File8 尋問

2026年4月31日 AM03:41

首都東京 

旧東京都新宿

某倉庫地下1階


外部と完全に隔離された窓一つない広大な倉庫、事務所と倉庫を隔てる窓は段ボールで補修されている、また貨物はほとんど無いに等しくここがもう本来の用途で使用されていないことは誰の目から見ても明らかだった。今では傭兵の溜まり場か浮浪者が3雨風を凌ぐ場所、或いは現代社会に反旗を翻す者たちの隠れ家として機能している。

そこに信二たちはいた。


「やらない善よりやる偽善とはよく言うけどさぁ、TPOってモンがあんじゃなぁい?」


修二は中心に正座させられた雛姫と尚人の周りを歩きながらそんな風に説教を始めた。


「ちょっと考えればわかる話だろ?」


「分かんないね、もっと良い案があったかもしれないじゃんか」


尚人がそんな風に反論すると修二は舌打ち一つ鳴らしてヘアピンを一つ外して尚人の目の前にしゃがんだ。


「例えば?」


「そうだな、蜘蛛の糸で天辺まで登る、とか?」


尚人は鼻で笑って言ってみた。これは尚人なりの反抗である、信二の倫理に反した古行動に異を唱える、そんな目標をひっそりと自分の中で掲げていた尚人はここが彼らを否定するには絶好の機会だと確信していたのだ。


「冗談が言えるのか、大したもんだ」


修二は彼を見下してほくそ笑むと手に持ったヘアピンを尚人の人中に当てた。


「だがちっとも面白くない、0点だ」


そう言うと修二は鼻腔の奥に勢い良くヘアピンを突き刺し皮膚と毛細血管の多くを断ち切った。


「ブシヒィッ!!」


尚人は叫びか声か判別できない鳴き声を上げた。目の前が涙で滲む、口元に大量の水気を感じた。


「ああああッツ鼻ァァッガッ」


コンクリートに背中を打ちつけながら鼻を抑える尚人を見ていた修二はポケットからハンカチーフを取り出すと彼に叩きつけるように投げてから暴れる彼を自身のスマートフォンで撮影した。


「早く立てよ、まだ懺悔は終わってないぜ?」


修二は嘲るように尚人に囁くと彼の髪を掴んでまた正座させた、雛姫にはこの光景が不愉快だったが今は沈黙を決め込むしか無かった。


「その辺にしといてやれよ、次の仕事に支障が出ても困る」


恵一から傷口に止血用パッドを貼ってもらった半裸の信二は修二の肩を掴んでそう諭した、しかし修二の怒りは収まらない。


「そうかい、じゃあ信二は良いのか?こいつらバカ二人のせいでお前は腹に1発食らったし俺は死にかけたしクライアントの期待を裏切りかけた!」


「まあな、お前ら二人が被った損害は大きい。ドローンの弁償費1000万円、マイクロドローンを使用した攻撃にかかった費用100万円。デカい損失だ、返済するまで新しい銃火器も買えないし給料も大幅カット、飯も録なの食えないぞ」


信二はそれだけを伝えて人質の尋問のために事務所へ足を向けた。


「お金は私たちが返すよ、何をしてでも」


「10日過ぎたら利子つけるからな」


ジェケットを羽織った信二はそう言うと力強くドアを閉めた、そのせいか事務所と倉庫を隔てる壁の一部から砂埃が舞っていた。


「信二は優しいな」


恵一は医療器具を片付けると呟いた。


「それはどうかな?相当キレてるぜアイツ」


修二はそう言うと信二と同じく事務所に入っていった。

事務所の中は薄暗く埃があちこちに舞っている、信二は万が一の際個人の特定を防ぐ為にフェイスマスクを被っていた。


「始めるか」


「ああ、カメラを起動してくれ」


修二もマスクを被りカメラを起動すると信二は夫の方のゲンゴの服を剥がして電極パッドを貼り付ける。


「うわぁぁぁやめろ!やめてくれ!頼む、なんでもするよ!何でもするからぁ!」


「ごちゃごちゃうるせぇんだよ!」


修二はその耳障りな声に腹を立てると前蹴りを喰らわそうと足を上げる、しかしその足は腹に当たる寸前に信二が止めた。


「そんな本気でやったら簡単に死ぬぞ?」


「悪い」


信二は修二をなだめてから妻の方であるアヤの指に刃物がついた機材をはめる、途中悲鳴を上げて暴れる為信二はスタンガンを露出した腿に突き立てて黙らせた。


「おい、おい俺たちをどうするつもりだ!なあおい!お前ら一体何なんだ!?」


「はいはいお客様お静かに、今説明しますから」


修二はそんな風になだめながらゲンゴの目隠しを外して頭を左に回した。


「おい、よく見ろ、ほら見るんだ」


ゲンゴは下着姿になった妻を見て憎しみと恐怖両方に襲われた、怒声と悲鳴が混じった叫びを上げて全身を激しく揺らし抵抗する。


「落ち着け落ち着け、静かにしてれば危害は加えねえよ。まあ詳しくはそっちのやつから聞け。バトンタッチだ」


ゲンゴを落ち着かせた修二は信二とハイタッチを交わしてから壁にもたれかかりしばらくは様子を見ることにした。


「ほら見ろビデオカメラだ、分かるか?俺の質問に全て答えれば解放する、ついでに国外脱出の手立ても立ててやるよ」


「い、嫌だ...」


「嫌?言える立場か?ここでシラを切ればお前らは死ぬ、情報を漏らせば大成学会に追われる身だ。フィリピンでの平凡な暮らしか、逃亡生活か選べ」


「クソ、分かった」


「よろしい、最後に一つ忠告しておく、ここは取り調べ室じゃない、黙秘は禁止する。それと嘘は無しだ。ルールはそれだけ、破ったらあとはお察しだ」


後ろで電動鋸を起動しているのが見える、ゲンゴとアヤは恐怖のあまり枯れた叫びを上げている。


「質問1、お前たちは大成学会に提供している物は?全て答えろ」


「俺は、俺は。医療器具だ、戦闘員向けの医療用の器具を提供していた」


「人体実験の為に必要な器具や素材は?」


修二は壁にもたれかかったままそれを問う。


「知らない、それは私の対象外だ」


「ではどこの研究機関が?大成学会が人体実験を行なっていることは知っている!」


「そんなのデタラメだ!」


「シラけんな馬鹿野郎!」


修二は怒りのあまり片手に持ったバールをゲンゴの膝に突き刺した、激痛が膝頭から腹の内側にかけて侵食する。


「良いかよく聞け、俺はあの場所にいた!俺はあの場所にいたんだ!これを見ろ、おい見ろ!」


修二は片腕のグロデスクな腫れ物を見せつけた。


「それはッ」


「知っているだろ、あれは何だ!」


「あれは...ゼルヴァウィルスZ変異型、私の会社で開発された変異株だ...」


アヤの叫び声が耳を侵食し途切れ途切れに聞こえるが修二はそれを聞き取るとゲンゴの胸元を掴み激昂した。


「この野郎!ぶっ殺してやる!誰に言われてやった!誰だ!誰が指示した!殺してやる!」


「落ち着け、今は違うもう少し待て!」


「畜生!」


信二はバールを振りかざした修二を無理やり静止させてからゲンゴの髪を掴んだ。


「よく聞け、ゼルヴァウィルスを何に使う?意図的にパンデミックを起こす気か?50年代の悲劇を繰り返すつもりなのか!?」


「そんなことはしない!私たちは大成学会の指示に基づいて実験を行っただけだ!」


「どんな内容だ、言え!」


「最重要機密だ」


ゲンゴは激痛を覚悟し黙秘を試した、信二はその様子を見て何度かうなづいて「わかった」とだけ呟いた。


「必ず吐かせる」


信二はそう言うと拷問器具たちの近くに並べられたマスクを2枚取って倉庫に出た。


「恵一、プランBだ。ガキを使うぞ」


「あ、ああ分かった」


恵一は悲しそうな声で返事した、そして残された貨物のコンテナを開けて少年の腕を掴み事務所へと向かって無理に引きずる。


「行くぞ」


恵一は叫び暴れる少年から目を逸らしベースボールキャップで涙目を隠しながら信二の元へ連れて行った。


「雛姫、尚人、仕事だ」


「何をすれば良い?」


これから起こりうることを察していた尚人は声を震わせながら聞いた。


「連れて行け」


二人の膝にマスクを落とし立つように促す、二人は立ち上がり少年を取り押さえて倉庫へと向かって行った、意思に反してだが先ほどの行動から二人に拒否権は無かった。


「恵一、お前はどうする?」


「どうするって?」


「立ち会うか?」


「俺は、俺は...」


「見るも見ないもお前の自由だ」


「見届ける、俺だけ逃げんのは、ちょっと違う」


葛藤の末そう決断した彼は共に事務所の中へ入る、事務所の中は倉庫と空気が違っていることは扉を扉を開けた瞬間に理解することが出来た。嫌な湿気が漂うその空間は慣れない恵一や尚人にとって不愉快そのものだ。

また夫妻が息子を見て泣き始めている姿は信二と修二を除く全員の胸を打った。


「同じことを聞く、ゼルヴァウィルスをどうするつもりだ?」


「頼むもうこんなことしても意味がないだろう!頼む子供だけは!」

「お願いそれ以上はやめて!!」


信二はそのように懇願する夫妻を鼻で笑って見せると少年の腹を1発殴り蹲らせると雛姫と尚人に持ち上げるようにアイコンタクトを送った。


「どうしろって言うのよ...」


「持ち上げろ」


雛姫と尚人は先ほどの失態も含めて信二に逆らう資格など無かった、二人は目を伏せながら震え嗚咽を漏らす少年の腕を抱えて両親の前に立たせた。


「冷静になった方が身のためだぞ?」


「じゃあどうすれば良い!!」


「さっきの質問に答えろ」


信二が睨みを利かせてゲンゴに詰め寄る、ゲンゴは急激な心拍数の上昇でまともに動かせない口を開いて荒っぽい呼吸と共に語り始めた。


「ゼルヴァウィルスの副作用による強化人間の育成と製造...生体兵器の製造だ」


「遺伝子組み換え作用を使って超人兵士でも作るつもりなのか」


信二は電動鋸を少年の首元に突き付けながらそう問う。


「ああ、そして私は急速に成長する兵士も作れと命令された」


「つまりクローン兵士のような兵器を量産するのが目的か」


「その為に多くの人間を拉致したんだな!」


修二がその会話に割って入りゲンゴの胸元を掴んで睨みつけた。


「まだゼルヴァウィルスによる遺伝子組み換え兵士は製造前だ...拉致した彼らは皆被検体だ」


「この野郎!」


修二は全身全霊の怒りを込めて叫び右腕で何度も彼の顔面を殴打した、それはあまりにも衝撃が強く彼が殴った部分の骨は体内で砕け散り1発殴っただけでも顔が陥没するのがわかった。それを何度も何度も彼の顔面に浴びせる。少年やアヤは叫び止めるように何度も懇願するが修二はそれを聞き入れない。


「馬鹿野郎それ以上やったら死ぬぞ!」


「うるせぇ!外野が口出しすんな!」


恵一の警告をも無視して彼はゲンゴの顔右半分の原型が無くなるまで殴打を続け、しばらくしてからようやく息をついた。


「パパ!パパ!」


少年がそう叫びながら必死に体を前に出す、信二はゲンゴの命がもうないことを悟ると少年を押し除けてゲンゴの耳元に口を持って行った。


「ゼルヴァウィルスによる兵士とは何だ?」


「表裏...ドー...ム...そこの...明常...研究所」


ゲンゴは掠れた声でそう伝えると全身の力が抜け音が遠のき視界が霞んだ。


「おい、おいどう言うことだ!答えろ!」


ゲンゴを必死に揺さぶるが回答は無い、連続した殴打により脳機能に障害が生まれた影響で彼はそのまま命を落としてしまった。


「蘇生させろ!まだ死なせるな」


信二は恵一を指差す、恵一はゲンゴの容態を確認する為に彼の元へ急ぐが、医者の卵だった恵一には潰れたゲンゴの顔を一眼見ただけで蘇生は不可能だと判断することが出来た。


「なあ、し...ボス、そいつはもうダメだ。ここまでだよ」


「分かった」


信二はため息混じりにそう答えると撮影を停止し外へ出るように促す。尚人は過呼吸になりながら一番に倉庫に出て修二は少年を抱き抱えながら監禁していたコンテナへと向かい始めた。


「雛姫、罰ゲームだ」


信二はそう言って拳銃であるM92Fを手渡し彼女の腕を掴んでアヤの方に照準を定めさせる。また信二は後ろから抱きつくようにして彼女の腕を固定している、彼女が反抗しない為に。


「信用、してくれないんだね」


「昔とは違うんだ」


雛姫は照準器越しにアヤを見た、恐怖と絶望に覆われたその表情が脳裏に焼き付いていく、引き金に指をかけることは出来るのに引けない、指が思ったように動いてくれない。


「どうした?早く撃て」


「出来ない」


「腰抜けが」


信二は雛姫からM92Fを取り上げると流れるような動作でアヤの眉間を正確に撃ち抜いた。目を伏せる時間もくれず一瞬の出来事だった為雛姫は脳が砕け散り頭が揺れ目や鼻から鮮血が吹き出る瞬間を視界に入れてしまった為動悸が収まらなくなった。


「うぅ」


蹲り耳を塞ぐ雛姫の肩に手を当ててから倉庫に出る、倉庫の空気が酷く重く感じた信二はいつかあの煙草屋で買った若干湿ったタバコにオイルライターで火をつけた。


「珍しいな」


恵一も彼の隣に立っていつもの銘柄の煙草を蒸した。


「ああ、まあな」


「今日は堪えたな、ガキを使うなんて正気じゃねぇ」


「仕事に感情を持ち込むな、徹底的に切り離せ」


「言うだけタダってやつだ兄弟。そう言うお前は出来てんのか?」


「出来てるつもりだ、内心どうなのか分かんねぇけど」


信二は携帯灰皿に吸い殻を捨てて恵一に手渡すと修二の方へと歩き出す。

恵一は尚人が心配になった為煙草を咥えたまま彼の方へ向かった。


「大丈夫か、尚人?」


「あんま近寄らないでくれ」


「ン、悪い」


恵一はまだ葉が詰まった煙草を携帯灰皿に詰め込んでから再び彼に近く。


「最悪だ!最悪過ぎる。ここにいる奴ら全員狂ってやがる!」


尚人は袖で口周りの涎を拭いてから座り込み腕で目元を覆った、激しく嘔吐したのか地面が少し湿っている。


「そうだけどよ...いや、何でも無い」


「何だよ、言えよ!」


「お前も大概だ、チームの皆を危険に晒した!別ベクトルで狂ってる。人を助けたいって気持ちも分かる、困ってる人を助ける為にやってる事だってある、でもそうじゃ無い時もあるんだ、それを受け止めろ」


「何が言いたいんだよ」


「こう言う仕事は何の徳にもならねぇ、でもよ、やるしかねぇんだ。お前が本当にやりたい事やる為にはよ、やるしかねぇんだ」


「畜生。あの男の子はどうなるんだ?」


恵一は回答を濁した。大成学会の会員は反乱組織からまともな扱いは受けない、そう知っているからこそ、誰よりも人間味のある尚人には言いたくなかった。


「さあな、でもきっと大丈夫だ」


「嘘言ってんじゃねぇよ...」


「バラされて、海外に売られる。戦争の影響で年頃のガキの臓器が足りないんだとよ」


恵一はそのあとに何かを続けようとしたが、何も言わずただ尚人の横に座り込むだけだった。

その間信二は修二をなだめていた、ようやく落ち着いてきたように見えるが修二の抱えた怒りは腹の中に佇んだままだ。


「修二、雛姫を呼んでくる。次やるべきことが決まった」


「早くしてくれ、帰って寝たい」


信二は隣で体育座りしていた修二を一瞥するとそのまま事務所の扉を開いた、しかし信二はそこで肝が冷え全身が震え上がるような気がした。


「雛姫?」


事務所に残された有機物は頭部がぐしゃぐしゃになった死体二つだけで雛姫の姿はそこに無い、更に拷問器具の横に置いたM92Fも無くす始末だ、作戦の疲労からのミスだが信二はそれを深く後悔した。


「クソ...バックレやがったな」


信二は5-7を構え周囲を警戒しつつ倉庫に戻ろうとした、しかし次の瞬間後頭部に冷たい感触を覚える、銃口だ。


「何しやがる」


「大人しく、両手を上に挙げて」


雛姫がそう口を開いた。


「拒否する」


「お願い」


「お前には撃てないさ」


信二は扉をゆっくりと閉めて二人だけで穏便に解決しようと策を練る、しかし雛姫にはここを脱出しなければならない理由があった。


「任務の為なら撃てるわ」


「何言ってるかわかんねぇよ」


「ユナイテッドリベレーターズって、知ってる?」


「噂程度ならな、まさかそこの犬か?」


「察しが良いわね」


雛姫は鼻で笑い銃口を更に後頭部に押し付ける、しかし次の瞬間信二は右足を軸にして体を回し彼女の手首を掴む、更にもう片方の腕を彼女の首に回し顔面を掴み首を横に倒すと片足を後ろから蹴って体勢を崩し地面に押しつけた。


「クソ!」


「やっぱ撃てないじゃんか」


銃を取り上げた信二は雛姫に向けて引き金を引く、しかし銃声と硝煙が吹き出るだけで雛姫は無傷だ。

信二は疎遠になっていた彼女を完全に信用している訳では無かった、その為処刑用に1発だけ実弾を装填し残りは訓練用の弾薬だった。


「覚えとけ、弾が入ってない銃は交渉の席じゃ何の役にも立たねぇ」


「分かったわ、全部話す」


雛姫はため息をついて拷問器具が置かれたテーブルに座り、口を開いた。


「私はユナイテッドリベレーターズ」


「あーちょい待ち」


信二は右手を上げるとタクティカルベルトに着けたポーチからボイスレコーダーを取り出して彼女の横に置く。


「記録させてもらう」


「構わないわ。私はユナイテッドリベレーターズ諜報部、第3特殊諜報部隊所属。任務の内容は大成学会機密情報の奪取」


「その為に単独あのコンテナに乗り込んだのか」


「最初は5人いた、一人は戦死、二人は拘束された」


「残念だったな」


信二は鼻で笑いながら雛姫の足元にあぐらを書いて座った。雛姫はそれに腹を立てたのか信二を高所から見下すように睨んだ。


「今、笑ったでしょ?」


「さあな」


「勝手にして。とりあえず今回の情報は全て本部に流したわ、その結果」


「その結果次は愛知に向かう、だな?」


信二は雛姫の間に割って入るようにそう言うと雛姫はため息を吐いた、その推測は当たっている。


「そうよ、だからこれで私たちはお別れよ」


「俺たちを利用したな?ふざけた真似しやがって」


「収穫は無いと思った。でも気の迷いに任せてアンタたちと働いたのはある意味正解だったわ、私たちが半年かけて探していた情報を一瞬で手に入れちゃうんだから」


「チンケな反乱組織より俺の方が優れてるって証明された訳だ」


「ユナイテッドリベレーターズは国際組織よ、世界規模で見れば23の艦隊。歩兵だけで400万人、加入者を統計すれば900万人近くいるわ」


「ソイツはすげぇな。それだけ居てこの程度の仕事に半年かけてるほど無能な集団なのか」


信二はそんな風に言って作り笑顔で雛姫を煽った。


「仕方ないでしょう!」


「へえ、次は言い訳か」


「世界規模の戦争に突入しているの、大成学会だけが世界の敵じゃないの。URF、全ての元凶よ」


雛姫は立ち上がり信二に背を向けながらそう言った、しかし信二は手の指に硬貨を乗せて地面に落とさぬようにバランスを取る遊びを始める、彼女の演説や言い訳には全くと言って良いほど興味が無かった。


「興味ないね」


「なら何のために戦うのよ?」


「復讐だ。こんなクソに塗れた世界のために何かしようだなんて思っちゃいない、こんなとこに長居したいとも思わない。俺は黒田を殺し、大成学会をぶっ壊して死ぬさ。もしそれでもしぶとく生き残ったら...そうだなぁ死ぬまで戦うよ、正義とか平和とかの下らねぇ大義名分抱えてさぁ」


「つまらない人ね、子供じみてる」


信二はそう言われて心底腹が立った、しかし彼女に手を出す事はなくただ手にのせた硬貨を地面に叩きつけて沈黙した。


「出て行け、お前に何が分かる...」


「そうさせてもらうわ、じゃあまたね、お金のことは後ほど上層部から通知するわ」


「飛ぶなよ?」


雛姫はそう言い残すと倉庫へ出て出口へとまっすぐ向かって行く。彼女を見送った信二はようやくの再会が全て無駄に終わらせた事を少しだけ悔いた。

途中それを見た修二は立ち上がり雛姫の後を追って行き彼女の腕を強く握る。


「一緒に来るの?」


「詫びの一つも入れないでどこ行く?」


「ごめんなさい、これで良い?」


「次見かけたら殺してやる」


「あなたも下劣でつまらない人なのね、信二と一緒、仲良くしてる理由がよく分かったわ」


修二はその一言に腹が立ったが彼女を手に掛ける気力も残っていない彼はゆっくりと引き下がって事務所へとおぼつかない足取りで向かって行った。

雛姫は倉庫に空いた穴に造られた隠し扉を通って外に出る、通路を歩くと見慣れた顔が暗がりから顔を出した。


「5分遅刻だ、藍澤三等軍曹」


「申し訳ありません」


雛姫は背筋を伸ばし敬礼した、一回り彼女より大きい男は路上に停止した車両を親指で指した、飾りのない電気自動車だが身を隠すには最適だ。

彼女はその車両の助手席に乗り込み大きく息をついた。


「ダッシュボードに銃がある、装填済みだ」


「ありがとうございます。司令部は何と?」


「ああ、現在ポイントデルタで作戦会議が行われている。第二艦隊を総出で使った大規模戦になると予想される、君も出撃するかもしれない...すまない」


「問題ありません。上層部は私を高く評価していますから想定済みです」


「心強いな。車出すぞ」


男はそう言って路上に出るとアクセルを踏み加速して行く、倉庫から徐々に離れて行く、雛姫は未練があるのか倉庫が遠く離れるまでサイドミラー越しに凝視していた。


「未練でもあるのか?」


「いいえ、野蛮で下衆な連中ばかりで気が滅入りました」


「それでも旧友に会えたのだろう?確か名前をなんて言ったかな、古谷シンジ?だったかな」


「古瀧です。彼は大分変わっていました、いいえ、本性が露見したと言うべきでしょうか、ひねくれた一匹狼は今や群れのボスです」


男は車のオーディオのボリュームを下げ雛姫の話を真摯に聞こうと耳を立てた。


「狼の群れ?」


「ええ、残忍ですが的確に仕事をこなします、必要によっては仲間に困難を強いる人間ですが誰よりもチームメンバーを理解し彼らにも最良の結果をもたらそうとしていると感じました」


男は軽く相槌を打ちながらその話を聞く、そして眉間にしわを寄せた難しい顔をすると雛姫は口を開き

「あくまで私の直感です」

と付け加えた。


「ユウヤ君と似ているな。その男について詳しく聞きたい、今まで彼と行動していたようだが最大でどのくらいの規模と交戦を?」


「分かりません、しかし2年前単独で収容所を攻撃し重要人物を救出した、と」


「凄まじいな、周囲の仲間は?」


「人間関係に問題は多々見られますが連携は確かです。特に彼の右腕とも言える男は信二に負けず凶暴ですよ」


「古瀧信二の右腕か、気になるな」


ハンドルを握る男は嬉々とした顔で雛姫の報告を聞いていた。自分の駒に加われば心強い、そう感じていたのだろう。


「言っても信じない事ばかりです」


「言ってみろ」


「M1911を2丁だけ持って戦場に行く男です、生まれつき身体能力が高いのかトラックを飛び越えたり単独で大成学会の護衛部隊を壊滅させていました。それから腕に気味の悪い肌荒れが」


「それだけか?」


「ええ」


「信じられない。まるでヴェスビア人の伝説みたいだ」


ヴェスビアはロシアとシリアからイラクまでの中東の間に位置する軍事国家である。

正式な国名はヴェスビア帝国。中世の時代中東やロシアの一部を併合し建国されたその国は信仰や習慣の違い、また権力の差で長期に渡って内戦状態にあった。しかし多くの時間と命を犠牲に新たな信仰や新たな文化を獲得し、今となっては先進国の一つとなった、しかし強力過ぎる軍事力を持つこの国は、国際保安連合、ユーラシア赤色連邦から睨まれ続けていた。

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