉物のせいで呼吸がままならず朦朧とする意識の中で恵一の声が小煩く響いていた。


「はぁ、はぁ、ふっざけんなぁ!」


尚人は呼吸を整えると外へ飛び出しズボンと下着の間に挟んだグロック26に手をかけて引き抜こうとするがそれをいち早く察知した恵一が尚人の腕を強く抑えた。


「いったん帰るぞ」


そう言うと恵一は尚人の手の甲を強く押しその腕を掴んで駅まで彼を引き摺り込んで行った、満員電車の中、尚人は込み上がる怒りを抑えることに必死になっていた、ようやく最寄り駅で降り、シワが出来て血で濡れた切符を改札に通して隠れ家へ全力で走って行った。


「クソっ!クソったれが!」


尚人は雑居ビルに入るや否やもろくなった金属の柱を強く殴りつける、その轟音から一階に佇む浮浪者たちは尚人の方を一斉に凝視した。


「何なんだよ!マジで世の中全部狂ってやがる!畜生、どいつもこいつも人の命を虫ケラみたいに扱いやがって!畜生!全員死んじまえ!」


尚人は一階の中心に設置された噴水の前で野獣の咆哮のように叫んだ、彼の眼は狂気に満ち溢れていた。


「尚人落ち着け、分かったから」


恵一はそう言いながら興奮状態の尚人を半ば強制的にエレベーターに乗せて2階へ向かった、エレベーターから出て正面の扉を開けて尚人をリビングに押しやると尚人はそのまま信二の目の前まで小走りで行って彼の肩を複数回軽く叩いた。


「信二、俺も一緒に行く」


尚人はそう言って信二に向かって右腕を差し出した、信二は目を丸くし一瞬戸惑ったが手を差し出してからは冷静になり大きくため息をついた、作戦会議という何よりも重要な時間を邪魔されたその行為に憤りすら感じる。

信二は一度立ち上がって尚人の顔を見て鼻で笑った。


「ほうどうした?借金が厭になって死にたくなったか?」


信二は冷たく一言尚人に吐き捨てるともう一度マジックキーの正面に座り込む。


「違う、大成学会を潰す。あんなの野放しにしたらダメだ」


尚人は信二を見て、そう叫ぶように訴えかけた。


「説明は良い。俺はお前に命令する、お前はそれに従う、どんな内容でもだ」


信二はそう伝えると武器庫に向かい扉の横のキーパネルに指を置いた。


「それで構わない、俺はもう逃げないよ」


尚人はそう答えると信二の右斜め後ろに立って腕を組んだ。


「やっと戦う決意が出来たみたいだぜ?」


恵一は言って信二の左斜め後ろに立って信二の肩に腕を載せた。


「自分で決めたことだ、死んでも恨むなよ?」


修二は尚人にそう言うと尚人は拳を握り頷いた、掌に爪痕が残っている為少しだけ痛む。


「最終確認だ。覚悟のある奴だけついて来い」


信二はそう伝えて武器庫へと入って行く、彼はまだここから後戻りが出来なくなるとはまだ知らない。

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